第216話 ICU(?)の現場にて

「…それにしてもアシュル殿下。聖女様って割と容赦ありませんね…」


豪華な部屋にやや不釣り合いな、機能重視だという簡素な見た目の介護ベッドの上。全身包帯やガーゼを施され、いかにも満身創痍ですといった状態で寝かされていたオリヴァーが、溜息を一つついた。


「以前、獣人姫達との決闘でエレノアが怪我をした時、いつまで経っても完全に治して下さらなかった事がありましたけど…。あれって、エレノアを一分一秒でも長く王宮ここに留め置く為の計画だと思っていました。…でも真面目に、聖女様の治療方針だったんですね…」


「…うん、まあね。そこら辺は徹底した人なんだよ」


オリヴァーの呟きに対し、アシュルが、乾いた笑いを漏らす。彼もオリヴァー同様、実に満身創痍といった様相である。


そう、今回のアシュル達の怪我であるが、アリアは内臓破損や深手の切り傷等に関しては完璧に治してくれた。

だが、骨・筋肉の破損欠損等は、「骨、やっとくっついた!」「傷、やっと塞がった!」…みたいに、「治ったけど、しっかり療養&リハビリが必要」程度にしか治してくれなかったのである。当然肉体疲労も、ある程度までしか回復してくれなかった。


「親父の修行もマジで容赦ねぇから、俺にとっては、こういう状態って割と普通の事だけど…。お前ら王族だよな?いーのか?それで」


「『自己治癒能力が怠けちゃうから、何でもかんでも治療はしません!いざという時困るのは貴方達よ!?』…が、母上の信条なもんでね。…とは言っても、今回この状態って、ただ単純にこの部屋を使ってもらいたかったってのがあるみたいだよ?」


クライヴの問い掛けに、ハハハ…。と、再び乾いた笑いを浮かべるアシュルの横のベッドでは、オリヴァー達のような目立った切り傷などは見受けられずとも、服の下は包帯でグルグル巻きとなっているフィンレーが、ゲッソリと溜息をついた。


「…僕、これまでの人生で、まともに怪我した事無かったから、真面目にキツイんだけど…」


「フィン、お前は身体が治ったら、真剣に体術と剣術の修行し直せ!たかが威圧に吹き飛ばされ、地面に叩き付けられただけでそのザマは、流石に情けないぞ!?」


そう、フィンレーはブランシュ・ボスワースの威圧により、全身打撲と無数の骨折を負ってしまったのである。…ただしこれ、もし喰らったのがアシュルやクライヴであったなら、多少の痣程度で済んだ筈だ。ようはアシュルの言う通り、完全なるフィンレーの修行不足が招いた結果の怪我なのである。


「アシュル殿下、人には向き不向きがあります。たかがその程度の攻撃で全身打撲と無数の骨折を負ってしまう程の脆弱さであるとはいえ、フィンレー殿下の魔力は父に次ぐ程の力量だと、この度の戦いで確信致しました。殿下無しでは、僕もエレノアも無事では済まなかったでしょう」


「…君さぁ…。褒めてんの?貶してんの?どっちかにしてくれない?」


「一応褒めてはいますよ?寧ろそのひ弱さで命を失わなかっただけ、上出来だったじゃないですか。日頃の行いが悪いのに大したもんです。ああ、悪運は強そうですものね」


「それ、そっくりそのまま君に返すよ。それにしても何なのあの戦い方。普段、知性派気取ってる割りに、思いっきりただの単細胞バカだったよね?うちのディラン兄上もそうだけどさぁ…。やっぱ『火』の属性って、総じて脳筋だよね」


「…よりにもよって、あの方引っ張り出さないで下さい。喧嘩なら買いますよ?」


「なに?血の繋がった兄を「よりにもよって」ってバカにしてんの?売った覚えはないけど、やるってんなら相手になるよ?」


オリヴァーの背後から黒い暗黒オーラが、フィンレーの影から黒い闇の触手が出て来た時点で、アシュルのこめかみに青筋が浮かんだ。


「…オリヴァー。それにフィンレー。そろそろ止めようか?」


この三日間、身体を動かせなくて暇だからかこの二人、常にネタを見つけてはこうして口喧嘩(というより、罵り合い)をしているのである。

お互い、ストレス発散の意味合いもあるのだろうが、他の者達…特に看護してくれている侍従や魔導師達のストレスが半端ないので、いい加減止めて欲しいところだ。


「そう言えばアシュル。聖女様『今回はエレノアちゃんが目を覚ます前に、完治させるわね!本当はこのまま自然な状態で治すのが理想なんだけど、エレノアちゃんが気にしちゃうだろうし』って仰っていたよな?それなのに、何で俺達ずっとこの状態で放置なんだ?」


「…ああ。クライヴはあの後、ちょっと意識が落ちていたから…。実は母上が僕らを癒す直前、南の方で、新種の疫病が発生しちゃってね。デーヴィス叔父上とレナルド叔父上と共に、すっ飛んで行っちゃったんだよ。終息次第、戻って来るって」


「しかも、『エレノアちゃんが心配だから!』って言って、一緒に連れて行こうとしていましたよね。バッシュ公爵様とワイアット宰相様に全力で止められていましたけど…」


遠い目をしながらそう語り合うアシュルとオリヴァーを見ながら、クライヴは汗を流した。


成程…。野郎共は基本放置か。流石はアルバ王家、身内に対しても何とも容赦がない。…まあ、命に別条が無かったからこそだろうが…。


「だったら母上もさぁ、魔導師連中に僕らを治癒させるように指示して行ってくれれば良かったのに。これじゃあ、エレノアをお見舞いする事も出来ないし、抱き締めたりも出来ないじゃないか」


「フィンレー殿下!お見舞いは百歩譲るとして、抱き締めるのは却下です!」


「なんでさ!?だってもう…」


オリヴァーとフィンレーが、更に言い合いを始めようとした所で、不意にドアをノックする音が聞こえた。


「アシュル殿下。エレノア嬢が侍従と共にお見舞いに来られています」


ドア付近に待機していた近衛がベッド脇にやって来てそう告げると、アシュルが目を見開いた。


「え!?あれ?もう目が覚めちゃったの?母上が沈静魔法を施したって言っていたのに…」


「如何致しましょう?」


「そうだね…。母上が帰って来る前に、僕らのこの格好を見られる訳にはいかないかな。まだ意識が戻っていないとか言って、断ってくれ」


すると何やら、揉める様な声が聞こえてきたかと思うと、少しだけ開かれたドアから、無理矢理といった様子で、エレノアが飛び込んで来たのだった。


そして、アシュルやオリヴァー達の姿を見るなり、みるみる顔を青褪めさせ、口元を手で覆い震え出す。


「そんな…。聖女様でも治せなかったなんて…!わ…私の所為で…こんな…!」


「あ、エレノアが着ているのって、ナイトウェア?凄く可愛いね」


フィンレーが、ポッと顔を赤らめ、嬉しそうに指摘した通り、エレノアは花柄の刺繍が散りばめられた、シルクのゆったりとした寝巻用ドレスにガウンを羽織っている状態だった。

髪の毛もゆるくまとめられていて、とても可憐だ。まさに目の保養。近衛達もほんのり頬を染め、非常に嬉しそうだ。だが今は、エレノアの姿を愛でている場合ではない。


「フィン!お前は黙っていろ!!」


「フィンレー殿下、今すぐその目を閉じて下さい!!」


「この状況で言うべきとこ、そこか!?…エ、エレノア!違うぞ!?俺達がこんななのには事情がだな!」


「うわぁぁぁん!!オリヴァー兄様!クライヴ兄様!アシュル様!フィン様ー!!死んじゃやだー!!」


ブワッと涙を溢れさせたエレノアは、そのまま床に突っ伏し、大号泣してしまう。


「エ、エレノアお嬢様!!」


「バッシュ公爵令嬢!!お気を確かに!!」


「エレノア様!!」


ウィルと近衛達が慌ててエレノアに駆け寄り、オロオロしながら声をかける


「エレノア!?…ッ!…ツッ…」


オリヴァーが慌ててエレノアに駆け寄ろうとするが、少し身体を動かしただけで、全身に激痛が走って身動きが取れず、思わず呻き声を上げてしまう。


「オリヴァー兄様!!」


その声を聞き付け、エレノアは勢いよく顔を上げると、急いでオリヴァーのベッドに駆け寄る。


「オリヴァーにいさま…!」


オリヴァーは何とか手を上げると、涙に濡れたエレノアの頬を優しく拭った。


「ああ…可哀想にエレノア。違うんだよ。僕らの怪我は治せないんじゃなくて、治さないで放置されているだけなんだ」


「はい?放置…?」


キョトンとしたエレノアに、苦笑交じりでアシュルがここに至る迄の経緯を説明する。


「そうだよエレノア。実は母上に急用が出来てしまって、治療が中途半端になってしまったんだ。ある程度は治してもらっているし、母上もじきに戻られるから心配しないで?」


「じゃあ、私が治癒魔法で…!」


「残念ながら、母上の許可がないと駄目なんだ。…それにエレノア、君も病み上がりなんだから、魔法なんて使ったらいけないよ?」


「そんな…。あ!だったら私、これから兄様方や殿下方の看病します!!」


「「「「え?!」」」」


「も、勿論、優秀なお医者様がいらっしゃるのは分かっています!皆様の邪魔は絶対しません!無理もしません!…お願いです。私…少しでもお役に立ちたいんです!」


『…うっ…!』


『くっ…!!』


オリヴァーやアシュル達だけでなく、その場にいた侍従や近衛達も一斉に息を呑み、顔を赤らめさせる。


胸の前で祈る様に手を組み、インペリアルトパーズのような、キラキラした瞳に涙を溜め、ウルウルと上目遣いで懇願する、あざと可愛らしい少女のお強請り(?)に、誰が「NO」と言えるだろうか。


かくして、聖女アリアがアシュル達を完璧に治療しなかった結果、エレノアが看病してくれるというサプライズな展開となったのである。

四人は自分達を中途半端に治さず、放置していったアリアに深く感謝した。


だがアリアの方はというと、四人を完全に治癒していかなかった事を、後に非常に後悔したとの事であった。



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アリアさん、折角作った集中治療室なので、ここぞとばかりに四人を押し込めました(^O^)


――聖女様が去った後の、近衛と侍従たちの心の声。


「なんで全員一つの部屋に入れて行かれたのですか!?」

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