第213話 真に護るべきもの

「ここです!グラント様!!」


「よっしゃ!降りるぞ!!ポチ!お前は俺が呼ぶ迄、見えない所で待機していろ!!」


セドリックが指摘した魔素溜まりの地点に到達したグラントは、セドリックと共に古竜ポチから飛び降りると、魔力を纏って軽やかに地面へと着地した。


「グラント様!魔素溜まりに惹かれ、中級や低級の魔物がそこら中にいます!」


「おう!俺はこのまま魔素溜まりへと向かう!セドリック、雑魚は任せた!それと、俺が合図を送ったら、防御結界を展開。速やかに半径1キロ圏外に退避しろ!!」


「了解しました!!」


言い終わるや、一瞬でその場から姿を消したグラントを見送った後、セドリックはその場に停止し、双刀の脇差を抜刀した。


「誕生日に頂いた刀が、早速役に立つとは…ね」


そう独り言ちると、魔力を込めながら柄を合わせ、両刃の槍へと変える。


「まずは…!!」


セドリックが槍を一閃すると、今まさに飛び掛かろうとしていたサーベルタイガーやコカトリスの身体が瞬時にこま切れとなった。


「……接近戦が危険な魔物相手に丁度良いけど…。ちょっと、魔力調節しないと危険…かな?」


初使用が魔物相手で良かった…。


そう、冷や汗を流しながら呟いた後、セドリックは周囲の魔力反応を伺い、次々と魔物を切り捨てていったのだった。





◇◇◇◇





「おまえらー!そこどけぇ!!」


突然出現した、超巨大な竜を呆然と見上げていた騎士達は、更にそこから三つの人影が降って来るのを発見し、慌てて落下位置であろう場所から一斉退避した。


するとぽっかり空いたその空間に魔方陣が浮かび上がり、次々と男達が鮮やかな着地をしていく。


まず、騎士達はその者達の姿を見て息を飲んだ。


一人は燃える様な深紅の髪と瞳をした、精悍な美貌を持つ男。そして、まるで水の精霊が人間に具現化したかの様な、見目麗しい青銀の髪と瞳を持った美少年が、そこに立っていたからだ。


明らかに高貴な身分だと分かる、その圧倒的な存在感と佇まい。


そして、彼らから一歩下がった場所に立つ黒髪黒目の青年は、気配からして只者ではないと分かる程の、鋭く切れる刃の様な威圧を放っている。


その場の騎士達の緊張が高まる。


不審人物達の周囲を囲みながら、いつでも抜刀出来るよう身構えていた騎士達であったが、驚愕の表情を浮かべた騎士団長が、その場に片膝を着き、深々と頭を垂れる姿を目にし、騒めきが広がった。


「ディラン殿下。そして、リアム殿下…!」


騎士団長の口から紡ぎ出された王家直系の名に、周囲の騎士達も慌てて次々膝を着き、頭を垂れる。


――が、騎士達は『何故ここに、王家直系が…!?』と、更なる動揺を隠せない。


「…この場で言っておこう。オルセン将軍も共にユリアナ領に来ている。ゆえに、スタンピードは起きないぞ?」


途端、ネルソンの肩がビクリと跳ね、その反応を見たディランの目が細められた。


他の騎士達は「スタンピード?」「一体なにを…?」と、戸惑うような様子で互いに囁き合っている。


「皆、良く聞け!!お前達の主であるブランシュ・ボスワースは、さる理由から辺境伯の任を解かれた!彼はもう、ここには戻って来ないだろう。…だが、もし戻ってきたとしたら…。王家の名において、我らが奴を討ち取る!!」


途端、騎士達は一斉に下げていた頭を上げると、驚愕の眼差しをディランへと向けた。


「そ…それは…!?」


「我らの主君が…任を解かれた…!?一体なにゆえ…!?」


「今ここで、それを言う必要は無い!これよりお前達の指揮権は一時的にこのディランが預かる!!まずは眼下の虫共を…」


「お…お待ちを!!」


「…何だ?」


歯を食いしばり、きつい眼差しを向けて来るネルソンの視線を、ディランは真っすぐ受け止めた。


「…俺を認める気は無いか…?」


「………」


「従う気は無いと…。そう言いたいか?」


「ネ、ネルソン団長!」


傍に控えていた小隊長が、必死の形相でネルソンを咎める様にその名を呼ぶ。


自分だとて、ネルソン同様、いくら王家直系だとしても、いきなりやって来て自分に従えと言われても、素直に従う気にはなれない。

ましてや主君を辺境伯の任から解くだの、討ち取るだなどと言い放たれたのだ。とても看過出来るものではない。


だが、相手はこの国の王家直系。しかも近い将来、この国の全ての軍権を一手に継承する、いわば騎士達の頂点とも言えるお方。いくら主君の大事とはいえ、そんな相手に反意とも取れる行動をとるなど…。下手をすれば…。


「…俺もお前達同様、国王陛下より剣を賜った身だ。騎士であるならば、忠誠を誓った主君以外に従いたくないという気持ちは理解出来る。…だが!お前達が真に守るべきは誰だ!?王家か!?主君か!?…違うだろう!俺やお前達が真に護るべきものは、国民だ!!」


言い放たれた言葉に、その場の全員が目を見開いた。


「国を守り、領土を守り、この国に住む国民全ての平和と安寧を守る。…それこそが騎士たる者の誉れ!…違うか!?レオ・ネルソン!!」


「…わ…私の…名を…?!」


直接、会話した事も無かった王家直系に名を呼ばれた事に、レオは衝撃を受けた。


「心から俺に従わなくてもいい。今だけでもいい。お前達の譲れぬ矜持を、俺に預けてくれ!この領土の民を守る為に!」


誰もが言葉を発しない。…いや、発せられないでいるのだ。


命令をするでも、恫喝するのでもなく、「騎士として守るべきもの」を説くディランの言葉に心が震える。


「…ディラン兄上…。凄いな…!」


普段はグラント共々、脳筋全開の発言や行動を取る事の多い兄の、国を守る者としての有り様を説く姿に、リアムが尊敬の眼差しを向ける。


「ええ。いざという時のあの方は、我々が上官と仰ぐに足る素晴らしいお方なのですが…。出来れば普段もああだと、私の苦労も減るのですがね」


「師弟揃って脳筋馬鹿ですから」とぼやくヒューバードであったが、ディランを見つめるその表情は、どことなく誇らしげだった。


「とにかく、一刻を争う!俺とリアムはこれより、スラウド公国の兵士達を迎え討つ!お前達はこの城の前方、後方それぞれに待機し、森から出て来た魔物達が万が一にも結界より先に漏れださせぬ様注視し、速やかに始末しろ!」


そう言い捨て、ディランはリアムとヒューバードと共に、今度は地上へと飛び降りて行った。


――まるで、通り過ぎた嵐のごとく。


呆然とした様子の騎士達に、レオの激が飛ぶ。


「貴様ら!ディラン殿下の仰った通り、速やかに動け!いいか!?ユリアナを守護する騎士の名にかけて、魔物を一匹たりとも見逃すな!」


「「「「はっ!!」」」


力強い返事を放ち、その場から走り去っていく部下達の背を見つめながら、レオは胸元から黒水晶の様な魔石を取り出した。


『ブランシュ様…。ケイレブ様…。お許しを!』


一瞬の葛藤に身を震わせた後、レオは魔石を手の中で握り潰すと、自分も部下達の後を追うべく、何かを振り払うように歩き出した。




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ディーさん脳筋ですが、人心を掴むカリスマはアシュル殿下に負けません。

グラントとは良い師弟コンビですが、ヒューさんには「魔の師弟コンビ」とも言われています。

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