第211話 ユリアナ領にて

「何故だ…!?どうしてこんな…!」


アルバ王国の北部。ユリアナ領と国境を挟んで位置する隣国スラウド公国の将軍は、今現在の状況に苛立っていた。


『ボスワース辺境伯に謀反の兆し有り。近く内乱に突入』


その一報を受けたスラウド公国の中枢は浮足立った。


アルバ王国の中でも最も潤沢な鉱物や魔石が採れ、そして魔物の発生率が随一とされる過酷な領土、ユリアナ。


そこを代々治め、守護してきたのがボスワース辺境伯家だ。


彼らは複数存在する辺境伯家の筆頭とされ、その戦闘能力から『辺境の守護神』と称えられ、諸外国から恐れられている。


その辺境伯家が王家と対立し、内乱状態になりそうだという情報を、ユリアナ領に潜伏させていた密偵から知らされたスラウド公国の大公と側近達は色めき立ち、「ここがアルバ王国につけ入る好機」と、大量の兵を投入する事を決定したのだった。


辺境伯家の恐ろしさと強さは、アルバ王国の周辺国なら骨身に沁みている。事実、スラウド公国の侵入をことごとく阻止してきたのは、ボスワース辺境伯家だ。


アルバ王国は、西大陸の中でも最も肥沃な大地と天然資源に恵まれ、他国との貿易交渉も必要としない程の豊かな国である。


それゆえ国民は総じて争い事を好まない上、すこぶる穏やかな気性をしているという。


男は己の容姿を磨く事にしか興味が無く、貴重な女を崇拝し、崇め、その足を舐め傅く事を厭わない軟弱者揃い…と、世間一般的には言われている。実際、アルバ王国を行き来する者達は口々に、アルバ王国の男達の美しさを口にしていた。


世に名高き『ドラゴン殺しの英雄』。驚くべき事に、彼はアルバ王国出身者であるという。


確か今は、国軍の総大将を拝命しているというが…倒したのはドラゴンではなく、火吹きトカゲサラマンダーであったという説もある。まあ、アルバ王国の腑抜けた国民性を鑑みるに、その噂の方が信憑性が高いだろう。


だが、そのような国民性であって唯一の例外が、『辺境伯家』なのであろう。


彼らと彼らに率いられている騎士達が守護しているからこそ、アルバ王国は他国の干渉を受けず、大国のままでいられるのだ。

つまりは、辺境伯達さえいなければ、腑抜けた男達しかいないアルバ王国など、軍事国家であるスラウド公国の敵ではない筈なのだ。


その辺境伯が王家と内乱を起こすという…。であれば、王家と睨み合っているその隙をつき、一気にユリアナ領に攻め入り、混乱を引き起こす。


さしものボスワース辺境伯とはいえ、国を相手にするのであれば、我々を相手にするだけの余力は無くなるに違いない。圧倒的な数の兵士を導入し一息に攻め入れば、勝利の女神は必ずや我々に微笑む。


――そう思っていたのに…。


魔法王国と名高いアルバ王国。その対策として、魔導士団をも大量に引き連れ、ユリアナ領の端まで進軍してみれば、まるでユリアナ領全土を囲むかのように強大で堅牢な結界が張り巡らされ、そこから先に踏み込む事が出来ないでいる。


魔導師達に結界を壊させようとするも、一体どのような手法で構築されたのか、ヒビ一つ入れる事が出来ずにいるのだ。


「くそっ…!ここにきて、このような…!」


結界の先に見える、まるで巨大な砦の様な造りをしたボスワース城を睨み上げ、ギリ…と奥歯を噛み締めたが、ふと嫌な予感に背筋を震わす。


「…まさか、我々の進軍を…読んでいたとでも言うのか…!?」


いや、そもそもボスワース辺境伯が王家に弓を弾くというあの密偵の進言すら、今となっては真実なのか怪しい。


もしそれが…。意図的に流されたデマであったとしたら…。


「まさか…我々を誘き寄せる為に…?」


ツゥ…と、一筋の汗が頬を伝う。


その時だった。鋭い咆哮が周囲の空気を震わせ、巨大な雲のごとき『何か』が、太陽の光を遮った。





◇◇◇◇





「ネルソン団長…我々は…。このままで…本当に宜しいのでしょうか?」


「………」


ボスワース辺境伯が有する騎士団を統括する騎士団長、レオ・ネルソンは、その利発さと剣の腕を買い、小隊長に就任させたばかりの若き騎士と無言で見つめ合った後、眼下に目をやった。


現在、小高い丘の上に建てられた堅牢なボスワース城の上から見る風景。それは広大な自然…ではなく、鎧を身に着け、騎馬する多くの兵士や騎士達の姿であった。しかもそれは、国境とされている連峰側から続々とやってくる。


ざっと見た所、その数およそ一万。彼らはボスワース辺境伯家の騎士達ではなく、隣国スラウド公国の兵士達であった。


「今はまだ、この城を起点とした強力な結界が、奴らを抑えております。…ですが、これ以上数が増えれば…」


ボスワース辺境伯家の城は、首都や他の領地と違い、魔物の襲撃と他国からの介入を最前線で食い止める為、最も魔物の森に近い位置に建てられている。そして、魔物の森は連峰の裾野に広がっている。


…いわばこの城は、ユリアナ領を守る強力な砦なのだ。


「辺境伯様も、我がボスワース騎士団が誇る精鋭部隊『ユリアナの饗乱』も不在の中、我々に下されたものが『待機命令』などとは…!」


「…辺境伯様には、策がお有りなのだ」


「それは、どのようなお考えなのでしょうか!?我らはこの国を魔物と侵略者から守護する剣であり、盾です!このユリアナの大地を土足で踏み荒らすやもしれぬ連中を、指を咥えて黙って見ていろと、そう仰せなのですか!?」


「それ以上は言うな!…我らは辺境伯様を信じ、付き従うのみ。我らの忠誠はあの方と共にある!」


――レオ。今から僕らとブランシュは『賭け』をしに王都へと向かう。


――賭け…?


――そうだ。ああ、勿論勝ちに行くよ?…だが、万が一の時の為に、保険をかけておいた。いいか。いずれここに隣国の兵士達がやって来るだろう。それを迎え撃つ事なく、ギリギリまで耐え、出来るだけ多くの兵達をここに終結させろ。…そして…。


『ケイレブ様…!』


昔、ひ弱な新兵だった自分を鍛え上げてくれた方。『ユリアナの饗乱』を指揮し、統率する、偉大なる総大将。


『え?お前も僕の部隊に入りたい?あー、よせよせ!お前みたいに裏表のない真っすぐな奴に、うちの部隊は合わないよ。目指すんなら騎士団長だな。ブランシュを…。そしてユリアナの大地を表舞台で守れるような、そんな男になれ』


ブランシュ様とケイレブ様が、何をされようとしているのか…自分は知っている。今ここに、隣国の兵士を集めているその意味も。


――本当なら、命を懸けてでもお止めするべきだった。


だが、国を最前線で守護する辺境伯や地方貴族達。そして彼らに仕える者達を、公然と…そして無意識に見下す中央貴族への憤り。…そして、父から聞かされた、先代様が受けた屈辱的な仕打ち。

『女』であるが為、直接的にお咎めを受けなかった侯爵令嬢。その事で、先代様の為に心を砕いてくれたであろう王家に対して、僅かばかりに生まれてしまった猜疑心。


それらが、生まれた時からこのユリアナ領を守護する為だけに生きてきた、ブランシュ様の身を削る様な献身と合わさり…どうしても止める事が出来なかったのだ。


『…約束の時刻を過ぎても、お二人は戻られなかった…』


つまり、彼らは『賭け』に失敗したという事だ。

だとすれば、『アレ』が発動するのも間も無く…。自分も、覚悟を決めなくてはならない。


そう思った次の瞬間、急に太陽が隠れ、周囲が薄闇に包まれる。


「何だ!?一体…」


「ネ、ネルソン団長!!上を!!」


部下の悲鳴のような声に上空を見上げれば…。そこには巨大な竜が悠然と浮かび、こちらを見下ろしていたのだった。



===============



ちゃんとした国は、アルバ王国の表の顏に惑わされず、どれだけ恐ろしい国かをちゃんと理解しています。


そして裏話…。グラント父様はサラマンダーが好物な為、若い頃からよく狩っています。その為、『ドラゴン殺し』ではなく『トカゲ殺し』であるという噂がたちましたが、本人全く気にしていません。

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