第十三章 騒動の後始末と仮婚約

第215話 目が覚めたら

真っ暗な闇の中、自分は一人佇んでいた。


不意に、次々と見慣れた人達の姿が浮かび上がってくる。

そして彼等は、真っ黒く塗り潰された『何か』と戦い、次々と傷付いていくのだ。


一人の青年が腹に剣を突きたてられ、その場に鮮血が飛び散る。


『オリヴァー兄様!!』


場面が切り替わって、今度は二人の青年の姿が浮かび上がってくる。

彼らは刀傷でボロボロな状態なのに、強大な威圧で吹き飛ばされ、地面に身体を叩き付けられてしまった。


『クライヴ兄様!!アシュル様!!』


そしてたった今目の前で、自分と瀕死の兄を庇って倒れた少年の身体は、ピクリとも動かない。


『フィン様!!』


大切な人達が次々と血塗れになって倒れていく。…私を守る為に戦って…。


――やめて…。やめて…!皆が死んじゃう!!誰か…!誰か助けて!!


…願ったのは、皆を助けたい。ただそれだけだった。

でもその結果…私は…。


気が付けば、真っ黒い巨大な『何か』が自分の目の前に立っていた。


その『何か』は、目を開ける。瞳孔が縦に割れた、金色の…獣の様な目が、ジッと私を見つめる。


『何か』は、ゆっくり手を伸ばした。でも私はその手を取れない。


『何か』は金色の瞳に悲しい色を浮かべながら、ボロボロと崩れていく。その様がまるで、泣き崩れているように見えて胸が痛い。それでも私は手を伸ばす事が出来ない。


やがて、『何か』が完全に崩れ落ち、最後のひと欠片が粉々になって風に飛ばされていく。

それを見て、私の頬に涙が伝う。


――ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…!!


それでも私は…。貴方の手を取る事は出来ないの…。







「…じょう…ま…。おじょうさま…!」


段々と大きくなっていく声に揺り起こされる様に、私の意識は浮上していった。


「「お嬢様!!」」


「…ウィル…。それに、ミアさん…?」


私の顔を心配そうに覗き込んでいたウィルとミアさんの顔が、ホッと緩んだ。だけどすぐにまた、心配そうな表情を浮かべる。ミアさんに至っては泣きそう…ではなく、実際に泣いていた。


へにょりと寝ているウサミミも相まって、真っ赤な目が本当のウサギさんみたいだ。


「――ッ!!」


その時一気に、自分の身に起こった出来事がフラッシュバックのように思い出され、私は慌ててベッドから飛び起き…そのまま転げ落ちた。


「「お嬢様――ッ!!」」


またしても、息の合ったシンクロ率で叫ぶウィルとミアさんが、落っこちた衝撃で呻く私を慌ててベッドの上へと戻した。


「お嬢様!お怪我は!?どこか痛いところはありますか!?」


「ううん…。大丈夫…。で、でもちょっと…。身体が怠くて…」


「それは当然ですよ!お嬢様はずっと眠っていらしたのですから!」


私…。どうやらまた、意識を無くしていたらしい。


「幸い、外傷などはありませんでしたが、軽い魔素切れを起こしていたそうです。聖女様が癒して下さいましたが、疲労が残っておられるのでしょう。まだゆっくり静養なさらないと…」


「そ、それより…!オリヴァー兄様とクライヴ兄様は…!?そ、それとアシュル様とフィン様も!!」


「ああ、それでしたらご安心下さい!若様方も殿下方も、命に別状御座いません。ちゃんと生きておられますよ!」


満面の笑顔でそう話すウィルを見て、身体の力が一気に抜ける。…良かった…。皆生きていたんだ…!


「――!そ、それと、パトリック兄様は!?」


「ああ、パトリック様ですか!そちらもご安心下さい。お嬢様のお陰で、パトリック様もお元気です!今現在はお母上のマリア様共々、精密検査をお受けになられております」


「パトリック兄様…。それに母様…。良かった…!!」


私を助ける為に、魔力枯渇を起こして死にかけていたパトリック兄様の無事を確認し、思わず涙ぐんでしまう。

ワーズ、ちゃんと仕事をしてくれたんだ。これから毎日、旬の果物沢山お供えしなくちゃ!


「お嬢様、ユリアナ領へ赴かれたグラント様とセドリック様もご無事ですよ?ただ、ご一緒された殿下方共々、事後処理でお帰りが多少遅くなるとの事ですが…」


「――…はい?ユリアナ領?」


ウィルの話によれば、私がもし万が一、ボスワース辺境伯達にユリアナ領へと連れ去られた時の為に、なんとグラント父様がディラン殿下を引き連れ、ユリアナ領へと向かったのだそうだ。


もしボスワース辺境伯がクーデターを考えていたとしたら、城と騎士団を制圧しておく必要があったからだという。セドリックとリアムも、私の為に何かできる事がしたいと、父様方に同行したんだそうだ。


――幸い、辺境伯達の企みの一切を知っていたのは騎士団長だけで、騎士達には国に叛意する気は全くなく、そもそも今回の騒動も寝耳に水だったのだそうで、幸いにも制圧の必要は無かったらしい。


でも何でだか、そこに集まっていた隣国の軍勢や、スタンピードと交戦する羽目になってしまったらしく、その上、ボスワース辺境伯の暴走に対して説明を受け、動揺するユリアナ領の騎士達を落ち着かせ、まとめる為に、皆こちらに帰ってくるのが遅れるとの事だった。


…ちなみに、あの騒動の日から丸三日、私は眠っていたのだそうだ。


その間にケイレブを筆頭に、関係者一同の一斉捕縛と事情聴取の為、国が動いたとの事だった。


その中には、私の祖父であるバートン・グロリス前伯爵及び、現当主である、アーネスト・グロリス伯爵と、それに加担していた親戚筋の者達やその取り巻き達、更にはレイラ・ノウマン公爵令嬢や、ボスワース辺境伯領の騎士団長、レオ・ネルソンも、捕縛されたとの事だった。


今回の件に、ノウマン公爵令嬢が関わっていたと知って驚いたのだが、何でも彼女は昔からクライヴ兄様に異常に執着しており、邪魔な私をクライヴ兄様の婚約者から外し、自分がその後釜に座ろうと、計画に加担したのだそうだ。


ノウマン公爵は、今回の騒動に自分の愛娘が関わっていた事を知らされ、倒れそうな程のショックを受けていたらしい。


だが、すぐに自身の身分剥奪と引き換えに娘の助命を願い出たそうなのだが、今回の騒動に加担した理由が悪質だった事と、結果的にブランシュ・ボスワースに逃走拠点を提供してしまった事で、情状酌量は一切認められず、厳重処分は免れないだろうとの事であった。


「…あの…。ボスワース辺境伯…は?」


その名を聞いたウィルの顔に、隠し切れない怒りの色が浮かんだ。


「…お嬢様、あの男は腹心の部下であった、ケイレブ・ミラーの手で討ち取られたとの事で御座います」


「……そう……」


――分かっていた事だ。


自分や兄様方、そして殿下方が無事だったという事は、つまりはそういう事なのだ。

魔眼に支配され、魔人化してしまったあの人を止める為には、命を絶つ以外の方法は無かったのだろう。


それにしても、あのケイレブがボスワース辺境伯を討ち取っただなんて、思わなかった。

勿論、私達を助ける為ではなく、そうする事でしか彼を助ける事が出来ないと、分かった上での事だったのだろう。


そしてボスワース辺境伯の断末魔とも言える、強大な魔力反応を魔導師団が感知し、王宮の影達や騎士団があの場に駆け付け、私や皆を即座に保護し、王宮へと運んでくれたのだそうだ。(つまり今、私はまた王宮でお世話になっているのである)


そしてその際、クライヴ兄様の進言により、屋敷の中で意識不明となっていたパトリック兄様も無事、救助された。

聞く所によれば、パトリック兄様はワーズによって魔力補給を行われた後、再び魔力切れになるのを防ぐ為、『時』の魔力を自身に掛けて、時間を停止させる形で仮死状態になっていたのだそうだ。


「ウィル、それで兄様方や殿下方はどこに…!?」


皆が無事だと知らされても、やはり実際この目でその無事を確認したい。


「ああ、オリヴァー様方ですか。それでしたら王宮内の『集中治療室』にいらっしゃいますよ」


「え?『集中治療室』?」


「はい、『集中治療室』で御座います」


なんでも聞く所によれば、『集中治療室』とは、その名の通り、重症患者を集中的に治療する事の出来る部屋の事だそうだ。ようは前世における『ICU』である。


何でもその『集中治療室』って、ありとあらゆる治療設備の整った部屋に、聖女様が考案した医療用ベッドが置いてある本格仕様(?)なんだとか。


しかもそのベッドが特殊で、魔石によって上下左右に稼働可能で、リクライニング機能も備わっていて、まさに患者・介護者双方に負担のかからない、非常に優しい設計になっているのだそうだ。…ひょっとして聖女様、身内を怪我か病気で看護した事があるのかもしれない。


そのベッドは『聖女様の英知の結晶』として、全国の病院に普及され、有難がられているのだとかなんとか。

前世の医療テクノロジーが、いい仕事をしているようだ。流石は聖女様。グッジョブである。


とは言っても、王宮ではそこまでの重傷患者なんて滅多に出ない上に、出たら出たで、優秀な魔導師達が即座に治療を行い、回復させてしまう。

その為、『集中治療室』は誰に使われるでもなく、知る人ぞ知る的な部屋として、王宮内にひっそりと存在していたのだそうだ。


だけど今回、命にかかわる重傷を負ったとして、オリヴァー兄様、クライヴ兄様、アシュル様、フィン様の四名が、この度めでたく(?)、初の『集中治療室』使用者となったとの事である。


「お嬢様、オリヴァー様方のお見舞いに行かれますか?」


ウィルの言葉に、私は一も二も無く、頷いたのだった。



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エレノアが目を覚ましました。

兄達と殿下方の無事に、ひとまず安心。

次回は病室ご訪問です。

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