第214話 格の違いと決着
ダァン!…と、自分達の目の前に、文字通り降って来た男に、スラウド公国の兵達は度肝を抜かれ、後方へと後ずさった。
そして、ゆっくりと立ち上がった赤髪の青年の、そのあまりの美貌に思わず息を呑む。
そんな兵士達をぐるりと見回すと、男はニッと口角を吊り上げた。そして柄に手をかけ、抜刀する。
「アルバ王国第二王子、ディランだ。ボスワース辺境伯より、狩りのご招待に預かり、末弟共々楽しみにやって来たのだが…。フ…。随分と大物を用意してくれたものだ…」
ゆっくりと、男が刀身に手を翳していくと、白刃に手が触れている部分から、男の瞳と同じ深紅の輝きを放っていく。
『第二王子!?王族…だと!?馬鹿な!!…ああ…。では…では、やはり…罠だったのかっ!!』
将軍の顔に、絶望の表情が浮かんだ。
敵はたった一人。対して自分達の軍勢は一万を超える。…なのに、言い知れぬ恐怖に全身が震える。
その場の兵士達も、その凶悪とも言える美貌と、絶対的王者の威圧に身体が硬直し、動けずにいた。
「――!?」
不意に、ディランへと無数の衝撃波が浴びせかけられる。が、直撃する寸前、周囲に青い魔方陣が浮かび、それらを弾いた。
「ヒューか…」
「何をしておるのですか将軍!敵はただ一人。ここは我ら魔導師団が…ぐわっ!!」
叫び声を上げた魔導師の両手が手にしている杖ごと切り裂かれ、怒声は悲鳴へと変わる。
「生憎と、一人ではない。三人いるぞ!」
将軍を含め、兵士や魔導師達が慌てて上空を振り仰ぐと、そこには太陽の光を受け、青銀に輝く髪を瞳を持つ、透き通るように美しい少年が空中に浮かんでいた。
「よ…妖精…?!」
「いや、精霊…か!?」
騒めく周囲の兵士達が口にした言葉に、美少年の怜悧な美貌に殺意が浮かぶ。
「どいつもこいつも…!俺は人外じゃねえ!人間だ!!アルバ王国が第四王子リアム!今この時をもって、参戦する!!」
そう高らかに言い放つと、少年の身体から無数のつむじ風が放たれ、主に魔導師達に襲い掛かった。
「うわぁ!!う、腕が…!!」
「ひいぃ!!ふ、防ぎ切れない…ぐあっ!!」
「あ、悪魔だ!!宙に浮き、こんな攻撃を…!人間が出来る訳がない!」
「だから!人間だって言っているだろうがー!!」
「落ち着いて下さいリアム殿下。それと、なるべく目と足は潰さないで下さいね?彼らには、ちゃんとお帰り願わなくてはなりません。捕虜なんて面倒くさいもの抱え込みたくありませんし、それ以上にユリアナ領でくたばられては後始末が大変ですからね」
横から聞こえてきた声に振り向くと、自分と同じくヒューバードが宙に浮いている。リアムはムッとした表情を浮かべた。
「ヒューバード!…分かってるよ!」
「分かっておられるのならば結構。では、私もお手伝いするとしましょうか」
そう言うと、まだ無事だった魔導師達のローブが切り裂かれ、指、喉、耳といった部位に細かい傷が付いていく。
鮮血こそ出ないものの、何故か皆、震える指を必死に喉に充て、口から舌をダラリと垂らしながら、必死に何かを喋ろうとしている。…が、その口からは空気の抜ける様な音しか聞こえてこない。
「それぞれの神経を切断しました。腕を掲げる事も、詠唱する事も出来ない魔導師など、只人以下ですね」
「……こわっ!お前、捕虜は御免だと言った口で、それやるか!?どう考えてもあいつら、山越え出来ないじゃん!!」
「お褒めの言葉をどうも」
シレッとした態度のヒューバードを見たリアムは、『あ…これ、相当鬱憤溜まってたな』と理解した。
ダブル脳筋(兄とグラント)に翻弄されまくっている事もそうだが、一番の原因は多分自分と同じで、エレノアや兄達の事が心配で仕方がないのだろう。だからってその鬱憤を敵兵で晴らすのはどうかと思うけど。
その時、目の端に兄が刀剣を構えるのが見えた。
「術式発動!『紅の炎よ!我が剣に宿りて爆炎となり、敵を滅ぼせ』!!」
すかさず、リアムも詠唱を唱える。
「『空と大地を渡りし自由の風よ。我が手に集え』!!」
ディランが『火』の魔力を纏わせた刀身を振るったのと同時に、リアムも自身の『風』の魔力を放った。
するとディランの刀身から生み出された炎が、リアムの放った風魔法と合わさり、まるで
「なんだ…!?なんなんだ…!?これは…!!」
一万もの兵士達が、次々と倒れ、悲鳴を上げて逃げ惑う。頼みの綱の魔導師団は、ほぼ壊滅状態だ。
「これがアルバ王国の…真の力なのか…!?」
女の足を舐めるのが得意なだけの、軟弱者だと…?とんでもない!
辺境伯達の力は言うに及ばず、本来ならば一番守られるべき王族が平然と最前線に立ち、一騎当千の力を見せ付ける。現実とは思えない程規格外で恐ろしい、眠れるドラゴンのごとき国。不用意にその眠りを覚ましてはいけない…そんな国だったのだ。
『そ、そういえば…』
ふと将軍の脳裏に、つい先だって滅んだ獣人王国の存在が頭をよぎった。
確かあの国は、アルバ王国に手を出そうとしていたと聞いていた。
それがタイミングよく、東大陸全土が決起した事により、アルバ王国は難を免れたと…。
だが、果たしてそんな偶然があるだろうか?ひょっとしたら、獣人王国が滅んだ直接の原因は、アルバ王国を敵に回したから…?
「おい」
突然間近で声をかけられ、ビクリと身体が竦む。
恐る恐る振り向くと、そこには刀を肩にかけた第二王子が立っていた。
「ヒッ!!」
思わず小さく悲鳴を上げてしまった自分に、第二王子が森の方を顎でしゃくった。
「そろそろ俺の師匠が、あんたらの帰り道の見通しを良くしてくれるから、とっとと自分の国に帰れや。怪我人とかもちゃんと忘れず連れ帰れよ?ああ、それと行きと違って、魔物が出ると思うから、油断すんじゃねーぞ?」
恐る恐る森の方へと目をやると、まるで地鳴りの様な凄まじい爆音と振動が周囲を震わせ、思わず悲鳴を上げながら尻もちをついてしまう。
そして、その爆音に驚き、森から一斉に飛び立ったのは…鳥の大群…いや、あれは…。
「ま、魔物!?」
コカトリス、ワイパーン、ヒポグリフ、ロック鳥…といった、翼を持つ無数の魔物達が、続々とこちらに向かって飛んで来る。…いや、よく見れば地上からも複数の魔物の気配がする。
「あれ?ちょっと予想より多いな…。師匠、やっぱまだ調子悪かったんかな?」
首を傾げながらそう呟いたディランの脳裏に、嫌な想像が浮かんだ。
――…いや、寧ろ丁度自分達がいるからと、わざと見逃したような気がする…。
大体調子が悪いのならば、
弟子を鍛えてやろうという師匠なりの親心なのかもしれないが、凄く傍迷惑。時と場所を考えろと、声を大にして言ってやりたい。ってか、弟子鍛える為にスタンピード使うか普通?!
「ディラン兄上…。アレ…」
「ああ…。みなまで言うな」
「一度〆ますか?あの腐れ将軍」
それぞれがグラントの所業を理解し、深い溜息を吐いた。仕方が無い。こうなったらさっさと終わらせよう。
――その後、三人の貴人が鬼人へと変貌した。
後から参戦したセドリックやユリアナ領の騎士達と共に、やっとの思いで魔物を狩り終えた後…。スラウド公国の兵士達は一人残らず、その場から姿を消していたのだった。
後日談だが、その後二度と、スラウド公国はユリアナ領に手出しをしなくなったとの事であった。
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皆さん、頑張りましたが、最後に脳筋の餌食(?)になってしまった模様…。
そして次回からは、事後処理です。エレノアもようやっと出てまいります!
それぞれ、どのような結果になるのかですね。
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