第232話 筆頭婚約者の決断
「そもそも王家に反意を持ち、復讐を企んだ『彼』が何故、自分の恋人の娘であり、王家に直接関係の無い男達の婚約者である君を攫う必要があったのか。まずは、そこに疑問を持つ者達も出て来るだろう」
確かに国王陛下の言う通りだ。
王家に揺さぶりをかける為に、いくら女性が尊ばれるアルバ王国とはいえ、一介の貴族の娘を人質にするだろうか…と、必ず疑問の声が上がるだろう。
「我々の息子達が君に好意を抱いているのは公然の事実として知れ渡ってはいるが、それでも彼らは君の正式な婚約者ではない。…『ただ好意を抱いた相手』というだけでは、例え命の危機が迫ろうとも、王家が動く事は無い」
そこで一旦、アイゼイアが言葉を切った。つまり本来であれば、明確に王家と敵対したという事実が無い限り、あの場で殿下方が私を救う為に動く事は無かった…という事なのだ。
だが、それは当然の事だと思う。
王家はこの国を束ね、纏め上げるべき要。そこに自分達の私情を挟ませる事は、国を私物化したと捉えられかねないのだ。
一国を束ね、安定させる事と、一介の貴族女性の命。秤にかける事をするまでもなく、王家は国を選ぶ。
そこに私情が挟まる余地などありはしない。それこそが王族たる者の使命なのだ。
――でも待って…。だとしたら…。
ひょっとして、今回の騒動で私を守る為に戦ってくれた、アシュル殿下やフィンレー殿下。そしてボスワース辺境伯が謀反を起こす前に、ユリアナ領へと向かったディーさんとリアム。彼らも今回の騒動における、懲罰対象になってしまうという事なのだろうか?
エレノアの脳裏に、自分を命懸けで守ってくれたアシュルとフィンレーの姿が思い浮かんだ。
『そんなの、君を助けに来たに決まっているだろう?』
光の加護を使って、クライヴと共に自分を守り、傷だらけになりながら必死に戦っていたアシュル。クライヴと共に地面に叩き付けられ、動かなくなった彼を見た時は、全身が凍り付いたような恐怖に襲われたものだった。
次代の王位を継ぐ者。…本来であれば彼こそが、何を置いても守られるべき筈の存在なのだ。
にもかかわらず、あんな戦場へと駆け付け、命懸けて自分を守る為、戦ってくれた。
そしてフィンレー…。
『――ッ!!エレノア!オリヴァー!!』
魔人化したブランシュ・ボスワースが放った衝撃波から自分達を守る為、自らを盾とし、吹き飛ばされた姿が脳裏を過る。
彼は本来、後方支援として戦うべき筈の魔導師だ。なのに、互いに天敵とも言える兄オリヴァーと共に、息の合った罵り合いを行いながら、最前線で自分を…そして、オリヴァーを守る為に、身体を張って戦ってくれたのだ。
そして、自分の為に何か出来れば…と、万が一を考え、グラントと共にユリアナ領へと向かったディランとリアム。
グラントに詳しく聞いた話によれば、ディランはブランシュ・ボスワースが辺境伯の地位を剥奪され、動揺する騎士達に向かい、『お前達が真に護るべき者は誰だ!?』と鼓舞し、王家の権限を使わずして混乱を収拾させたのだそうだ。
そしてリアムも、『風』の力で隣国の魔導師部隊を壊滅状態に追い込み、ディランとユリアナ領の騎士達と共に、一万もの敵兵達を倒していったのだという。
しかも、時限式に引き起こされたスタンピードをも、ユリアナ領の兵士達と一丸となって戦い、防ぎ切ったとの事だった。
(実は実地訓練と称し、グラントが少々手を抜いた事により、逃れた魔物が溢れ出たというのが真相らしいが)
『エル、良かった無事で!…お前を助けに行けなくて、本当に御免な』
『エレノア!お前が元気に戻って来てくれて、本当に嬉しいよ!』
影でそんな苦労をした事をおくびにも出さず、彼等は笑顔で、ただ自分の無事を喜んでくれた。
――そんな彼らが、処罰を受けなくてはならないかもしれない…?
その事に思い付き、顔を強張らせた私を、どこまでも澄んだアクアマリン・ブルーの瞳で静かに見つめていた国王陛下が、話を再開させる。
「…そうだな。その定義で行けば間違いなく、我々は息子達に罰を与えなければならなかっただろう。だが君という、最愛の女性の危機を救うべく、そこのオリヴァー・クロス伯爵令息が筆頭婚約者として、我々王家が以前より申し入れをしていた件を受け入れると、アシュルに告げた」
「申し入れ…?」
「そう。エレノア・バッシュ公爵令嬢。君とアシュル達との婚約を承諾する…とね」
「……え…?」
国王陛下の仰った言葉が上手く理解出来ず、私は思わず間の抜けた声を発してしまった。
「王家直系達の『婚約者』なら、あの男が君を王家への復讐の駒としようとした、十分な理由となる。そして息子達の行動が『愛しい婚約者を救う為』であるという免罪符にもなるからね。王家もこれから迎えるべき『王族の花嫁』を守る為、あらゆる権限を駆使する事が可能となる」
…途中から、私の耳に国王陛下の言葉が届かなくなってしまっていた。
――オリヴァー兄様が私を救う為に、アシュル殿下達と私の婚約を認めた…?
それってつまり、私は『公妃』になるってことなの?…それじゃあ私は、オリヴァー兄様やクライヴ兄様、セドリックと別れなくてはならないの…?
エレノアは思わず、父の顔を見た。すると父は、苦渋の表情を浮かべながらこちらを見ている。
次に、自分の右横にいるクライヴ、そしてその横のセドリックに顔を向ける。すると二人共がエレノアと目を合わせるなり顔を歪ませた。そして何か言おうと口を開きかけ…閉じる。
最後に、オリヴァーの方へと顔を向けたエレノアは、静かな表情で自分を見つめるオリヴァーに、縋る様な瞳を向けた。
「オリヴァーにいさま…。嘘…ですよね…?」
「…エレノア…」
震える唇で、何とかオリヴァーの名前を呼ぶ。だがそんな自分に対し、オリヴァーは辛そうに眉根を寄せ、切な気に見つめるのみであった。
…なんで…?それじゃあ、本当に…?!
エレノアの頭の中が、混乱と絶望で真っ白に染まった。
===============
遂に、あの時オリヴァー兄様がアシュル殿下に言った言葉の意味が判明です。
次回、オリヴァー兄様はエレノアに何を語るのでしょうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます