第220話 看病疲れ

「はい、オリヴァー兄上。バッシュ公爵領で採れた、初摘みの苺ですよ。兄上は苺はお好きではありませんでしたが、とても身体に良い果物ですので、これを機会に沢山召し上がって下さいね!」


「…有難う。頂くよ…」


「それは良かったです!クライヴ兄上も如何ですか?…そういえば兄上は、グズベリーが苦手でしたね…」


「…ああ…。うん、後で貰うわ」


顔を引き攣らせながら汗を流すクライヴに微笑みかけるセドリックだが、その笑顔はどことなく黒い。


そして、甲斐甲斐しく差し入れの果物を兄達に勧めるセドリックの背後では、これまたリアムが、自分が剥いた不格好な林檎をアシュルに勧めていた。


「アシュル兄上!このリンゴ、凄く蜜が入っていて美味しいですよ!はい、あーん」


「…リアム…。とても嬉しいんだけど、自分で食べられるから…。っていうか、そのリンゴ何個目?いい加減腹が膨れてきたんだけど…」


「そんな遠慮なさらないで下さい!なんてったって、兄上は看病が必要な・・・・・・怪我人なんですから、精を付けないと!はい、どうぞ!!」


笑顔全開…といったリアムに対し、クライヴ同様引き攣り笑いを浮かべながら、アシュルは差し出された林檎をシャクリと齧った。

ちなみにだが、フィンレーには、意外と手先が器用だったディランが、皮を剥いたマンゴーを小分けにして食べさせている。


「ほれ!お前、見た目に似合わず甘い果物好きだろ?遠慮せず食え食え!」


「…好きだけど…。何でそこでマンゴー?甘ったる過ぎて苦手なんだよね。それにどうせだったら野郎にじゃなく、エレノアに食べさせてもらいたい」


「アホぬかせ!そんだったら俺の方こそ、可愛くねぇ弟に食わせてやるより、エルに食わせてやりてーわ!」


「…それにその恰好…。地味に目に痛いんだけど…」


「はぁ!?何言ってんだ。この格好、お前の大好物だろうが!!涙流して有難がりやがれ!」


笑顔にビキリと青筋を浮かべながら、ディランはブツブツ憎まれ口を叩くフィンレーの口に、マンゴーを容赦なくつっこむと、新たなる果物を剥く為、果物が山盛り盛られたテーブルへと身体の向きを変える。


…その動きに合わせ、白いフリルのエプロンがフワリと宙を舞い、その白さが容赦なくフィンレーの目にブッ刺さり、HPを削りまくる。


「…視覚の暴力…」


げんなりと呟かれた言葉に、他の三人も揃って溜息をつきつつ頷いた。

ちなみにだが、セドリックとリアムもディラン同様、真っ白いフリフリエプロンを着用している。


鍛え上げられた騎士体型のディランよりも破壊力が下がるとはいえ、野郎にフリフリエプロンで看護されるこの状況、ハッキリ言って辛い。


…まあ、それもこれも自業自得なのだが…。



――何故彼らが、フリフリエプロン着用の弟達によって、甲斐甲斐しく看病されているのか…。



それはエレノアが三日間の意識不明から目覚め、オリヴァー達の病室にお見舞いに来た事から始まった。




自分の為に瀕死の重傷を負ったオリヴァーやアシュル達の姿に驚愕し、大号泣したエレノアはその後奮い立ち、「私が皆をお世話します!」と宣言したのだった。


復活したとはいえ、心身共に疲弊しているであろうエレノアの看病を、初めのうちは辞退しようとしたアシュルやオリヴァー達であったが…。愛しい少女に看病されるという、ある意味最上級のご褒美に、ついうっかり目が眩み、承諾してしまった。…いや、それだけならばまだ良かったのだが…。


「はい、オリヴァー兄様。あーん」


「エレノア、有難う。美味しいよ」


「クライヴ兄様、お着換えして身体を拭きましょう」


「済まないな、エレノア」


「アシュル様、お好きだとお聞きしましたので、林檎を剥きました。はい、お口を開けて下さい」


「有難うエレノア。…うん、美味しい!」


「フィン様?ちょっと熱があるみたいですから、冷たいタオルを持って来ましたので、お顔を拭きましょう」


「…ああ、気持ちいいよエレノア」



…等々。「無理しません」と言っていたエレノアの言葉はどこへやら。羨ましさに歯軋りせんばかりの近衛や侍従達と、ハラハラし通しのウィルに見守られながら、彼らの要求のまま、部屋の中を駆けずり回って必死に看病しまくったのだった。


最初は遠慮していた四人も、最終的には競い合う様にエレノアに甘えまくり、看病を受け続けた。


――その結果…、当然のごとく、エレノアは疲労でぶっ倒れたのだった。


実はエレノア、オリヴァー、クライヴ、アシュル、フィンレーの四人の無事な様子を見た後から徐々に、一人の時にぼんやりしてしまったり、夜眠れなくなってしまっていたのだった。しかも、あれだけ食べる事が好きだったのに、好物の甘いものでさえ、少し食べたら後は残してしまっていたのだという。


「多分だけど、皆が大丈夫だって安心して、張り詰めていた気が緩んでしまったんだろうね。…その結果、辛い事を思い出したり、考えたりするようになってしまった…」


――とは、激務の合間に見舞いに訪れたアイザックの言葉である。


「自分の為に、誰かが傷付いたり…。ましてや命を失ってしまうなんて事、あの優しいエレノアの心が傷付かない訳がない。だからこそ、僕はエレノアが君達の看病するのを止めなかったんだよ。看病に集中していれば、きっと気が紛れるし、心に負った罪悪感も軽減すると思ってね」


そこで一旦、アイザックは言葉を切ると、深々と溜息をついた。


「だから君達に『遠慮しないで、エレノアに看病させてやって欲しい』って言ったんだ。…うん、言ったけど…。だけどまさかここまで遠慮せず、エレノアが倒れるまで、競い合う様に看病させるなんて…!」


ビキリ…とこめかみに青筋が浮かんだアイザックに対し、四人はただひたすら、申し訳ないと頭を下げ続けた。


「本当に…申し訳ありません、公爵様…」


「返す言葉もありません。心の底から反省しています」


「うん、本当に済まない。バッシュ公爵」


「ごめん。でも幸せだった」


「…なんか若干一名、反省していないっぽい方がいらっしゃいますね!?」


ブチ切れたアイザックは四人にクドクドとお説教をした後、エレノアの看病を打ち切らせる事を宣言した。その上でエレノアを自室に隔離し、面会謝絶としたのである。


間の悪い事に、ディラン達が帰ってきたのは、まさにそのタイミングであった。


彼らは、アシュルやオリヴァー達がエレノアにガッツリ看病してもらい、その挙句エレノアがぶっ倒れ、自分達までもが、とばっちりで面会謝絶となった事に大激怒した。


――しかし、相手は重傷者。下手に怒りをぶつける訳にもいかない。


考えた結果、報復として視覚の暴力とばかりに、全員エレノアばりのフリフリエプロンを着用しつつ、優しさと労わりの欠片も無い看病を四人に対して行っている…という訳なのである。


ちなみにグラントはというと、「グ、グラント様っ!面会謝絶ですってば!!」と必死に止めるウィルをちぎって投げ捨て、エレノアの部屋に入り込んだのだそうだ。

そして怒ったアイザックに叩き出される迄、存分にエレノアを堪能したらしい。…流石はキング・オブ脳筋。超絶羨ましい。自分達にはまだ、そこまでするだけの勇気と度胸は無い。


「…エレノアが抱えてしまった罪悪感を紛らわせる為に、看病を止めなかったのは理解出来ます。…が!兄上方、エレノアに甘えすぎです!散々エレノアに甘えた挙句、口移しで水を飲ませて貰っていただなんて思いもしませんでしたよ!!」


「本当だよな!流石にアシュル兄上やフィン兄上は、口移しはなかったみたいだけど、食事でお口あーんしてもらうわ、着替えさせてもらうわ、身体拭いてもらうわ…。やりたい放題じゃん!!」


「全くだぜ!!俺らが必死に魔物退治やら、騎士団への説明やら、事後処理やらをして帰ってくりゃあ、自分達だけデレデレと良い思いしてやがって!!そんでもってアシュル兄貴!あん時、俺を足蹴にして、まんまとエレノアのトコ行きやがった恨みは忘れてねーぞ!?」


「…そこは申し訳なかったと思っているけど、何でそうしたかってのは、もうくどい位説明したよね?…まあ確かに、凄く幸せだったけど…」


「まぁまぁ、落ち着いて下さいディラン殿下。私達がこの方々の看病をして差し上げる事こそ、志半ばで倒れてしまったエル君への、何よりの手向けとなるのですから」


そう言いながら、食事のワゴンを持って現れたのはヒューバードである。


…ただし、彼もしっかり白いフリフリエプロンを着用している。その破壊力たるや、四人の精神を容赦なく抉るばかりでなく、制裁仲間であるディラン達の視覚と精神をも抉っていた。


「…意外におちゃめな方だったんですね…」


「いや、まさかヒューの奴が、あんなノリノリで着るとは思っていなかった…。ありゃ、相当キレてるな」


「…やっぱ、止めといた方が良かったかな…。なんか俺らも罰受けている気分になるんだけど…」


セドリック、ディラン、リアムの三人は、死んだような顔をしたオリヴァーやアシュル達に「はい、どーぞ。あーんして下さい」とスプーンを差し出しているヒューバードを汗を流しながら見つめた。


そして「エレノアのエプロン姿で癒されたい…!」と、全員が全員、心の中でそう呟いたのだった。



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今回、誰が一番の被害者かと言えば、間違いなく近衛や侍従の皆様でしょう。

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