第227話 エプロン男子は好きですか?

母のいる離宮から、王宮内に宛がわれた自室へと戻って来たエレノアは、何故か喜色満面で、しっかり自分を待ち構えていたウィルとミアに熱烈歓迎を受けた。


「お嬢様!聖女様がオリヴァー様とクライヴ様、そして殿下方を治して下さったそうです!」


なので、もうエレノアが看病に行かなくても済むという事で、ウィルとミアはエレノアの元に戻って来られたのだそうだ。


「そういう訳ですので、マテオ様。今迄有難う御座います!もう後は私共がおりますので…」


「いや、万が一という事もある。もう暫く私もエレノアの傍にいさせてもらおう」


互いに良い笑顔で、バチバチと火花を散らすウィルとマテオを他所に、ミアはエレノアをベッドに寝かせながら、ピルピルと嬉しそうにウサミミを動かす。


「それでですね、お嬢様。後でオリヴァー様とクライヴ様方がお見舞いに来て下さるそうですよ!しかも、ユリアナ領からお戻りになった、セドリック様、ディラン殿下、リアム殿下が、エレノアお嬢様の看病に来て下さるそうです!あ、あと、何故かヒューバード様もいらっしゃるとか…」


「え!?か、看病って…。私、別にどこも悪くないんだけど…」


「そうだよな。だいたいお前、このまま食っちゃ寝してれば、勝手に治る…いてっ!おいお前!何するんだ!?」


「ああ、マテオ様。申し訳ありません、ついうっかり足が引っかかってしまいました。お嬢様、看病等と言っておりますが、ただ単純に、お嬢様にお会いしたいだけなのですよ。お嬢様を想い、必死に戦って下さったセドリック様や殿下方のお気持ち、どうか察して差し上げて下さい」


ウィルの言葉に、ミアもコクコクと同意する様に頷く。


なんでも、セドリック、ディーさん、リアム、そしてヒューさんは、万が一、私があちらに連れ去られた時の為に、グラント父様と一緒にボスワース辺境伯の故郷であるユリアナ領に赴き、何故か隣国の兵士達や、スタンピードと戦いまくっていたそうだ。

そして戦い終わった後は、ボスワース辺境伯の仕出かした事に動揺する騎士達や周辺貴族達のアフターケアに尽力していたのだとか。


で、帰って来たら、真っ先に会いたかった私はぶっ倒れて面会謝絶となっていたと…。うん、確かにそれだったら、彼等への感謝とねぎらいの意味でも、望む事は全力で叶えてあげたいところだ。

でも何でその願いが、私の看護になるのか?それってねぎらいじゃなくて、労働だよね?セドリックはともかく、王族に労働させるって、いいんですかね?


『それにしても、ウィル…。以前は「オリヴァー様方の恋敵!ダメ絶対!」って、殿下方を敵視していた筈なんだけど…』


そう心の中で思いながら首を傾げるエレノアは知らなかった。


ウィルやミア達、エレノアを信奉する者達にとって、エレノアの為に戦ってくれた者は等しく神であるという事を。つまり今現在、彼らの中でロイヤルズの株は非常に高くなっている。そう、絶賛爆上がり中なのである。…いや勿論、ロイヤルズにエレノアを渡す気など毛頭無いのだが。


そんなこんなしている間に、コンコン…と自室のドアがノックされた。


「はい!お待ち下さい。只今開けます!」


いそいそと、ウィルが笑顔でドアを開け…そのまま固まった。


「あれ?ウィル?」


そんなウィルを不思議そうに見ていたエレノアに、弾む様な声がかかる。


「エル!会いたかったぞ!」


「え!?」


ヒラリ…と、目に眩しい純白なフリフリエプロンを翻し、これまた目にブッ刺さる、眩しい笑顔で自分の元に駆け寄…れず、後方によろけそうになって、たたらを踏んだディランに、エレノアは目を丸くした。


「なにしやがんだ!ヒュー!!」


「やかましいですよ!…全くあんたって人は!!何いきなり病身のエル君に飛び掛かろうとしてんです!?躾のされていない大型犬ですか!?」


どうやら、ディランのエプロンの紐を引っ張り、止めたのはヒューバードであったらしい。そして当のヒューバードも、やはり何故か純白フリフリエプロンを身に纏っていた。


見れば、こちらを見て嬉しそうに手を振っているセドリックとリアムも、共に純白フリフリエプロンを身に着けている。


そのあまりに異様なフリフリエプロン軍団を見て、ウィルやミア、そしてマテオやエレノアの部屋の警護をしてくれている騎士達は皆、完璧に固まってしまっていた。

当然と言うか、エレノアももれなく、エプロン姿の彼らを凝視しつつ、震える口元を両手で覆っている。

「し…正気か…?!」と呟いた声は、果たして誰のものであったのだろうか。


そしてその後方から、なんとも複雑そうなアシュル、オリヴァー、クライヴ、フィンレーが、ゾロゾロと部屋の中に入って来る。心なし、ディラン達と距離を取っているように見えるのは、多分気の所為ではないだろう。


『…ディラン殿下、エル君、引いてませんか?』


『あれー?おっかしいな?』


ヒューバードとディランが小声でささやき合いながら、他の者達同様、硬直したままのエレノアを見つめる。


聖女であり、エレノアと同郷のアリアが太鼓判を押した事で、若干の不安を抱えつつ、この格好でここまで来てみたが…やはり失敗だったか。

というか、この格好に「変態だ!」と引かれて距離を取られてしまったらどうしよう。ちょっと泣くかも…と、思っていたその時だった。目を大きく見開いたままだったエレノアの顔が、どんどん赤くなっていく。


「…ん?」


「…エル…?」


「…なんという…凄まじいギャップ萌え…!神か!?」


思わずといった様子で、エレノアはそう呟いた。


なんだろう。前世では『メイド喫茶』とか『執事喫茶』とかいう、萌えの聖地があった筈だが、そのジャンルに新たに『エプロン喫茶』なるものが爆誕したとでも言うのだろうか?!


ワンコ系であるセドリックとリアム…。普通に純白フリフリエプロンが似合っている。イイ!なんか『可愛い男の子は好きですか?』ってキャッチフレーズを付けたい気分だ!ちょっと恥ずかしそうなのも、また良し!


こんなエプロン男子が作った料理なら、例え焦げた卵焼きでも「あーん♡」されたら食す!寧ろ涙を流しながら、「有難う御座います」と拝む自信がある!


そしてなんと言っても、ディーさんとヒューさん!!


なんなんですか!?その似合わなさ!…いや、似合っているのか?!とにかく、細マッチョな男らしい体型に、フェミニンでファンシーなフリフリエプロンのミスマッチさ…半端ない!!普段のワイルド&クール系美男子が、純白フリフリエプロンだなんて…!そんなギャップ萌えを見せ付けようだなんて、私の鼻腔内毛細血管に対する挑戦ですか!?そうなんですね!?

済みません、もう既に完敗しそうな勢いです。いや、完敗する未来しか見えません。本当にご馳走さまです!!


もし…もし、彼らが『エプロン喫茶』で「お帰りなさい、ご主人様♡」なんて言ってくれちゃったりなんてしたら、借金してでも毎日通うかもしれない…!!

特にディーさんやヒューさん!店のナンバー1とナンバー2間違いなしです!ご指名が、半年先まで一杯になる事請け合いです!そして私ももれなく、指名予約いたします!!


顔を真っ赤に染め、ウルウルキラキラした眼差しでこちらを見つめるエレノアを見た4人は、心の中で『勝った…!』と呟き、グッと強く拳を握りしめる。そして聖女アリアに、心からの感謝を捧げたのであった。



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エレノアの、新たなる扉が開いた瞬間でした。

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