第228話 エプロンの持つ魔力?
「…そうか…。なんていうか…。そうくるとは思わなかった…」
エレノアがケイレブの元に行き、その後マリアの元に行った際の会話を説明すると、クライヴが汗を流す。
「ある意味、母らしいというか…。それにしても、あのブランシュ・ボスワースを『捨て犬』扱いって…」
オリヴァーも、クライヴ同様汗を流しながらそう口にする。
「僕としては、君の兄…いや、姉のパトリックが、子の養父…いや、養母になるという事の方が驚いたけど…。でも考えてみれば、最善かもしれないな。彼…いや、彼女の『時』の魔力は、
同じく、一緒にやって来たアシュルもそう口にしながら、優雅な所作で紅茶を口に含んだ。
所々、『女性』への礼儀として、言い間違えを即座に訂正している彼は、まさに男の…というより、王族の鑑と言える。
そして、もしもの時…とは、もし万が一、その子が『魔眼』を開眼した時についての事だろう。パトリックの『時』の魔力は、今回の件で『魔眼』に十分対抗しうると証明して見せた。もし不測の事態が起こっても、彼ならその力を抑え込む事が十分可能であろう。
ちなみに彼らは、ミアやウィルが用意してくれた椅子に腰かけ、淹れられた紅茶を飲んでいる。
「…それは良いんだけどさ、何この異様な空間。真面目に恐いんだけど…」
紅茶と一緒に出された茶菓子を口にしながら、フィンレーが半目になりながら言い放った台詞に、クライヴ、アシュル、オリヴァーも、揃って汗を流しながら、目の前の光景に改めて目をやった。
彼等の視線の先にあったもの…それは…。
「エル!お前が好きだっていうリンゴ剥いたからな~?ほれ、あーん♡」
「ディラン殿下、エル君と言えば焼きマシュマロですよ。はいどうぞ、良い感じにトロリと焼けていますよ?」
「エレノア、僕も色々とお菓子を作ったから!ほら、君が前に作ってくれた、カスタード・プティングの改良版。はい、あーんして♡」
「エレノア、俺もクッキー焼いたから!お前の好きなザクザクしたやつ!ホワイトチョコとバターを間に挟んだ新作だ!当然、食うよな!?」
「あ…あの…えっと…」
…そう。まさに『エプロン喫茶』の売れっ子従業員達に傅かれる客と化した、エレノアの姿であった。
この世の春(?)に戸惑いつつも、真っ赤な顔のまま盛大に恥じらっているエレノアに対し、ディラン、ヒューバード、セドリック、リアムが、にこやかに互いを牽制しつつ、嬉々として侍るその様は、エプロン喫茶の売れっ子従業員…というよりは寧ろ、雌にエサを貢ぐ雄鳥そのものである。
そんな彼らを、オリヴァーやアシュル達は、心底不気味そうに見つめている。
普段であれば、自分の愛しい婚約者に対し、他者の男が無遠慮に接する事を許るオリヴァーではないのだが、今回は侍っている連中の恰好が恰好だけに、いつもの対応が取れずにいる状態だ。それはクライヴも同様なようで、異様なエプロン軍団に囲まれているエレノアを、気遣わし気に見つめている。
…だが、当のエレノア本人はと言えば、彼らを見つめる眼差しは大変に熱く、嫌悪するどころか、どことなく嬉しそうだ。
しかも、世間一般的に言えば視覚に大変よろしくない、エプロン男子の「お口あーん」に対し、真っ赤になってモジモジしている。どうやら彼女の視界には、輝く様な別の何かが映っているのだろう。こちらからすれば、ハッキリ言って度し難い。全くもって理解不能である。
「あ…。美味しい!」
恥じらいながらも嬉しそうに、差し出された果物やお菓子を順繰りに食べてくれるエレノアに、エプロン男子達は揃って相好を崩し、デレまくる。
それはそうだ。愛する少女が潤んだ眼差しで薄桃色の唇を開け、自分達の手から果物や菓子を食べてくれるなど、一体どんなご褒美なのか。その際、チロリと見える可愛いらしい赤い舌が、なんともコケティッシュで、思わず不埒な妄想までしてしまう始末だ。
「い…生きてて良かった…!」
「まさに、眼福…!!」
「エレノアにお菓子食べさせるのって、いつもはオリヴァー兄上のお役目だから…凄く嬉しい!女神様、有難う御座います!」
「筆頭婚約者の特権ってやつかー。それやれるって、最高のご褒美だよな!」
「「「「………」」」」
そんな光景を、オリヴァー、クライヴ、アシュル、フィンレーは、段々と据わっていく冷たいジト目で見つめる。
だがしかし、それ以上に冷たい眼差しを、自分の愛する主人と兄に向けているのはマテオであった。
「…リアム殿下。そしてヒュー兄様…。正直私は、貴方がたの事を見損ないました。あ、ヒュー兄様に関しては、前から見損なっておりますが。とにかく!いくら意中の女性の関心を得たいからと言って、そんな男の風上にも置けぬ姿を衆目に晒すなど…」
「フッ…。なんとでも言え。『影』とは、このような一見、愚者とも映る姿をとる事もあるのだ。お前もその事をよく胸に刻んでおくがいい」
「それはあくまで、任務に対してでしょう?!胸張って屁理屈言わないで下さい!!」
「マテオ!別にいいだろ!?男ってのは、女が喜ぶ事が出来て一人前って言うじゃないか!実際、エレノア喜んでるし!」
「リアム殿下!この特殊性癖と世の一般女性を一緒にしてはいけません!!その恰好を喜ぶのはこいつだけです!!普通に貴方がたの恰好は、変態です!」
「誰が変態だ!誰が!!」
「兄に対してその口調!本っ当に可愛くなくなったなお前!!」
主従&兄弟の言い合いをしている三人を、エレノアは汗を流しながら見つめる。
話によれば元々この格好、兄達やアシュル殿下方に対する嫌がらせで着ただけであって、彼らが嬉々として着た訳ではない。
しかも、ここにその恰好で来てくれたのだって、聖女様が「エレノアちゃんが喜ぶ」と言ったからであって、決して本意では無かった筈だ。(実際、めっちゃ喜びましたが)
そんな彼らが『変態』と言われてしまうのは忍びない。ここは私が助け舟を出さねば!!…と、気合一発、エレノアは口を開いた。
「そうだよマテオ!特殊性癖って言うけどさ、他の女子達だって、喜ぶ人達いると思うよ!?…いや、フリフリエプロンはハードル高そうだけど、ギャルソンエプロンだったら、万人に受けると思うし!」
そう。自分の特殊性癖は否定しない。だが、この世界にだって絶対、このギャップ萌えを共有できる同志は存在する筈である。
――『沼』。それは人の数だけ存在する。少なくとも私はそう信じている。
「ぎ…ぎゃる…なんだって?」
「男性用(?)の、魅せるエプロン!白いシャツに黒いズボンを履いた上に身に着けるのが(多分)一般的でね。腰から膝下までの黒いエプロンなんだけど、引き締まって長身な体躯の男性が身に着けたら、もう最高に恰好良いんだから!リアムなんて、絶対めっちゃ似合うと思う!!」
「……後で詳しく、説明して貰えるか…?」
「うん!任せて!」
「エレノア!話にサラリと、俺を混ぜるのやめろ!!」
エレノア達のそんなやり取りを見つめながら、オリヴァーがボソリと呟く。
「…クライヴ…。いっそ、僕達もあの恰好で、エレノアの看病に参加を…」
「オリヴァー、気をしっかり持て!お前の気持ちは分かるが、俺はそこまで堕ちたくはない!」
「うん。あの恰好は、何かを捨てないと出来ないよね…」
「っていうか、僕らアレ着るの禁止されてるから、着たくても着れないんじゃない?」
「「「………」」」
フィンレーの言葉に、皆一様に押し黙る。
そう、実はエレノアを倒れさせた罰として、アリアから「あんた達は、エプロン装着禁止!」と言われていたのだ。
『…でも今度、エレノアが調子悪くなった時に着てみようかな…』
そう心の中で思っていたのは、果たして誰か…。それは、女神のみぞ知る事であった。
ちなみに、後にエレノアが書き上げた『ギャルソンエプロン』は、マテオ経由で何故かジョナネェの手に渡り、後に『男のエプロン』として、エプロン業界に革命を起こした。
そして、フリフリエプロンを身に着けた男子に傅かれ、お世話をされるという、特殊性癖向けのサロンが、一部の貴族女子や、男性として男性が好きな
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エレノアのお陰で、アルバ王国は今日も新たな扉や沼が誕生している模様です。
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