第217話 看病、頑張ります!

流石にいきなり看病はどうかという事で、エレノアは翌朝から四人の看病を行う事となった。


「お嬢様、看病用のお衣装が、ジョゼフ様より届けられました!」


「え?看病用の衣装?」


「はい!こちらです!」


そう言って、エレノアの目の前に広げられたのは、なんとメイド服であった。…しかも、ミア達が着ているものより、やや丈が短めで、かなりフリルが多用された豪華仕様バージョンである。


…うん、確かにドレスなんかで看病なんてもっての外だろう。だけどなんだって、よりにもよってメイド服なのか?


「さあ、お嬢様!早速着替えましょう!」


ウィルとミアがウキウキした様子で、早速とばかりにエレノアにメイド服を着せ始めた。


裾にレースのフリルがふんだんに付けられた、白いワンピースドレスに重ね着するように、黒いドレス風メイド服を着こみ、髪の毛はキッチリと編み込んで、白いリボンで一纏めにする。最後に白いフリルのついたエプロンを身に着け、完成である。


…何となくだがこれ、前世で言う所のメイド喫茶を彷彿とさせるのは何故だろうか。

というより、何故こんなにもサイズピッタリのメイド服が、都合よく届けられたのであろうか?


「それでしたら、バッシュ公爵家お抱えデザイナーのジョナサンが、『万が一の時の為に、備えは欠かさないわ!』…とか何とか言って、送り付けてきたそうです」


…ジョナネェ…。万が一の備えって、一体何なんだ?あんたは予知能力者か何かなのか!?…という心の叫びは、ひとまず置いておこう。


備えあれば患いなし…か。流石は自称女。ジョナネェ、あんたオネェの鑑だよ!


「お嬢様…!!とても愛らしいです!!」


「本当に…!こんなにも可愛らしく可憐なメイドさんなど、見た事がありませんわ!!」


「オリヴァー様やクライヴ様、それに殿下方が羨ましいです!ああっ!私も病気になった時、エレノアお嬢様に看病して頂きたい!!」


「あ、有難う、みんな」


ウィルとミアさんと…。そして何故か増えていた、エミリアさんやノラさんといった獣人メイドの皆様に絶賛されながら、ICU(?)にお邪魔する。するとその場の全員が一斉に、私を見るなり顔を輝かせた。


…というか、部屋の空気も明るくなって、まるでお花が咲いているような、ほんわかとした空気が漂っている。…いや実際この部屋、お見舞いのお花で溢れかえっているんだけれどもね。


「医師の皆様、侍従の方々、あのっ!私、皆様のお邪魔にならないよう、雑用でもなんでも、精一杯頑張ります!どうぞご指導の程、宜しくお願い致します!」


そう言って、明らかに医師だねって方々と侍従の皆さんにペコリとお辞儀をすると、何故か皆何も言わずに私から顔を背け、そっと袖口で目元を拭った。


「…今ここに、天使が降り立った…!」


「…女神様は我々の苦労を、ちゃんと見ていて下さったのですね…!」


「地獄に女神とはこの事か…。嬉しい…!生きていて本当に良かった…!!」


「…あの…?」


思わずといった様子で感涙に咽び泣く面々に、小首を傾げるエレノアの姿を、これまた部屋の中に控えていた近衛達がウットリと頬を染めながら見つめ、医師や侍従達の言葉に同意する様に、何度も頷いている。


対して、そんな彼らをオリヴァーとフィンレーがジト目で見つめる。


「…なんか失礼な方々ですね」


「本当だよ。まるで今迄が酷い環境だったみたいじゃないか」


「…オリヴァー、フィン…。『みたい』じゃなくて、実際そうだったんだよ」


「お前ら…。ああいう事言われる元凶なんだって自覚、もっと持てよな…」


自覚ゼロの弟達の発言に、兄達が揃って溜息をついた。


なんせこの部屋、この三日間というもの、事あるごとにオリヴァーとフィンレーがいがみ合っていたり、それをアシュルやクライヴが諫めていたり、時にはいがみ合いに全員参加したり…と、とにかく面倒を見る者達にとっては神経が磨り減る、緊張感溢れる現場だったのだ。(時に威圧やら魔力の紐(?)やらも飛び交ったりしていたし)


そこに、可愛い少女が可憐なメイド服とフリフリの白いエプロンというオマケ付きで降臨したのである。

しかも自分達を気遣いつつ、「頑張ってお手伝いします」…なんて。どこの女神のみ使いの言葉であろうか。


「良いんですよ、貴女様はそこでそうして笑っていて下されば!」


「そうです!お嬢様のお手を煩わせるなど、この国の男の恥と名折れ!」


「エレノア嬢はそちらでどうぞ。その朗らかな笑顔で我々を見守っていて下さいませ!」


「え…いや、見守るんじゃなくて、私、看病をしに…」


あれよという間に用意された椅子に座らされたエレノアは、これまた手早くセットされたテーブルに紅茶とお菓子を振舞われ、四人をテキパキと看病する医師と侍従達を見学する格好となってしまったのだった。心なし、彼らの顔や態度には、やる気が満ち溢れているように見える。


『えっと…。何かが違う…!?』


これでは看病ではなく、ただの見守りである。

違う!自分は兄様方や殿下方を少しでも癒す為に、ここに来たのだ。


『あ…』


丁度、包帯やガーゼの交換時間なのだろう。医師や侍従達がアシュルとフィンレーの方に集中している。


チャンスとばかりに、エレノアは立ち上がり、ススス…と、目立たぬようにオリヴァーとクライヴのベッドの間へと移動した。


「オリヴァー兄様、クライヴ兄様」


「「エレノア」」


身体を隠すように床に膝を突き、小声で声をかけて来る、最愛の妹の可愛らしいメイド服姿に、オリヴァーとクライヴは思わず相好を崩した。そして兄達の笑顔を見て、エレノアも嬉しそうに破顔する。


『さて、私は何をしようかな?』


そう思いながら、ベッドの陰からピョコリと頭を出し、アシュル達の方を見てみれば、侍従達の手によって上半身裸にされていた。


『う”っ!?』


ズボンも脱がされそうになっていて、エレノアは赤面しながら、慌てて顔を引っ込めた。…成程。どうやら身体中の傷の手当てをする為、服を脱がされているようだ。とすると、次は兄達の番だろう。ならば殿下方の治療が終わる前に服を脱いでおけば、スムーズに治療へと移れるだろう。


「兄様方、私、お洋服を脱ぐお手伝いをしますね!」


「「は?」」


そう言うなり、まずエレノアはオリヴァーのナイトウェアに手をかけ、上衣のボタンを外していった。


「――ッ!エ…エ、エレノア!?」


思わず真っ赤になって焦りまくるオリヴァーのボタンを完全に外し、服をはだけさせる。すると当然というか、服の下に隠れていた傷だらけの身体が目に入った。


「あ…」


エレノアは包帯だらけの身体を見て、悲しそうに眉根を寄せる。そして、思わずそっと、労わる様に包帯の上から手を這わせた。


――ここで幸いだったのは、オリヴァーの身体には、ガーゼやら包帯やらがグルグル巻きにされていて、肌色率が低かった事だろう。そうでなければまず間違いなく、服をはだけさせた時点で我に返り、鼻腔内毛細血管が決壊していたに違いない。


「――ッ!」


「あっ!ご、御免なさいオリヴァー兄様!…痛かった…ですか?」


「…い…いや…。そう…じゃ、なくて…」


慌ててオリヴァーの顔を見上げると、顔が真っ赤になっていた。しかもうっすらと汗すらかいている。

しまった。傷に触れてしまったが為に、熱が上がってしまったのだろうか。


「エ…エレノア。僕の方はもういいから、クライヴの方を手伝ってあげて?」


「は、はいっ!兄様!」


「え!?ち、ちょっ!おい、オリヴァー!?」


咄嗟にエレノアを押し付けられ、焦るクライヴだったが、早速ボタンに手を伸ばして来たエレノアに、更に焦りは募ってしまう。


「お、おいエレノア、ちょっと待て!じ、自分でやれるから!」


真っ赤になって、それを止めようと必死に身を捩るクライヴに、だがエレノアは頑張って喰らい付いた。


「クライヴ兄様、大丈夫!兄様は大怪我を負われているのですよ?!人の手を借りる事など、なんら恥ではありません!さあ、遠慮なさらないで!」


「い、いやっ!遠慮とかじゃなくてな!ってかお前!この体勢!!」


「え?」


クライヴに指摘され、ハッと我に返ったエレノアは、いつの間にか自分がベッドに乗り上がり、あろう事かクライヴの身体の上に馬乗りになっていた事に気が付いてしまった。

しかも手は、クライヴのシャツを持ってはだけさせている。…どう見てもこれ、所謂襲い受けスタイルである。


――そして気が付けば、そんな自分に視線がめっちゃ集中していた。


医師や侍従達は、顔を真っ赤にしてこちらを凝視しているし、オリヴァーは顔を手で覆って溜息をついている。そしてアシュルとフィンレーはというと、食い入る様に、思いっきりこちらをガン見していた。


「…なにアレ。物凄く羨ましいんだけど…」


「…同感だ。今度は僕達も、ああやって介助してもらうとしよう」


そんなフィンレーとアシュルの呟きに、エレノアの顔が真っ赤になった。


と同時に、いつの間にか傍までやって来ていた近衛達によって、エレノアは再び先程の椅子へと強制退去となってしまったのだった。



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オリヴァー兄様。余計な所に熱が集中してしまったようです(*ノωノ)

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