第212話 時限式スタンピード
「何だぁ!?何でこんなに他国の兵士がうじゃうじゃいやがんだ!?それにこの広大な結界は一体…!?」
「あの兵士達…スラウド公国の奴らですか…。ひょっとして、ボスワース辺境伯が密かに裏で手を組んで…」
「いや、そりゃーねぇだろ。あの男はやるとなったら己の力で正面突破ってタイプだ。…それに辺境の男達は基本、そんな姑息な手は使わねえよ」
「師匠…?」
グラントの何かを含んだ声に、ディランは困惑顔を浮かべた。
その時、セドリックの緊迫した声が上がる。
「…グラント様!目の前の森に、強力な魔力溜まりの気配を感じます!それと大量の魔物の気配も…!」
セドリックの言葉に、グラントが片眉を上げる。
「ふん?俺にはまだ感じ取れねぇな」
「はい。何か…。結界のようなものがそれらの周囲を覆っているようです。なのでその所為かと…」
「本当か!?セドリック!」
「ああ。リアム、君の強力な『風』の魔力なら、異変が起こっている淀んだ『気』を感じ取れる筈だ!」
言われ、リアムはセドリックの指し示した方向に意識を集中させる。すると確かに僅かだが、淀んだ空気と気配を感じ取る事が出来た。
「分かった?リアム」
「ああ。…にしても、魔素溜まりって、魔素が腐ったような匂いがするんだな」
嫌そうに顔を顰めるリアムを見て、グラントは軽く笑う。
「成程。確かに魔素溜まりは、大地の魔素を触媒に発生する。それにしても、魔素が腐った匂いとは言い得て妙だな!セドリック、そしてリアム。お前ら、早速役に立ったじゃねぇか。連れて来た甲斐があったってもんだぜ!」
グラントに褒められ、嬉しそうに顔を紅潮させるセドリックとリアムに目を細めた後、グラントは眼下の兵士達と、魔力溜まりがあるという森とを交互に見比べた後、目を眇め、厳しい表情を浮かべた。
「ふん…。これはまぁ、なんともえげつねぇ作戦を考えたもんだ。…成程…。って事はあいつら、まだこっちに帰って来てねぇな」
「師匠?」
「オルセン将軍?」
不思議そうに声をかけてくる同行者達に、グラントは改めて向き直った。
「ディラン、リアム。お前らはヒューバードと共に下に降り、王族としてユリアナ領の騎士達と、スラウドの軍隊を何とかしろ。俺とセドリックは、
「は!?」
「えっ!?」
「ス、スタンピード!?」
「ああ。セドリックとリアムが感じた気配。そして隣国の兵士達。…間違いなく、くるぞ!」
「オルセン将軍。我々にも分かるように、ご説明頂けませんか?魔素溜まりはともかくとして、何故あの兵士らがいるからスタンピードが起こるというのです?!」
「…お前、頭脳派だろ?んな事も分かんねーの?」
『馬っ鹿じゃねーの?』という副音声が聞こえた気がして、ヒューバードのこめかみに青筋が浮かんだ。
よりにもよって、この脳筋に馬鹿にされるとは…。なんという屈辱!
「いいか?このユリアナ領の森林は、ダンジョンばりに魔物の発生率が高い。希少鉱物が多く取れるという事は、それだけ魔素が溜まり易いという事でもあるんだ」
実際、まだ自分が冒険者であった頃は、その魔物の多さに驚いたものだ。
その時、たまたまスタンピードが起こり、討伐に加勢したからこそ、ケイレブ・ミラーの存在を知っていたのだが。
「そんな土地柄だ。人為的に強大な魔素溜まりを作れば、容易くスタンピードを発生させる事が出来る」
「それじゃあまさか…。あの結界に覆われたものって…」
セドリックの顔色が青くなる。つまり、結界はスタンピードが起こる直前の魔素溜まりを塞ぐ栓…という訳なのか。
「そんな…!一体誰がそんな事を!?」
「…恐らく、ケイレブ・ミラーだろう」
「ケイレブ・ミラー!?」
「そんな…!?何故奴が守るべきユリアナ領で、よりにもよってスタンピードなんか起こさせようとしたんだ!?」
ディランが、その精悍な美貌を歪め、歯を食いしばる。
「…あんなモノを人為的に発生させようとするなど、正気の沙汰とは思えない…!!」
スタンピードは最も人的被害を及ぼす自然災害だ。どんな備えをしようとも、完全に防ぎ切れるのは至難の業。
地方では、スタンピードを発生させるダンジョンを適切に管理出来ない領主も多く、軍権を継承する王家直系が、その肩代わりをしている。
ディランもそれに倣い、成人した後、ヒューバードと共に多くのダンジョンを訪れ、魔物の数を調整してきたのだが…。それでも発生を防ぎ切れず、甚大な被害に遭ってしまった村々や町を数多く見てきた。
だからこそ、人為的にスタンピードを発生させるなどといった行為など、許せるものではないのだ。
「恐らくは保険だ。…国に反逆した場合、最も厄介なのは、隣国の横やりだからな。エレノアを奪い帰還する事が出来た暁には、ブランシュ・ボスワース本人が『魔眼』で敵兵を皆殺しにする予定だったんだろう」
その為に、わざと隣国になにがしの情報を流し、少しでも多くの兵を、この地に攻め入らせようとしたのだろう。
さしずめ、「内乱が起こる」…とでも言ったのかもしれない。
「…だがもし失敗した時の為に、奴は魔素溜まりに結界を張り、時限式のスタンピードを作り上げた。そして更に城を起点として強力な結界を張り、自領を守りつつ、挟み撃ちの要領で、敵兵共を殲滅させるつもりだったんだろう」
『いや…。保険でもなんでもなく、辺境伯達は元々、このボスワース城に戻る気はなかったのか…?!』
だからこそ、自分達がいなくなった後のユリアナ領が害虫に侵食されないよう、このような非道とも言える計画を練った。
そうして、自分達を徹底的に大罪人に仕立て上げ、王家の手が入った時、この領土と…騎士達を巻き込まぬようにしようとしたのかもしれない。
彼ら辺境を守護する者達にとって、領土や、そこに住まう者達。…そして身内は、なによりも守るべき、大切な存在なのだから…。
「…まぁ…。えげつねぇが、害虫退治にはうってつけの作戦だよな」
スタンピードなど、そもそも他国では、そう滅多に起こる現象ではない。
例え何万もの兵力があろうとも、次から次へと溢れ出て来る魔物の群れを、まともに相手に出来る訳がないから、奴等はほぼ全滅に近い被害を受けるに違いない。
だが、そうなっても同情は出来ない。
そもそも、今回は人為的であったが、この地では他の地域の何倍ものスタンピードが発生するのだ。
潤沢に採れる魔石や希少鉱物といった利益ばかりに目が眩み、仮にこの地を支配したとして、待つのは身の破滅だ。
「かなり強力な結界だが、それでも万が一破壊されたら、騎士達だけではなく、領民に被害が出る。小バエ達の血で、このユリアナの大地が汚されるのも不愉快だ。…って訳で、ディラン、リアム。お前ら王家直系としての初陣だ。見事この場を収めてみせろ」
ディランとリアムの真紅と青銀の瞳が煌めく。
「アルバ王国を守護する頂点の一角として、他国の奴等にその力を見せ付けてこい!!」
「おう!!」
「はい!!」
グラントの鼓舞に、各々が力強く頷くと、ディランとリアムはヒューバードと共に、ポチの背中から飛び降りた。
「さて、セドリック。俺達は裏方仕事だ。お前が感じた気配に案内しろ!」
「はいっ!!」
ポチはグラントの指示に従い、魔の森の方へと身を翻した。
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グラント父様は脳筋ですが、事、戦闘においては天才的な発想力と統率力を発揮します。
以前メル父様に「何も考えようとしないがゆえに、その場その場の最善を本能で嗅ぎ取れる」と言われる所以です。
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