第218話 看病、頑張ってます…?
医師や侍従達が、看病と言う名の精神破壊攻撃にぐったりとしてしまったオリヴァーとクライヴの治療に取り掛かるのを見て、エレノアは視線をアシュル達の方へと移した。
見れば侍従達が、テキパキとベッドメイクや、新たなお花を飾ったりしている。凄い。流石はプロ。鮮やかなお手並みだ。私があそこに混じったとして、足手まといにしかならなさそうだ。かと言って、兄様方の治療のお手伝いなんて出来ないし…。
すると、ふんわりといい香りがあたりに漂ってきた事に気が付いた。
ドアの方に視線を向けると、既に顔なじみとなったシェフ達が、ワゴンに盛られた料理を次々と運び入れて来るのが見えた。時計を見れば丁度お昼時である。
『よしっ!次は…』
更衣介助では失敗してしまったが、食事の介助ぐらいなら出来るだろう…と、懲りないエレノアは、まずはアシュルの傍でスープ皿を手にしている侍従の傍へと近寄った。
「あのっ!私、お食事のお手伝いがしたいのですが…」
「ああ、宜しいのですよ、これは私共の仕事…ヒッ!」
一瞬後、侍従の顔が真っ青になった。
「…あの?」
侍従の方を向いていたエレノアは気が付かなかったのだが、侍従を鋭く睨み付けるアシュルの顔は、般若の形相と化していたのである。しかもエレノアに気が付かれないよう、しっかり威圧まで放つという念の入れようだ。
「も、も、申し訳ありません。で、では是非、お、お手伝いして下さいませ…!」
「あ、は、はい!」
カタカタと、小刻みに震える侍従からスープを受け取ったエレノアは、クルリとアシュルの方へと向き直った。当然というか、アシュルの表情はいつもの甘やかな笑顔へと戻っている。
「ありがとうエレノア。僕の為に嬉しいよ」
「いいえ。私、何も出来なくて…。せめて、これぐらいの事はさせて下さい」
照れ笑いを浮かべながら、エレノアはまだホカホカと湯気のたっているスープを匙で掬い、念の為にとフーフー息を吹いて冷ます。
「はい、あーん」
「――…ッ…!」
アシュルは咄嗟に口元を覆い、顔を背けた。
「アシュル様?」
「…ごめん…。なんかちょっと、目に埃が入ったみたいで…」
愛しい少女が、尊い笑顔でお口あーん…。何だろう…幸せ過ぎて天国のお花畑が見えた気がする。
甘酸っぱくも幸せ過ぎるこの状況に感謝しつつ、アシュルは差し出されたスプーンを口に咥えた。
「美味しいよ、エレノア」
「良かった!」
心底嬉しそうに微笑む少女がたまらなく愛しい。(ついでに、控えている侍従や近衛達の突き刺さってくる視線も痛い)
アシュルはふと、エレノアに見せ付ける様に甘い流し目をしながら、自分の下唇を舌でペロリと舐めた。すると途端、エレノアの顔がボッと赤く染まる。
「どうしたの?エレノア」
「い、い、いえ…何も…」
明らかに動揺し、狼狽える姿を楽しく鑑賞しつつ、アシュルはおもむろに口を開けた。
「ね、エレノア…もっとちょうだい?」
「ひぇ…!」
更に追い打ちをかける様に、色気たっぷりに囁いてやると、面白い位に顔を赤くさせ、目をクルクル回す。ああ…。この初心な反応、真面目にたまらない。自分には加虐思考は無い筈なのに、思わず苛めたくなってしまう。これもエレノアが転生者だからなのか…。いや、違うな。エレノアがエレノアだからこそなのだろう。
母のアリア曰く、「私も人の事は言えないけど…。あそこまで恥ずかしがり屋さんだと、男性とまともにお付き合いした事なさそうよね」…との事だ。つまりエレノアは、元いた世界の女性の誰よりも恥ずかしがり屋であり、その所為で男性と付き合う事が出来なかった…という事なのだ。
いくら男性と女性が同数いる世界だとは言え、あんなにも魅力的な子を放っておくなど…。母の世界の男達は見る目が無い上、なんと勿体ない事をしていたのだろうか。
母はエレノアの言う所の『ツンデレ』という属性を持っているがゆえに、今迄その『恥じらい』を隠して生きてきた。
だが最近はエレノアのお陰で『ツンデレ』属性の『ツン』の部分(と、エレノアは言っていた)を保てなくなり、恥じらいを表に出す様になってきてしまった。
その結果、父や叔父達の溺愛をヒートアップさせまくっている。
この世界…いや、このアルバ王国では、打算計算抜きで恥じらいを見せる女性など、ほぼ皆無だ。それが当たり前だったから、女性の…しかも愛する妻の素の恥じらいを受け、父や叔父達の溺愛が止まらなくなってしまう気持ちはよく分かる。
かくいう自分だとて、母のふと見せる、あの恥じらい様にはドキリとしてしまう程なのだ。しかもエレノアに至っては、素直で優しくて誰よりも愛らしいというオマケ付き。
あのヒューバードですら陥落させるだけの魅力に溢れているのだから、僕達兄弟やオリヴァー達が、エレノアに溺れてしまうのも、致し方ない事なのだろう。
思うに母やエレノアの世界の女性達は、この世界の男性達にとって理想的とも言える性質を持っているのかもしれない。
尤もそれを母に言った時には「えーっと…。まあ、この国の野郎共は、総じてヤンデ…いやいや、情が深いものね。でも私の世界の女性だって、全部が全部そうじゃないわよ?寧ろエレノアちゃんって、私の元居た世界の中でも特別な方だと思う…」と言葉を濁された。
だが確かにその通りだ。エレノアという子は、転生者という事を抜きにしても、我々にとって特別な存在であり、アルバの男の理想そのものなのだろう。
それにしても、母の言いかけたヤンなんとかという言葉が妙に引っかかる。言葉の意味を知っている者が誰かいないか、後で聞いてみよう。
「エレノア、僕もお腹空いた」
「――ッ!は、はい!」
不機嫌そうなフィンレーの声を受け、ハッと我に返ったエレノアが慌ててフィンレーの元に移動すると、アシュルは小さく舌打ちをした。
『フィン…。お前という奴は、いいタイミングで…!』
『アシュル兄上。抜け駆けは許さないからね…!』
兄弟達が、そんな会話を目と目で交わしている事に気付かず、エレノアはフィンレーにもポタージュスープを飲ませていく。
「エレノア、そっちの卵も食べたい」
そう言って指し示された皿には、フワフワのスフレオムレツと茹で野菜が乗っかっている。トロリとかかっているトマトソースらしきものが、黄色の卵に映えてとても美味しそうだ。
エレノアはオムレツと一緒に、小さくした茹でニンジンとブロッコリーもスプーンで掬い、口元に持って行く。すると、フィンレーが嫌そうに顔を顰めた。
「ブロッコリー、いらない…」
「ダメですよフィン様!バランス良く食べないと身体に良くないですからね?はい、あーん」
「…ご褒美があるなら、食べる…」
「ふふ…。それじゃあ、後で甘い果物を剥きますからね?」
「…いや、そういうご褒美じゃ…」
そう言いながらも、素直にブロッコリーを口に入れるフィンレーを見て、エレノアの顔が綻んだ。
なんだろうこの人。自分よりも年上なのに、こうしていると普段のヤンデレっぷりが影を顰め、まるで弟のように見える。凄く可愛い。ひょっとしたら、リアムとはまた違った弟属性の持ち主なのかもしれない。
フィンレーは、まさかエレノアが自分を見て和んでいるとはつゆ知らず、ぽやぽや笑顔で幸せそうなエレノアの姿に、思わず自分も微笑を浮かべたのだった。
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エレノアとアルバの男達との相性は、アシュル殿下の言う通り、そりゃあもうバッチリです!
ええ、そりゃもう、エレノアが不憫になる程、バッチリですv
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