第210話 大地と癒しの魔力
『エレノア。大気中の魔素を集めるのには、イメージが大切なんだよ?』
脳裏に優しい声が響く。
『何故かって?魔素は普通では目に見えないモノだからだよ。イメージし、具現化して感じやすくするんだ。これは魔法を使う時にも必要な事なんだよ。…さあ、やってみようか?』
いつの日か、セドリックに言われた言葉を反芻しながら、私は大きく息を吸い込む。そして種から芽を出し、若木となり、緑葉を茂らせ巨木となっていく樹々をイメージしていく。
――今、この場には焦土と化した大地が広がっている。
だけどそれは炎が表皮を撫でただけ。大地は…自然はそのような事では揺るがない。
灼熱の光が降り注ごうとも、永久凍土の氷に覆われようと、母なる大地に草木は根を下ろし、水を…風を…柔らかな日差しを得たその瞬間、命は再び芽吹く。
生命の息吹を放ちながら…。
「――ッ…!」
私自身の魔力が抜け出ていく感覚に、軽い眩暈を感じ、地面に膝を着く。
『やっぱり…。無理…だった…?』
思えば、セドリックとの修行でも、上手く魔素を集められた試しが無かったのに、急にやろうと思ってやれる訳が無かったのだ。
『ごめんなさい…みんな…。…女神様!もし…貴女が存在するのなら、どうかここにいる人達全てに、貴女の慈悲を…!』
霞がかる意識の中、心の中でそう呟きながら、固く目を閉じる。
…だから、エレノアは気が付かなかった。
大気中の魔素が集まり出し、それが淡い光の文様となって自身を守る様に包み込んでいた事を。
「……?」
温かい何かに包み込まれているような感覚に、アシュルはうっすらと目を開ける。
そして、自分が柔らかな草の上に横たわっている事に気が付き、愕然とした。
「…え?ここ…は?」
確か自分は、クライヴと共にブランシュ・ボスワースにとどめを刺そうとして…吹き飛ばされて…意識を失った…筈。
「まさかと思うが…ここって、天国か?」
過去の…主に女性絡みの黒歴史で、てっきり地獄行きかと思っていたから、地味に嬉しい。…じゃなくて!いや、それにしてもこのリアル過ぎる草の匂いと感触。本当にあの世のものだろうか?それに、死んだにしては何だかやけに身体が痛い…。
「――ッ!?クライヴ!!」
顔だけ横に動かすと、そこには満身創痍といった様子のクライヴが横たわっていた。…うん、やはりここは天国ではなく、現実だ。
『それにしても…
アシュルは困惑顔で、目の前の光景を見つめる。何故なら草の蔓が地面から幾つも生え、クライヴの身体を優しく包み込んでいるからだ。
――まるで、癒そうとしているようだ…。
ふとある事に気が付き、恐る恐る自分の身体に目を向けてみると…。やはりというか、クライヴと同じく、蔓が身体を包み込んでいた。
『そうだ…!ボスワース辺境伯はどうなった?!エレノアは!?オリヴァー達は!!?』
「クライヴ…!起きろ!!」
「…ッ…。…ア…シュル…?」
返事があった事にホッとしながら、アシュルは未だ力の入らぬ身体を叱咤し、必死に上半身を起こした。周囲の蔓も、そんな自分の動きを邪魔しないよう、そっと身体から離れていく。
見ればクライヴも自分に倣い、ゆっくりとだが身体を起こそうとしている。だが、先程の自分同様、周囲にある蔓に困惑している様子だ。
「アシュル、一体ここは…?!俺達が戦っていたのは、オリヴァーが焼け野原にしちまった、元・森だよな?」
「その筈なんだが…」
そうして周囲を見回し、見つけたのは、異形と化したブランシュだったモノと…そして。
「あ…れは…」
「エ…レノア…?!」
アシュルとクライヴが、その光景を目にし、絶句する。
そこには…。淡い金色の光に包まれ、その周囲に見た事の無い魔方陣らしき文様を浮かび上がらせながら祈る、最愛の少女の姿があった。
異形と化したブランシュがエレノアに迫ろうとするが、魔方陣がそれを阻む。
「あれは…エレノアの魔力…なのか?」
呆然とした様子で、クライヴが呟く。
確かにエレノアの魔力量は、普通の女性達に比べ圧倒的に高い。
だがそれでも、『魔眼』に対抗できる程では無かった筈。でも実際、エレノアは『魔眼』に支配され、魔人となったブランシュの攻撃を確かに防いでいた。
二人が見守る中、ブランシュが立つ地面が眩く光りを放つと、そこから自分達を癒してくれていた、あの蔓が生えてくる。
ブランシュの鋭い爪が、蔓を次々と切り裂いていく。だが幾度も切り裂かれてなお、蔓は次々と地面から生え、ブランシュの身体にまとわり付いていった。
そして、次第に細かった蔓は太く固い樹皮となり、ブランシュの身体を縛る鎖の様に絡み付いていく。
「『大地の魔力』」
ポツリと呟いたアシュルの言葉を聞き、クライヴが何の事かと眉を寄せた。
「昔…。エレノアがディランに初めて逢った時の事を覚えているかい?」
「ああ?そりゃあ勿論」
あの時の事は、忘れようとしても忘れられない。
「ディランに聞かされていた…。エレノアが暴走するクリスタルドラゴンに向け、放ったとされる魔法が、今僕達が見ている光景と一緒なんだよ。…いや、魔法…というより別の何か…」
そう。その話をディランから聞いた時、脳裏によぎったのが『大地の魔力』と言われる、『土』属性の魔力持ちが稀に宿すとされる、希少属性だった。
――大地に愛され、乾いた大地に恵みをもたらすとされる稀有なる力。
「そして、後に『姫騎士』の称号を受けた聖女が持っていたとされるのが、その『大地の魔力』だ」
「姫騎士…だと!?」
クライヴが驚愕の面持ちで、ブランシュを拘束するエレノアを凝視する。
『…?』
――何だか、身体が軽い…。
フワフワとしたような…軽い酩酊状態になったエレノアがうっすらと目を開けると…。そこには、樹木の檻に絡め取られたブランシュの姿があった。
「――!!?」
一瞬で思考が覚醒する。
魔素が抜けていく感覚に覚悟を決め、目を瞑っていた間に一体何が…?!
「エレノア!!」
突然自分の名を呼ばれ、ビクリと身体を跳ねさせる。
「クライヴ…にいさま…?」
「逃げろ!!エレノア!!」
「アシュルさま…え…?」
トン…と、首筋に軽い感触を感じた後、エレノアの意識は闇に飲まれる。
「エレノアー!!」
クライヴとアシュルはすぐさまエレノアの元へと駆け寄ろうとするが、立ち上がろうにも身体に力が入らず、その場に
くったりと力を無くした小さな身体を、ケイレブは片手で優しく受け止め、そっと地面へと横たえると、穏やかな表情でそっと呟いた。
「…君にはいい迷惑だったかもしれないけど…。でもブランシュが愛した女が、君で良かった」
そして静かな眼差しを樹木の檻に捕らわれたブランシュへと向け、微笑む。
「ブランシュ。僕も後から追い掛けるから、先に皆に謝っておいてくれ。…それと、もし会えたら、
一本しかない手で、いっそ優雅とも言える動きで剣を構えるケイレブと、ブランシュの瞳が交差した瞬間、檻の隙間を縫い、白刃がブランシュの首筋を刺し貫く。
凄まじい断末魔と魔力の奔流が、一筋の光となって天空へと立ち昇り、雲を突き抜ける。それはブランシュの身体が崩れ落ちていく中、徐々に弱まっていった。
身体が消滅する直前、ブランシュが微かに微笑んだのを見届けると、ケイレブはゆっくりその瞳を閉じた。
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ブランシュとの戦いに、終止符がうたれました。
そしてここにきて、姫騎士とまたしてもリンクしたエレノアです。
それにしてもアシュル殿下…。黒歴史あるあるですね( ;∀;)
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