第221話 親友の献身とパトリック再び

「…全くお前という奴は!!馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、ここまで究極の馬鹿だったとはな!」


「…さっきからバカバカって…。マテオが冷たい…」


萎れた声に続き、ふん、と馬鹿にしたように鼻を鳴らす音が聞こえる。


「馬鹿にバカと言って何が悪い!?だいたい、自分の体調が悪い癖に、人の看病している場合か!?結果私を含め、多くの者に著しく迷惑をかけているのだぞ!?心の底から己の不始末を悔いろ!愚か者めが!!」


「うう…」


所変わって、こちらは広いベッドに無理矢理寝かされているエレノアである。その横では、エレノアの看病兼見張り役として、何故かマテオがいるのであった。


彼は今、椅子に腰かけ、エレノアを罵倒しつつ、一心不乱にリンゴを剥いている最中である。


「あの…マテオ?あのね、マテオも忙しいだろうし、私もちょっと元気になってきたし…。そろそろ兄様達や殿下方の看病に戻…」


途端、マテオの果物ナイフが、籠に山盛りにされたリンゴの一つにブッ刺さった。


「…行きたかったら、私の屍を越えていけ…!」


「…い、行こうと思ったけど…。やっぱ、もうちょっと休んでようかなー?あはは…」


引き攣り笑いを浮かべながら口を噤んだエレノアを確認すると、再びマテオはリンゴを剥く作業に集中しだした。


「ほら。色が変わる前に食えよ?」


「………」


目の前に置かれた皿の上には、ウサギがいた。


しかしそれは、前世でよく見た所謂ウサギリンゴなどではなく、リアルにウサギであった。


赤い皮を利用したつぶらな瞳と、最高にキュートなまん丸ボディ。ハッキリ言って、食べるのに罪悪感が生まれそうな程可愛い。


エレノアは汗を流しながらリンゴに見入っていたが、「食べなきゃ口に突っ込むぞ!?」という脅しを受け、食べる覚悟を決めた。


『ウサギさん、御免ね』と心の中で謝りつつ、まずリンゴウサギの耳をシャクリと齧った。途端、甘酸っぱい爽やかな果汁が口一杯に広がる。


「どうだ?」


「美味しい…」


「それは良かったな」


再び沈黙が流れる。何となく気まずさもあり、エレノアは沈黙を破るように、疑問を口にした。


「…でも何で、マテオが私の看病しているの?」


シャクシャクと、大人しくリンゴを食べているエレノアを見ながら、マテオは再び鼻を鳴らした。


「そんなの決まってるだろう。お前の周囲は、お前を甘やかす連中ばかりだからだ!全く…。そんな状態で、まだ殿下方の看病に行こうなど…。お前って奴は本当、まことの馬鹿だ!!」


「ううう…」


マテオの容赦のない口撃に、エレノアはしおしおと撃沈した。


そう、基本この国の男は女性の我儘には弱い。ましてやその相手がエレノアであったとしたら、大抵の男はその願いを拒めないだろう。


その結果、エレノアに心酔しているミア達獣人メイドはもとより、ウィルまでもがエレノアの部屋に出禁となってしまっている状態なのだ。

エレノアにベタ惚れなセドリック、ディラン、リアムなどが、揃って面会謝絶となってしまっているのは、まさにそれが原因であった。


その結果、この世界で唯一の女性の天敵とされる、『第三勢力同性愛好家』である事を理由に、マテオが監視役としてエレノアの看病をしているのである。


「大体だな!まずこの艶の無くなった髪はどうした!?肌もかさついているし、それに何なんだこの目の下のクマは!?殿下方や兄達には誤魔化せても、私の目は誤魔化せんぞ!?…全く…。お前、それでも女か!?情けない!!そんなんで私のリアム殿下の横に並び立とうなどと、おこがましいにも程がある!顔を100回洗って出直せ!それが嫌なら、ちゃんと飯食ってまともに寝ろ!!栄養失調と睡眠不足は美容の敵だ!!」


「わ~ん!ぴぃちゃん、マテオがいじめるー!!」


「ピッ!」


「ちょっ!待て!止めろぴぃ!私の頭をつつくな!!」


エレノアを罵りつつ、頬を指でグリグリしていたマテオからエレノアを守らんと、ぴぃが一生懸命マテオの頭をつつく。


「…ともかくだな、お前はちゃんと休養していろ!」


「…うん…」


「…私は友として、お前がこれ以上辛そうにしている姿を見たくない…」


ジタバタともがくぴぃを手に握り締めながら、真剣な顔でそう話すマテオの姿に、エレノアは目を丸くした。


「マテオ…」


そう。エレノアの為に、死に物狂いで戦ったあの四人や、後方支援としてユリアナに向かい、見事争いを収めたディランやリアム達と違って、自分はエレノアの為に何もしてやる事が出来なかった。


だからこそ、今回の騒動で傷付いたエレノアの心身を少しでも癒したい。それ故、敢えてこうして厳しく接しているのだ。

例えこれで自分が嫌われてしまったとしても、エレノアが元気になってくれるのであれば安いものだ。


「…有難う、マテオ」


「え?」


「マテオに凄く心配かけちゃって…私、友達失格だね。…うん、正直言うと、今も辛い。目を閉じると、何度も『あの人』の身体が崩れていく夢や、兄様達やメル父様や、殿下方が傷付いて行く夢を見るの。…そもそも、今回の騒動は、私がいなければ何も起こらなかった。だから…」


その時、フワリと自分の頭にマテオが手を乗せた。そしてそのまま、なんとなくぎこちない動きで頭を撫でる。


「お前はただ、生きて普通に生活していただけだ。それの何が罪なんだ?」


「――ッ!!」


「お前にとち狂ったのも、無謀な計画を立てて自滅したのも、全てはあいつらが勝手にやった事だろう?いわば自業自得だ」


「マテオ…」


「…まぁ正直、女としての色香が欠片もないお前にとち狂ったって事自体、私にとっては信じられない事なんだが…」


目を潤ませたエレノアから手を離すと、マテオは顔を背け、ぶっきらぼうにそう言い放った。


「最後の台詞が余計!!今迄の良い流れが台無し!!」


「真実だろうが!未だにツルペタの幼児体形の癖に!」


ギャアギャアと軽口を叩き合いながら、エレノアは少しだけ、心が軽くなっていくのを感じた。どんな慰めや労わりの言葉よりも、マテオの容赦も忖度もない言葉が、今はとても有難かった。


その時、ドアをノックされると同時に、誰かが部屋の中へと入って来た。


「誰だ!?」


マテオがエレノアを守る様にベッドの前に立ち塞がり、鋭い視線を相手に投げかける。だが当の相手は、そんな視線をものともせず、ゆっくりこちらに近付いて来た。


「パトリック…兄様…!?」


そこに立っていたのは、ピンクブロンドの髪と柘榴のような瞳を持つ、麗しいもう一人の兄だった。


真っ白なシルクのシャツに、黄色がかった茶色いウエストコートとパンツという、貴族の正装にしてはラフな格好をしているが、それが却って彼の麗しさを際立たせている。ついでに、桜色の髪の色と合わさって、まるで咲き誇る桜の花の様にも見える。


「久し振りだね、エレノア」


相変わらず溜息が出る程の麗しい微笑に、思わずといった様子でエレノアの頬と…ついでにマテオの頬がほんのり赤く染まった。最初に会った時から綺麗だなぁとは思っていたが…。なんだろう、なんかそれに加えて、謎の色気が追加されたような気がする。


「眠れていないって聞いて心配してたんだけど、思ったよりも元気そうで良かった」


そう言って、頬を優しく手で撫でるパトリックにドギマギしながら、エレノアは嬉しそうに微笑んだ。


「パトリック兄様も!…お元気になられて、本当に良かった…!」


「うん、お陰様でね。…君のお陰で命拾いしたよ。本当はもっと早くお礼を言いに来たかったんだけど、こっちも色々あってね」


その『色々』に思い当たったエレノアの表情が暗くなる。


今回の騒動で、祖父や義伯父が逮捕された事を機に、グロリス伯爵家は取り潰しになる事がほぼ決定事項になったと、父であるアイザックから聞かされていた。


兄はあまり家族と上手くいっていなかったとも聞いてはいるが、やはり自分の生家が無くなってしまうのは辛い事だろう。


「エレノア。グロリス伯爵家の事は、君が気にする事ではない。寧ろ私はこうなって済々しているんだ。もうこれで私自身を偽らなくて済む。それに何より、こうして大切な妹と大手を振って会う事が出来るからね」


――大切な…妹…?!


「パトリック兄様…」


――私の事、そんな風に想っていて下さったのですか…?


そんな私の心の声に応える様に、パトリック兄様の表情に慈愛の微笑が浮かんだ。


「可愛い可愛い、私の大切な妹。君が私の妹であってくれて、私は本当に幸せなんだよ。…君が無事でいてくれて良かった。そして…助けてくれて、本当に有難う」


「――ッ!…いえ…。いいえ!…私の方こそ…!…パトリック兄様。兄様が来て下さらなかったら…私…!」


「エレノア…」


ソッと、宝物を扱うように優しく抱き締められ、戸惑うエレノアだったが、フワリと漂う良い香りと心地の良い温もりに徐々に身体の力を抜き、エレノアも甘える様にパトリックに抱き着いた。



===============



パト「そう言えば、あの妙に偉そうな妖精…?あれ、エレノアの知り合い?」

エレ「(ワーズだ…)あっ!果物のお供え忘れてた!」

パト「うん、何かそんな事言っていたから、私が毎日果物あげているんだ」

エレ「あ、そうだったんですか!(良かった~!)」

パト「でもね、アイザックおじ様にそれ話したら、「これを食べさせなさい」って、変な果物持ってきてねぇ」

エレ「変な果物?」

パト「うん。なんか独特な匂いがしていたなぁ…。不思議とそれ食べてから、あの妖精来なくなっちゃったんだよね」

エレ「そ、そうですか…」


――どうやらドリアンは、この世界に存在していたようです。

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