第234話 全力で守るから

「エレノア…」


メル父様と兄様達のバトルに気を取られている間に、アシュル殿下が私の前にいた。い…いつの間に!?選ばれしDNA、恐るべし!!


アシュル殿下は、私と目線を合わせるように、その場で片膝を着いた。


「君を抜きにして、勝手に色々話を進めてしまってごめんね。…困惑…しただろう?」


私はその言葉に、小さく頷いた。はい、めっちゃ困惑しました。…と、言うか…。近い!近いですアシュル殿下!!黄金のきらめきが、私の瞳孔にジャストミートです!!


――…じゃない!!今大事なのはそこじゃないから!!


「勝手に君と僕達との婚約を決めた事で、オリヴァーを責めないでやってくれるかい?彼はどうしても君を救いたかった。そして僕達も君を救いたかった。…つまり、互いの利害が一致した結果だ」


…分かっています。私の命がかかっていなければ、兄様は絶対殿下達を婚約者として認めなかっただろう。


その時だった。アシュル殿下が私の手を、そっと包み込んだ。


「僕もディランも、フィンレーもリアムも、心から君を愛している。…だけど、君の心が、僕達に向けられていないのも分かっている。だから、仮でいい。この一件が落ち着くまでの間だけでも構わないから、僕達を君の婚約者にしてくれないだろうか?」


「か…仮の…?」


「うん。その間に、君がどうしても僕達を受け入れられなかったら、その時は潔く諦め………るから」



――おい待て!!何だその間は!?


――諦める気、本気であるのか!?


――エレノア!!騙されちゃダメだ!!



すかさず、クライヴ、オリヴァー、セドリックが、それぞれ心の中でツッコミを入れる。


…いや、本当なら声を大にして叫びたかった彼らだが、大人ロイヤルズと父親達、そしてワイアット宰相の無言の圧に、鋭い視線だけ向けるのみで終わってしまっているのである。


「でもそんなの…。私に都合が良過ぎます!それに、殿下方の気持ちに対して不誠実過ぎますよ!!」


アシュル殿下の言う通り、私は彼等に好意を持ってはいても、愛している訳ではない。それなのに、命をかける程に私に愛情を向けてくれる彼らを、よりにもよって『仮』の婚約者にするだなんて…。不敬以前に、人間として最低の行為だ。


「そんなのは良いんだ。僕達は例え一時だけでも、君の婚約者になれるのなら、これ以上の喜びは無いんだから」


「そうだぞ、エル!深く考えるな!婚約者じゃなくて、虫除けだって思っとけば気も軽くなるだろ?」


「エレノア、アシュル兄上の言う通りだ!俺もお前の婚約者になれるなら、凄く嬉しい!今はお前にとってただの友達だろうけど…。それでも俺はお前の事、ずっと好きだし、振り向いてもらえるように頑張るから!」


「――ッ…!」


アシュル殿下だけでなく、ディーさんとリアムも、次々と自分の傍に来て声をかけてくれる。


愛していないとはいっても、私にとって彼らは、友人以上に大切な存在となっているのだ。そんな彼らの自分への想いと気遣いに、不覚にも胸がドキドキしてしまう。そして、兄様方ばりの人外レベルな顔面偏差値を間近で拝する事により、顔にも熱が溜まっていってしまう。


「そうそう。そもそも、君が嫌って言っても離す気は毛頭無いし、兄上達も僕もリアムも、どんな手使ってでも嫁にする気だからさ。そんなに気にしなくてもいいよ」


「「「フィン(兄上)!ちょっと黙ってろ!!」」」


「…ふふっ!」


…最後のフィンレーの言葉と、それに対するアシュル達のツッコミに、思わず噴き出してしまう。


そうして、ひとしきり笑い終えると、エレノアは自分の婚約者達を見つめた後、アシュル達に向かい、深々と頭を下げた。


「アシュル様、ディーさん、フィン様、リアム。…私はまだ、貴方がたのお気持ちに、同じ想いで応えられません。…ですがどうか、私の為に婚約者になって下さい」


――分かっていた。兄様方やセドリック、父様方が殿下方との婚約を承諾したその訳を…。


この世界にとって、『私』という異質な存在は、常に諍いの種になり兼ねないのだ。


もしこれから先、第二、第三のボスワース辺境伯が出て来たとしたら、自分だけではなく、きっと今と同じか…それ以上に誰かが傷付く恐れがある。


だからこそ『王家』の名は、欲望の芽を摘む事の出来る最強の抑止力と成りうる。殿下達もそれが分かっているから、私の気持ちが得られなくてもいいと…そう逃げ道を作ってまで、私に婚約者になって欲しいと言ってくれているのだ。


自分は愛情を返せないかもしれないのに、自己保身の為に婚約を受け入れる。…なんて自己中心的なのだろうか。

でも私はもう、私の所為で争いが起こるのも、大切な人達が傷付くのも嫌なのだ。


「エレノア、泣かないで」


優しい声と共に、そっと頬に手を添えられる。そう言われて初めて、私は自分が泣いているのだと言う事を知った。


「君が断れないと分かっていて、外堀を埋めた僕らの為に泣いてくれるなんて…。本当に君は優しいね。そんな君だから、僕らはどんな手を使っても、君を守りたくなってしまうんだ」


濡れた頬を優しく親指で拭ってくれるアシュル殿下の顔を見上げると、どこまでも澄んだアクアマリンブルーが、溢れる程の想いを湛え、私を見つめていて…。その美しさに、思わず目を奪われてしまう。


「有難う、婚約を承諾してくれて。…これからは、こうして君が泣かなくて済むように、全力で守るから。勿論、オリヴァー達と一緒にね」


そう言って、切なげにアシュル殿下が笑う。


「アシュル様…」


「愛しているよ、エレノア…」


そして、その言葉を囁いたと同時に顔が近付き、唇にそっと温かいものが触れた。



…ん?温かい…もの…?



途端、後方に控えて成り行きを見ていた三人の目の色が変わった。


「兄貴!なに抜け駆けしてやがんだ!!」


「兄上!いつもいつも、ズルい!!」


「婚約者になったんだから、僕達にも権利あるよね!?」


「お、おい、ちょっと待て!お前達、落ち着け!!」


アシュル殿下にキスされた…と、脳に伝達物質が届く前に、ディーさん、リアム、フィンレー殿下がアシュル殿下を押しのけ、次々と奪い合うように、私に口付けをしてくる。


「んっ!んんっ!!」


次々と、成す術もなく唇を奪われ、脳内が真っ白となり、全身に熱というか魔力というかが、大暴走していく。


――っていうか、何なんですかこの状況ー!?集団セクハラ!?い、いやっ、こ、婚約者になったから、セクハラ…は無いか!?婚約者の権利?特権?…で、でもいきなり…これは…っ!!


「ち、ちょっ!殿下方!!お止めください!!」


「待てッ!!ちょっと待て!!それ以上は不味い…!!」


慌ててオリヴァー兄様とクライヴ兄様が、私を殿下方から引き剥がしたその直後。


脳内伝達物質がキャパを越え、耐えきれなかった鼻腔内毛細血管が、超久々に決壊した事により、その場が阿鼻叫喚のスプラッタな現場へと化したのだった。



===============



めでたく、ロイヤルズとの婚約が成立しましたが、エレノアの鼻腔内毛細血管も決壊しました。

そしてエレノア、また新たなる脅威(顔面偏差値)との戦いが始まります!

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