第226話 例えて言うなれば
「そうねぇ…。例えて言うならば『捨て犬』かしら?」
ベッドサイドのテーブルに山の様に盛られたケーキやお菓子をパクパクと食べながら、マリアの言い放った台詞に、エレノアは盛大に顔を引き攣らせた。
――離宮の中に設えられた、マリアの自室。
エレノアはケイレブに会った後、自分が決めた選択を母のマリアに伝えに、ここまでやって来たのだった。
「エレノア!良かった、元気そうね!」
母はベッドに横になり、思ったよりも元気そうな…というか、ほぼいつも通りな様子でお菓子を食べていた。そして、自分を見るなり嬉しそうに破顔し、両手を広げる。
「母様も…!ご無事で本当に安心いたしました!」
そうして母娘で、涙の抱擁をした後(泣いていたのは、ほぼエレノアだけだったが)ベッド脇に設置された椅子に座り、母に勧められるがまま、山の様にサイドテーブルに用意されていたお菓子を頬張り、お茶を飲む。
色々あったけど、一応の区切りがついたからか、それとも母の元気な姿が見られたからか。大好きなのに、最近全く手を付ける事が出来なかった甘味が、久々に美味しく感じられた。
「…母様。お伝えしたい事があります」
いつの間にか、母と自分とマテオ以外、誰もいなくなった部屋の中、コトリ…と、ソーサーにカップを置くと、エレノアはブランシュの子を産む母の選択を、自分が支持すると決めた事を伝えた。そしてその事を、ケイレブにも伝えた事も。
「…そう。あの子、喜んでたでしょう?」
「はい。…それと母様に、本当に申し訳なかったと言っておりました」
「あらそう。あの子もやけにしおらしくなっちゃったわね。私がブランシュの傍にいた時は、いっつも、睨み付けられるか嫌味言われるかだったけど。ま、売られた喧嘩はいつも買っていたけどね!」
そう言いながら、白桃のケーキを口に運ぶ母の姿に、エレノアは汗を流した。さっきから数えて、もう既にケーキを5個は食べている。流石に食べ過ぎではないのだろうか?
「大丈夫よ!私、妊娠するといつもこんな感じだから」
母曰く、妊娠した時はいつもこんな調子で食べまくっているとの事だった。その時々で嗜好は変わるそうだが、今回は無性に甘いものが食べたくなっているらしい。
『えっと…。いわゆる、食べつわり…ってやつなのかな?』
いや…。というより寧ろ、子供と自分を守る為、エネルギーを補充しているような気がする。
つまり、食べた物は全て、子を育てる為に魔力変換しているのだろう。なんて羨ましいんだ。好きなだけ食べても太らないなんて、世の全ての妊婦に謝れと、声を大にして言いたい、
「…あの…母様。母様は、ボスワース辺境伯の事、どう思っていらっしゃったのですか?」
母の態度があまりにもあっけらかんとしているのを見て、意を決して聞いたその答えが、冒頭のあの台詞である。
「す…捨て犬…ですか?」
顔を引き攣らせたまま、絶句している娘を前に、マリアがしみじみといった様子で頷いた。
「ええ。…実はね。私って小さい頃から捨て犬との遭遇率が高くってね、その都度、付き合っていた男に飼い主探させたりしていたんだけど…。あの男と出会った時、なーんか今迄目にしてきた捨て犬達とそっくりだな…って思っちゃったのよね」
「あ…あの…。ちなみに、どんな所が…?」
エレノアは、ボスワース辺境伯の、鍛え上げられ、畏怖堂々とした精悍な姿を思い返しながら、そう尋ねた。とてもじゃないが、彼と捨て犬との共通点が見当たらない。
「そうねぇ…。野良犬特有の、怯えて一歩後ずさりながら、間合いを取ろうとするような所とか、興味ないフリして、こっちに関心ありますって感じにチラ見してくる、あの眼差しとかかしら?…で、なんか放っておけなくって、こっちから声をかけたのが、付き合う切っ掛けだったわね。…あ~、考えてみれば、今迄付き合った男達って、そういうタイプ多かったかも!」
…母様。年下のワンコ系がタイプでしたか…。
というか多分だけど、母性本能が疼くタイプが好きなんだろうな。母様ってこう見えて、子供好きだし母性も世の肉食女子達より強そうだもんね。成程…さもありなん。
「でもねぇ、あんな朴念仁が、まさかうちの娘によろめくなんて、思いもしなかったわよ!しかも私に精神支配かける時も、その魔力がまた申し訳なさそうな感じなのよー!だったら最初からやるな!って、蹴り入れてやりたくなったわね!」
プンスカ怒りながら、エクレアを頬張るマリアを、エレノアと、その後方に控えて立っていたマテオが汗を流しながら見つめる。
「…エレノア。お前の母親って、娘に負けず劣らずぶっ飛んでるな」
「ちょっとマテオ!それってどういう意味よ!?」
互いに、コソコソと小声で会話をする。…っていうか、申し訳なさそうな感じの精神支配って、一体どんななんだろうか?
「…いつもねぇ、あいつって、ふとした拍子に寂しそうな顔をしていてね。それが物凄く印象に残っているわ…。こんな事されて、そりゃあ腹が立ったけど、不思議と憎しみは湧かないのよ。だからこの子も、産んでやりたいって思っちゃったのよねぇ…。それが本当にこの子にとって、良い事なのかどうかは分からないんだけど…」
そう言って、マリアはそっと、まだ膨れていない自分の腹を擦った。
「父親がいないんだから、私が育ててやりたいんだけど…。流石にそれは出来ないだろうしね」
母の言葉に、エレノアの顔が曇った。
確かに、産む事は許されても、子供がブランシュ・ボスワースの子である事が知られないよう、母が産みの親である事は秘匿されるだろう。当然、手元に置いて育てるなんて、出来る筈が無い。
「母様…」
「まぁでも、パトリックが「私が育てます」って言ってくれているし、そこら辺は安心なんだけどね!」
「はぃ?!」
突然出て来た兄…いや、姉の名前に、しんみりとした気持ちが吹っ飛び、素っ頓狂な声が上がってしまった。
なんでも母様が言うには、グロリス家がお取り潰しになるのと同時に、パト兄さ…いや、パト姉様は庶民になるつもりでいるのだそうだ。
うちの父様が「僕の養子にならないか?」と誘ったのだが、これから心のまま自由に生きていくつもりだから、貴族の肩書きは枷にしかならないって、丁寧にお断りされたらしい。
勿論、王家の監視は引き続き付くし、血の繋がりは絶たないから、何かあった時には裏からこっそり、私達の手助けをしてくれるつもりでいるんだって。
「特に、エレノアとはちょくちょく会いたいですからね。今迄会えなかった分、うんと甘やかしてあげたいし、同性として悩みを聞いてあげたりしたいし…」
…だそうです。…そうですね、姉様。私もいずれは母様も交えて、『女子会』とかしてみたいです!
でもその場合、男の誑し込み方とか、H系の話に雪崩れ込みそうな予感が致します。あ、でも胸の育て方とかは、伝授して欲しいかもしれないな。うん。
…って訳で話を元に戻すと、兄様…いや、姉様は『女』として生きていくにあたって、将来的には養子を取ろうと思っていたんだそうだ。
で、都合よく、血の繋がった実の兄弟(兄妹?)が生まれる事が分かった。しかもかなりな訳アリ。丁度良いから、自分の子として育てる事にしたらしい。それでいいのか、兄…いや、姉よ!?
「大丈夫よ!あの子、私よりも女らしいし、良く気が付くし。きっといい母親になれるわ!エレノア、あんたも陰ながら、姉としてこの子の事、気にかけてあげてね?」
そう言われ、エレノアは引き攣り笑いを浮かべながら、頷いたのだった。
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相変わらずのマリア母様でありました。
そしてバッシュ家女子会…。どう考えてもヤバい気がするのは気のせいではない筈(笑)
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