第222話 新しい『姉』と気付かぬ想い

暫く、兄妹の抱擁を続けていたエレノアだったが、ハッとした様子で慌ててパトリックの顔を見上げた。


「そういえば兄様、確か兄様にも監視がついていると…」


一応、全ての関係者の事情聴取が終わらない限り、兄も今回の騒動を起こした一員と見なされる。だからこそ、今迄療養と称して離宮で軟禁状態だった筈なのに、何故か兄の傍には兵士の一人も付いてはいない。


「ん?ああ、そうなんだけどね。これ着けたら監視外して貰えたよ」


そう言ってエレノアから身体を離したパトリックが、おもむろにズボンの裾をたくし上げる。するとその足首には、銀色の細かい鎖状のアンクレットが着けられていた。


「あの…。パトリック兄様、それは…?」


少しの動きでシャラリと美しい音を立てるそれを、不思議そうに眺めていたエレノアに、パトリックはサラリと答えた。


「ああ、『隷属の首輪』だよ」


「『隷属の首輪』ー!?」


思わず叫んだエレノアに対し、パトリックは何てこと無さそうに頷いた。


「うん。名前の通り、本来は首に着けるのなんだけど、それだと服によっては合わなさそうだったから、足に嵌めるタイプにしてもらったんだ」


「そ…そうなんで…すか?」


――いや、あれでしょう!?『隷属の首輪』って、犯罪者につけるアレですよね!?首輪の所有者に逆らえなくなる、隷属契約的なアレですよね!?兄様、なんでそんな平然としていらっしゃるんですかっ!?しかも、着ける事が嫌なのではなくて、ファッション選びそうだから、足にして貰ったって…!


「あの…。どうぞ、こちらにお座り下さい」


エレノアが、心の中で言葉に出来ない思いをシャウトしている間に、マテオが椅子を持って来てパトリックに勧めた。


「ああ、有難う。君、エレノアの友達?よく気の付く良い子だね」


「い、いえ…そんな…」


ふんわり笑顔を向けられ、思わずといったように、マテオの頬が再び赤くなった。


『な…なんなんだこの人は…?!無駄に色気が過ぎる…!!』


今迄、どんなに美しい女性や男性を見ても、こうまで動揺した事は無かったというのに。一体何なんだろう、この謎の色気は。


――確かこの人、今回の騒動の中心人物である、グロリス家の嫡男であり、エレノアや兄弟達にとっての長兄だよな…。


祖父や父親達と共に、オリヴァー・クロスから筆頭婚約者の座を奪おうと画策し、ボスワース辺境伯の企みにも加担した…。と、当初は思われていたが、実は母親とエレノアを守るべく立ち回り、最終的には命懸けでエレノアを救おうとし、死にかけた…と、祖父から聞いている。


更に言えば、彼は『時』という、超希少属性を持っているのだという。


確かこの属性は、ボスワース辺境伯が持っていた『魔眼』同様、用途を誤れば恐ろしい結果をもたらすとされ、危険属性に指定されていた筈だ。


実際自分も、その『時』の力でもって、エレノアが連れ去られた転移門を出現させたのをこの目で確認している。

もし彼がその気になれば…。例えばどんな暗殺でも思いのまま行えるはずだ。味方にすればこれ程頼りになる能力は無いが、敵に回せばその脅威は計り知れない。だからこその、『隷属の首輪』なのだろう。


『それにしても…』


エレノアの魔力譲渡のお陰で一命を取り留め、母親であるマリア・バッシュ公爵夫人共々、離宮で事情聴取を受けつつ、療養していた筈の彼が、何故『隷属の首輪』を着けてまで、わざわざここに来たのだろう。それ程までにエレノアの事が心配だったのだろうか。


「エレノア」


「は、はい!パトリック兄様!」


「実は君に大切な話があって来たんだ。…だけれどまず、これだけは言っておかないとね」


「な…何ですか?」


パトリックの言葉に、真剣な表情を浮かべたエレノアの唇を、パトリックは人差し指でチョンと突いた。


「これからは私の事を『兄様』ではなく、『姉様』と呼ぶ様に…ね」


「………はい…?」


エレノアだけでなく、マテオすらも目を丸くする中、パトリックは嫣然と微笑んだ。


『『あ…っ!』』


その笑顔を見た瞬間、エレノアとマテオは心の中で何かを察した。


「お返事は?エレノア」


「……は、はいっ!にい…いえ、パトリック姉様!」


慌てて頷き、『姉』と言い直したエレノアを見て、パトリックは満足そうに頷いた。


「はい、よろしい。ああ、それと出来れば愛称で呼んで欲しいかな?」


「わ、分かりました!パト姉様!」


「ふふ…。良い子だね、エレノア」


ちょっと戸惑い気味にだが、パトリックの言う事に素直に従っているエレノアを見ながら、マテオは汗を流した。


『…な、成程…。だからか…!』


あの謎の色気も、訳も分からずドキドキしてしまったあの胸の高鳴りも、全てはこの目の前の麗人が『同類』ゆえだったのか。


…だが自分は、心が女性な第三勢力同性愛好家にときめいた事は、今迄無かった筈だ…。そもそも、リアム殿下に恋心を抱いてからは、彼一筋であった訳だし。


『それにしても、何なんだ?!こいつの適応能力の早さは!少しは動揺するとかしろよ!』


普通だったら、身内が第三勢力同性愛好家だと判明した時点で、動揺するか狼狽えるかする筈だし、ましてや女であったなら、大抵は相手への嫌悪が先に立つはずだ。

…実際、自分だって母親に性癖を知られた時には、「ワイアット公爵家の血を絶やす気か!?親不孝者!!」と言って、散々罵倒されたのだから。


なのにこいつエレノアときたら、驚きはしたものの、嫌悪感どころか直ぐに兄を『姉』と認識し、受け入れている。…常々変わっているとは思っていたが、まさかこれ程とは…。


『そう言えばこいつ、第三勢力同性愛好家のオアシスと名高い『紫の薔薇ヴァイオレット・ローズ』に行った事があるばかりか、連中のことごとくを懐柔してたんだっけ…』


女性が少ないがゆえに、世間から存在を認められているとは言っても、やはり第三勢力同性愛好家に対しての差別はついて回る。ましてや女達は皆、自分達を公然と『まがい物』扱いして目の敵にしてくるのだ。


だから女という生き物は、自分達第三勢力同性愛好家にとって、不倶戴天の仇そのもの。その傾向は、女性として生きている第三勢力同性愛好家程顕著だ。


その彼女ら・・・に、エレノアは認められているのだ。これは本当に驚異的とも言える。


『…まぁ、そもそもそういう奴だからこそ、私も親友と認めたのだけど…』


それにあの姫騎士騒動以降、エレノアは第三勢力同性愛好家からも高い支持を得ている。知り合いの第三勢力同性愛好家などは「彼女だったら抱ける!」と宣言している程だ(後で軽く〆ておいたが)


『私だって、もしこいつが望めば…』


そこで、マテオはハッと我に返った。


――…え?何だ?こいつが望めばって、私は何を考えているんだ!?そもそもこいつは親友だけど、憎き女の端くれであり、リアム殿下を巡る恋敵ライバルだ!それ以外、有り得ない!とち狂うな!!


マテオは淡い形になっていた自分の想いを打ち消すように、頭を左右に激しく振った。


そんなマテオの姿を見て、パトリックは微笑ましそうにクスリと笑った。


「マテオ君…だったよね?済まないけど少しの間だけ、席を外してくれないか?」


「それは…」


そう言えばこの人は、何か話があって、エレノアの元に来たと言っていた。…だが、仮にもエレノアの護衛である自分がこの場を離れるのは…。


「大丈夫だよ。君も見ただろう?さっきの『アレ』を」


パトリックの言葉に逡巡した様子を見せたマテオだったが、暫くした後、無言で一礼すると、ドアの向こうへと消えて行った。


「パト姉様?」


「…さて、エレノア。これから話す事を、どうか落ち着いて聞いて欲しい。その上で、君の気持ちを教えて欲しいんだ」


先程の穏やかさを引っ込め、真剣な顔を向けるパトリックの言葉に、エレノアは一瞬戸惑った後、表情を引き締め頷いた。



===============



パト兄…いや、パト姉様、エレノアにカミングアウトです(^O^)

そしてマテオ君、無自覚の自覚(?)ってやつでしょうか。周囲も敢えて指摘しないので、いつ完全に自覚(認める)するかは、マテオのみぞ知るですね。

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