第223話 青天の霹靂

エレノアの元にパトリックが訪れていた、丁度その頃。

集中治療室ICUには、今迄の経緯を聞き、最速で疫病を鎮静化させた聖女・アリアが、王弟であり、自分の夫でもあるデーヴィスとレナルドと共に訪れていた。


「…はぁ…。本当に…貴方達ってば…」


深々と溜息をつくアリアを前にして、オリヴァー、クライヴ、アシュル、フィンレーは冷や汗をかきながらベッドの上で小さくなっていた。


「…良いのよ。この部屋が貴方達のストレスで破壊されたって事は。…うん、本当は良くないんだけど、でもそれは貴方達をさっさと治さなかった私のミスだし。それは良いの。…でもね…」


ここでビキリとアリアのこめかみに交差点が浮かんだ。


「よりにもよって、エレノアちゃんを、あんた達の看病でこき使うってのは駄目でしょー!?なんなの、あんた達って子は!?なに可愛いお嫁さんの「お口あーん」に目が眩んじゃってんの!?馬鹿なの!?もう一回男としての修行をやり直しなさい!!あ、勿論、男の嗜みじゃない方の修行よ!?そこ間違えちゃ駄目だからね!?」


アルバ国民の崇拝の対象であり、真の淑女と名高い『聖女』の皮を脱ぎ捨てたアリアの怒りに満ちたマシンガントークに、四人は二の句も告げずに、ただただ平伏するしかなかった。


「せ、聖女様!お言葉を返すようですが、エレノアは殿下方の嫁では…」


だが、そこは『万年番狂い』の異名を取るオリヴァー。どさくさ紛れに言い放たれた聞き捨てならない台詞に、ついツッコミをいれてしまう。


「お黙りなさい!!今大切なのは、そこではありません!!」


「は、はいっ!」


だが、さしもの万年番狂いも、母たる『聖女』には勝てなかった。…というか、何気に罵り口調が、フィンレー天敵を思い出すのは何故だろう。やはり親子なのだな…と、ついつい現実逃避をしてしまったオリヴァーだった。


「まあ、アリア落ち着け。アシュル達も、命懸けで愛する女を守り抜いたんだ。ご褒美位欲しくなるだろうさ。…それに俺としては、自分の息子の恰好ナリに、一言言いたい所なんだが…」


「おや、兄上もですか。奇遇ですね、実は私もそう思っていたところなんですよ」


そう言って、デーヴィスとレナルドが、フリフリエプロン姿の息子達をジト目で見つめる。その目は明らかに『お前ら何やってんだ?馬鹿なのか?』と物語っていた。


「…あのなぁ、親父。俺達だって、好きでこんな格好してる訳じゃねーよ!」


「そうですよ父上!俺達は別に変態になった訳ではありません!兄上達に対する嫌がらせです!なのに何なんですかその目は!?」


「あら?私は貴方達の恰好、アリだと思うわよ?試しにその恰好でエレノアちゃんの看病に行ってみなさい。きっと目をキラキラさせて喜ぶ筈だから。特にヒューバード、貴方見たら「凄いギャップ萌え!」って言って鼻血噴くかもしれないわね」


「は…?」


「え…マジで?」


「こ、これも『ギャップ萌え』になるのですか!?」


「ええ。間違いないわ!私を信じなさい!」


デーヴィス達同様、この格好を罵るかと思いきや、存外楽し気な口調で、力強く言い切ったアリアの言葉に、ぞの場の全員が目を点にする。


ってか、「視覚の暴力」としてなら分かるが、喜びで鼻血を噴くとは一体…?!それってつまり、転生者(転移者)あるあるなのだろうか?だとしたら、エレノアとアリアの故郷って、どんなぶっ飛んだ価値観をしているのだ!?


皆が戸惑う中、「よっしゃ!そんじゃ早速、今からでも…」と、嬉々としてエレノアの元に行こうとしたディランが、ヒューバードに鉄拳を喰らい、呻きながらその場に蹲った。


「…何をやっているんだ、お前らは」


「国王陛下!」


「父上!」


呆れ顔で入室して来たアイゼイアの姿を目にしたアリアや王弟達を除いた全員が、国家最高権力者の登場に、慌てて頭を垂れる。


「アリア、さっさとこの子達を治してやってくれ」


「ええ、御免なさい。じゃあ皆まとめて治しちゃいましょう」


そう言うとアリアは両手を組み、祈りの姿をとる。するとその身体から眩い黄金の光が溢れ出て、傷付いていた四人の身体を優しく包み込んだ。


「あ…」


「これは…!」


どんどんと、身体の痛みや重さが嘘のように引いていく。…そして、身体の傷が最初から無かったように消え失せていくその様を、オリヴァーとクライヴは驚愕の面持ちで見つめた。


――これが、『聖女』の癒しの奇跡…!


とてつもない幸福感が、全身を包み込むような感覚。いつも受けている治癒魔術ヒールとは全く違う、まさに女神の祝福と言うに相応しいその力。


――だがこの感覚…。不思議とどこかで受けたような気がする…。


やがて、光が無くなったと同時に、奇跡の体験に呆然としているオリヴァーとクライヴとは対照的に、アシュルとフィンレーが安堵の溜息をついた。


「有難う御座います、母上」


「ありがと、母上。あー、痛かった!」


「あんた達、怪我するのも、本当に程々にしてよね?!親の寿命、縮ませるんじゃないわよ!」


「まあ、そう言うなアリア。愛する女性の為に負った怪我は、男の名誉の勲章だ。私は息子の事を誇りに思うぞ?」


「ええ、そうですね。…あの引きこもりな子が、愛しい女性を見つけてくれたばかりではなく、こんな重傷を負ってまで守ろうとしただなんて…。ふふ…。子供というものは、親の見ていない所で、ちゃんと成長していっているのですね…」


言葉の通り、物凄く誇らしげなアイゼイアと、アイゼイアの横で、思わず目尻の涙をそっと拭ったフェリクスの姿に、アリアはガックリと肩を落とした。


「…あんた達…。頼むからアルバの男の常識でじゃなくて、ちゃんと父親として子供の心配してちょうだい!」


その時、静かな声が、アリア達の話を割る様にかけられた。


「国王陛下。そろそろ宜しいでしょうか?」


途端、アイゼイアの顔が厳格なものへと変貌する。


「ああ、そうだなアイザック。宜しく頼む」


「はい」


アイザックはアイゼイアに一礼すると、その場で防音の術式をかけた。


「さて、これで良いでしょう。…殿下方、オリヴァー、クライヴ、そしてセドリック。これから話す事は他言無用に。…そしてどうか、冷静に聞いて欲しい」


アイザックの真剣な表情と声。見れば、アイゼイアやアリア達も皆、表情を硬くしている。そのただ事ではない様子に、アシュルやオリヴァー達の表情にも緊張が走った。


「…離宮で静養しているマリアだが…。検査の結果、妊娠している事が判明した。今現在、2ヵ月目だそうだ」


途端、その場にどよめきが上がった。


「妊娠…!?母上が!?」


「バッシュ公爵夫人が…。まさか、父親は…!?」


アイザックが固い表情で頷いた。


「…その通り。念の為にと聖女様に確認をして頂いたが、腹の子の魔力の波動は僕やメルヴィル、グラントのものとは違っていた。そしてマリアにも確認を取ったが、この数ヵ月で僕達以外で関係を持ったのは、ただ一人…。そう、ブランシュ・ボスワースだけだったそうだ」


誰もがその衝撃的な事実に絶句する。王も、王弟達も皆、厳しい表情を浮かべていた。


「マリアの腹の子は、ブランシュ・ボスワースの子で間違いないだろう。…そしてマリアは、その子を産みたいと言っている」


アイザックの言葉に、その場の全員の顔が歪んだ。




===============



アリアさん、エレノアの事をよく分かっていらっしゃいます。(そしてちゃっかり、娘扱いv)


そして終盤、アイザック父様の口から爆弾発言投下です。パト姉様の『大切なお話』とは、この事でした。

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