第219話 看病、頑張ってる…筈?

「エレノア、僕もオムレツ食べたいな」


「あ、はいっ!アシュル様!」


「ちょっと、兄上。邪魔しないでくれない?!」


「僕だって、温かい内にオムレツ食べたいからね」


「だったら侍従の誰かに食べさせてもらえばいいんじゃない?」


「フィン…。お前、真面目にしばいてやろうか?」


「ああ、喧嘩しないで下さい!じゃあ、交互に食べましょう、ね?」


エレノアは慌ててそう言いながら、再びアシュルの方へと戻ると、フワフワオムレツをアシュルの口元へと持っていく。


「あっ!」


だが焦った所為で、少し掬った量が多かったオムレツがアシュルの口元から零れてしまい、エレノアは慌ててナプキンで口元を優しく拭った。


「アシュル様、申し訳ありません!」


「ううん。僕がちゃんと食べなかったのが悪いんだよ。王太子だっていうのに情けないね。まるで子供みたいだ」


「そんな事!それにアシュル様は今、病人なんですから、私達に思い切り甘えて下さって構わないんですよ?」


「…そんな事言われちゃったら、全力で甘えちゃいそうだな…。じゃあ、後で添い寝とかしてくれる?」


「へ…?添い寝…」


蕩けそうな甘い笑顔で見つめられ、エレノアの顔からボフンと火が噴いた。


「「………」」


そんな(アシュル達だけが)楽しそうな食事風景を、オリヴァーとクライヴが据わったジト目で睨み付けていた。


「…先生。僕達の治療、まだ終わらないのですか?」


「申し訳ありません、あともうちょっとお待ち下さい」


「そうですか…。ですが先日より、だいぶ時間がかかっているようなのですが?」


「気の所為です」


そう言いながら、明らかに医師や侍従達の手際はいつもより悪い。しかもさり気なく、自分達と視線を合わせないようにしている。これは間違いなく、アシュルあたりに「治療を長引かせろ」と厳命されているに違いない。


――いいだろう…。そっちがその気ならば、受けて立ってやろうではないか…!!


「エレノア?僕もお腹が空いたんだけど?」


「あ、オ、オリヴァー兄様!」


ようやっと、不自然に長い治療が終わったオリヴァーに声をかけられ、エレノアは真っ赤な顔のまま、慌ててオリヴァーの元へと向かった。


「オリヴァー兄様、治療終わったんですね」


「うん。ところでエレノア、ちょっと喉が渇いたから、お水をくれる?」


「はい!今すぐ!」


いそいそと、水差しからグラスに水を注ぎ口元に持って行くと、オリヴァーがグラスを手で制した。


「オリヴァー兄様?」


「グラスじゃなくて…。エレノアのここ・・で、飲ませて欲しいな?」


そう言って、オリヴァーが人差し指でふっくらとした桜色の唇をなぞると、再びエレノアの顔がボンッとユデダコ状態になった。


「ね?エレノア。…駄目?」


「うぅ…っ!!」


久々に受けた、絶世の美貌を持つ兄からの「必殺流し目攻撃(エレノア命名)」をまともに喰らい、エレノアの脳内はショート寸前になってしまう。


「ででででもっ、あっ、あのっ!こ、ここには他の皆様方が…!」


「ふふっ。婚約者同士の戯れを咎めるような野暮な男は、このアルバ王国にはいないよ」


「ええぇ…。で、でも…」


真っ赤な顔でチラリと周囲を伺うと、全員が一斉に不自然な方向へと顔を背ける。というか、あからさま過ぎて、より一層恥ずかしさが募る。なんだこの羞恥プレイは!?

そんな中でも、安定のアシュルとフィンレーの刺すようなジト目が、増々羞恥心を煽ってくる。


「オリヴァー…。いくら婚約者だとは言っても、嫌がる女性に無理強いするのは頂けないな」


「無理強いではなく、『お願い』しているのです。というか、先程散々、エレノアに食事の世話をさせておいて、どの口がそれを言いますか!?…ね、エレノア?やってくれる?」


「オ、オリヴァー兄様…」


再び催促されるように甘く名を呼ばれ、エレノアは覚悟を決めた。


――そうだ。私が今ここにいるのは、兄様方や殿下方の心と身体を癒す為ではないのか!?私の為に死ぬ程の重傷を負った兄様のたっての望みが水の口移しだというのならば、妹として…そして婚約者として、それに応えずしてなんとする!!


そう心の中で自分を奮い立たせると、エレノアは震える唇でコップに口をつけ、何とか水を含んでおずおずとオリヴァーに顔を近付けた。すると、待ち構えていたかのように、オリヴァーの唇がエレノアの唇に吸い付いてくる。


「んっ」


思わず小さく声が上がってしまい、より一層の羞恥心が湧いてくる。顔が自分でも分かる位に熱い。


オリヴァーの喉が、コクリと上下し、水を嚥下した事が分かったが、水はもう無いのに、オリヴァーの舌が、エレノアの口腔にスルリと入り込んでくる。


「エレノア、俺にも水をくれ」


オリヴァーの口付けに、思わず意識を持って行かれそうになったその時、クライヴの声にハッと我に返ったエレノアは、慌ててオリヴァーから離れてクライヴのベッドへとフラフラした足取りで近寄った。


『クライヴ!邪魔しないでくれるかな!?』


『オリヴァー!お前という奴は…。やり過ぎだ!!』


先程のアシュルとフィンレー同様、クライヴは憤慨するオリヴァーと目と目で会話をしながら、自分の傍に震えながら立っている、真っ赤な顔のエレノアを見て汗を流した。いかん、だいぶキているぞ、これ。


「…エレノア。大丈夫かお前?」


「だ、大丈夫です…!クライヴ兄様も…そ、そのっ!お水ですねっ!」


「ああ。まあ、俺は普通に飲むからグラスを渡してくれれば…エレノア?」


グラスを手にし、グイッと勢いよく水を口に含んだエレノアは、それっとばかりにクライヴの唇に口付けた。


「――!?」


…ハッキリって、情緒もへったくれもない口移しだが、もはや一杯一杯なエレノアの心情を思えば仕方が無いだろう。


それに、あんな事があってからの、久々の愛しい婚約者との口付けである。ここは割り切って、存分に堪能させてもらうとしよう。


そう切り替えたクライヴは、アシュルとフィンレーのみならず、オリヴァーと、果ては侍従や近衛達といった部屋中の男達の嫉妬に満ちた刺すような視線を受けつつ、エレノアを抱き締め、唇から流れてくる甘い水と、柔らかい唇を堪能するように口付けを深いものにしていった。


「ん?あれ?おい、エレノア?」


唇を離した瞬間、くったりと胸に凭れ掛かってきたエレノアに声をかけるが、全く反応しない。…どうやらキャパオーバーで目を回してしまったようだ。


「…しゃーねぇ。目を覚ますまで、このまま寝かせとくか」


「当然、僕のベットでだよね?」


「オリヴァー、何でそうなるんだよ!?」


「そうだよオリヴァー。ここは平等に交代制にしようじゃないか」


「は!?なに寝言言っているんですか、アシュル殿下!交代制にする必要性が、全くもって分かりませんが!?」


「じゃあ、最初は僕からね」


「おわっ!ちょっ!フィンレー殿下!!あんた何、闇の魔力出してきてんだ!!」


エレノアが気を失った瞬間、野郎共の仁義なき戦いが勃発した。三日間の悪夢再びである。


「…結局、こうなったか…」


「ええ…。割と早かったですね…」


気を失っているエレノアと、エレノアを巡っていがみ合っている四人以外の全員が、束の間の平和の終わりを感じ、そっと溜息をついたのだった。




「…あれ?何で私、自分の部屋に戻ってるの?」


王宮内に宛がわれた自室のベッド中。目覚めたエレノアは首を傾げた。


そして翌日、再び四人を看病する為赴いたICU(?)に入った瞬間、壁や天井にヒビや穴が空いていた事に、再度首を傾げる事となったのであった。



===============



アルバの男は、売られた喧嘩はキッチリ買います。

その結果、荒波に翻弄される木っ端と化したエレノアでした。

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