第208話 死闘
『ヤバいな…。アシュルの息が上がってきた…!』
共闘しながら、さり気なくアシュルにかかる負担を軽減すべく立ち回り、彼が受ける筈だった傷の多くを代わりにその身へと受けながら、クライヴはアシュルの様子を確認し、舌打ちをした。
戦いを開始してから、既に15分以上経過している。
『魔眼』の力を抑え込んでいる間に、相手に何とか致命傷程度は与えておきたいというのに、自分達二人がかりでも、これといったダメージを未だに与えられずにいた。
しかもここにきて、明らかにアシュルの動きが鈍くなってきているのである。
――ブランシュ…ボスワース…!!
自分達とは違い、実際の戦闘で鍛え抜かれた剣技と戦闘センスは、敵ながら圧巻の一言に尽きる。流石はあの父親が手放しで称賛した男だ。
「クライヴ、すまない…っ!!君ばかりに負担を…かけて!!」
「気に…すんなっ!!いいか、お前は俺が、守るっ!だから、最後の最後まで…踏ん張り切るぞっ!?」
「ふ…。そう、だなっ!せいぜい、君のお荷物にならない、よう、尽力…するよ…!!」
――お荷物などとんでもない。平常時であれば、自分とアシュルの剣技はほぼ互角だ。
自分はドラゴンを御する事の出来る、偉大な英雄であるグラント・オルセンを父親に持って生まれた。
幸運な事に、あの父の資質を継いでいたらしく、剣術も武術も最初から人並み以上にこなせたし、父から直々に鍛え上げられてもいたから、僅か7歳でクロス家騎士団長、ルーベンに勝てる程の力があった。
対するアシュルは、王家直系としての類まれな魔力量と全属性を持って生まれた。(更に母である聖女譲りの『光』属性も持っていた事が、今回判明した)だが剣術や武術の才能は、人より多少恵まれている程度であったらしい。
将来、軍の全権を継承するディラン殿下と違い、王太子である彼は本来、剣も武術もそこまで突出していなくても良かった筈だ。
実際、人の上に立ち、自然と相手を従わせられる程のカリスマ性と統治能力は、誰もが認める所であったのだから。
だが彼…アシュルは、ワイアット宰相やヒューバードといった歴戦の猛者に師事し、どんなに執務や王家関連の行事に忙殺されようとも、常に人知れず、己の研鑽を怠らなかった。
俺自身は…と言えば。己の元々の才に溺れていた訳では決してない。
だが王太子として、そしてアルバ王家の直系筆頭としての矜持を胸に、血の滲むような努力を惜しまなかった彼とは覚悟が違った。
だからこそ、自分は常にアシュルの次席に甘んじていたし、その事を悔しく思いつつも納得していたのだ。
その彼が明らかに防戦一辺倒になってしまっているのは、この場の全員に対して『加護』を与えながら戦っているからに他ならない。彼が『魔眼』を抑え込んでいてくれているからこそ、二人がかりとはいえ、互角以上に戦えているのだ。
見ればオリヴァーの方も、ケイレブ・ミラーと激しい戦闘を繰り広げている。
『あいつは…!また、無茶な戦い方を!!』
普段の猫かぶりを完全に脱ぎ捨てた弟は、その美貌や肢体にどれ程傷を受けようとも怯む事無く、己の内にある『火』の属性そのままの攻撃を繰り広げている。その苛烈極まる戦いっぷりは、まさに『猪突猛進』という言葉が相応しい。
しかもそんなオリヴァーに対し、絶妙な合いの手でフィンレー殿下の『闇』の魔力が致命傷を防いでいるようだ。
何だかんだ言って、あちらもかなり息の合ったコンビネーションを披露している。流石は同族嫌悪を胸に抱く者同士だ。自分とアシュルとは真逆な意味で、絶妙な連携が取れている。
『あいつら、エレノアさえ絡まなければ、案外いい相棒同士になっていた気がするな…』等と胸中で呟く。…尤も、言った瞬間ブチ切れそうだから、絶対言わないけど。
そんな現実逃避とも言える事を走馬灯のように思いながら、ギリギリのタイミングでブランシュの大剣を躱し、お返しとばかりに『水』の魔力を纏わせた愛刀で、細かい斬撃を放った。
だがここにきて漸くというか、ブランシュの太刀筋が僅かに乱れ始めていた。
歴戦の猛者であり、戦いの申し子と称えられた辺境伯家の筆頭、ボスワース辺境伯。その血筋において、群を抜いた才能と称えられた彼だからこそ、『魔眼』の威力を十分に発揮できない状態の中、自分とアシュルの二人を同時に相手する事が出来たのだ。
「――ッ!」
今迄で一番深く、刃がブランシュの身体を切り裂いた。
その事により、僅かな隙が相手に生まれる。
「アシュル!!」
「ああ!!」
ここぞとばかりに互いの気力を振り絞り、クライヴは己の刀に。そしてアシュルは自身の愛剣へと全力で魔力を込める。すると互いの刀身が蒼と白銀の眩い輝きを放った。
「ブランシュ・ボスワース!!」
「!!」
アシュルが『光』の魔力を込め、全力で剣を振り下ろした。
閃光がブランシュの身体を直撃すると、その瞬間、ブランシュ自身を守る『魔眼』の力が完璧に消滅した。
「今だ!クライヴ!!」
「おおおっ!!」
父、グラントの仇であり、大切なたった一人の妹である最愛の婚約者を攫い、傷付けようとした許されざる敵に向け、クライヴは刃を構え、高速の早さで間合いに入る。
「――!!」
一瞬後、クライヴの刀がブランシュの身体を深々と貫いた。
「な…!?ブランシュ!!」
「どこを見ている!?ケイレブ・ミラー!!貴様の相手はこの僕だ!!」
クライヴに刺し貫かれた己が主を目にし、動揺したケイレブの隙を逃さず、オリヴァーもまたケイレブの間合いに入ると、己の刀身を一閃させた。
「――ッ!!」
ケイレブの切り離された腕が宙を舞い、血飛沫と共に地面へと落ちる。その光景を目にしたエレノアは、一瞬息を呑んだ。
…いや、目の前の光景だけではない。クライヴに刺し貫かれたブランシュの姿をも目にし、心臓がドクドクと、耳元で早鐘の様に鳴り響いて煩い。
ひたすらに、兄達とアシュルの無事と勝利を願っていた。でもだからといって、ブランシュやケイレブの死を願っていた訳ではない。
だが自分の大切な人達が勝つという事…。それはすなわち、相手の『死』を意味する事に他ならないのだ。
『自分』を中心に命のやり取りが行われている。
その事実に心が押しつぶされそうになるのを、エレノアは必死に耐えた。
「…やった…のか…?――ッ!?いや、この気配…!?」
フィンレーが息を呑んだ次の瞬間、静寂に包まれた空気が一瞬で瓦解する。
「――!!?」
「な…っ!?」
「ああっ!!」
突如として、刺し貫かれたブランシュを爆心地として、疾風とも竜巻ともつかぬ暴風と衝撃波が周囲を襲った。
「エレノアッ!!」
咄嗟にフィンレーの『闇』の結界に庇われたエレノアの目に、クライヴとアシュルがその場から吹き飛ばされ、地面に叩き付けられる姿が映った。
「そ…んなっ!クライヴ兄様ッ!!アシュル様ッ!!」
「アシュル兄上!?くそっ!!」
「クライヴ!!――…ッッ…!!」
「…腕一本吹き飛ばしたぐらいで油断するとは…。まだまだだな、坊や」
パタタ…と、鮮血が地面に染みを作る。
「いゃあああっ!!オリヴァー兄様!!」
失った腕の止血もせず、傷口から大量に血を流し続けるケイレブ。その彼に腹を刺し貫かれたオリヴァーの顔が苦痛に歪んだ。
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再び緊迫した状況となってまいりました。
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