第207話 ダンジョン妖精再び

壮絶な戦いは、未だ継続していた。


一瞬でも気を抜けば、どちらかが確実に致命傷を負う。戦いの素人であるエレノアでさえもそれが分かってしまう程…。それはまさに『死闘』と呼ぶに相応しい戦いであった。


ボスワース辺境伯の大剣が、その大きさを感じさせない軽やかな動きで、交互に、そして同時に切り付けて来るクライヴとアシュルの剣を受け流し、逆に切りつける。それを躱し、再び切りつける。その繰り返しに、更に互いの傷が増えていく。


対して、目の前で切り合うオリヴァーとケイレブも、その合間に互いに魔方陣を発動させる。


主にケイレブは防御結界を、そしてオリヴァーは攻撃魔法を発動させている。

当然と言うか、受ける傷はオリヴァーが多くなる。だが、それをフォローする様に、防御結界の代わりに致命傷を狙った攻撃を、フィンレーの闇魔法が時折防いでいた。見事なコンビネーションである。


「僕の事はいいから!貴方はエレノアだけを守ってろ!!」


「だったらもっとちゃんと、自分の身を守れよ!見てて痛いんだよ!!」


…息はピッタリなのに、どうやら互いに不本意なようで、時たま罵り合っている。この二人、本当に仲が悪いのか良いのか…。


目の前で繰り広げられている戦闘を見守りながら、エレノアはもう一人の大切な兄の事を思い、胸が押しつぶされそうになっていた。


『パトリック兄様…!!』


ケイレブは、パトリックが魔力切れを起こしていると言っていた。それが本当なら、一刻も早く手を打たなくてはならない。

自分も魔力切れを起こした事があるから、今現在パトリックがどれ程苦しく、そして危機的状況であるのかが嫌でも分かってしまうのだ。このまま魔力切れの状態が続けば、兄は確実に死んでしまうだろう。


『早く、パトリック兄様を助けなきゃ…!でも、今ここから動く訳にもいかない…!』


そもそも、パトリックの元に駆け付けられたとしても、彼の魔力属性はどうやら、とても特殊なもののようだ。血液型で例えるなら、RH-型のように、滅多にいないような珍しい型なのであろう。


魔力切れを起こした者には、魔力譲渡が最も有効なのは知っている。

だが、下手に別属性の魔力を注いで、ショック症状を起こしてしまったら、それこそ止めを刺してしまいかねない。


身内なら多少は大丈夫らしいが、完全に魔力切れを起こしてしまった状態で、果たして本当に大丈夫かどうかは定かではない。いや、そもそもこのままでは、パトリックの傍に行くどころではない。


『そういえば、魔力切れを起こしてしまったあの時、ワーズが私に力を貸してくれたんだった…。ずっと会ってないけど、また呼べば来てくれるのかな?』


エレノアはふと、あのはた迷惑なダンジョン妖精の事を思い出した。


どうやら彼は、バッシュ公爵家側の人間にとって『余計な事をして王族と私を引き合わせた大罪人』と認識されており、特に復讐心(?)に燃える兄達やセドリックを恐れているようだ。

その為、あの夜会以降、果物を大量にお供えしても、どんなに呼び掛けても、一向に自分の元を訪れる事は無かった。…まあ自分も、激辛スープに沈めようとしていたから、寧ろそちらを警戒していたのかもしれない。


でも今なら、恐ろしい制裁者達(婚約者達)は戦闘中だし、自分も当然の事ながら、激辛スープを用意してはいない。


この魔力と暴力が吹き荒れている状況で、来てくれる確率は限りなく低そうではあるが、もうここは一か八か、藁にもすがる思いで呼び掛けてみよう。


『ワーズ!ワーズ!!お願い!私の所に来て!!もし来てくれたら、果物好きな時に好きなだけ食べさせてあげるから!!』


来るかどうかは賭けだが、あの異常なまでの果物への執着を考えれば、果物を報酬にして釣るのが一番である。


『マンゴーやパパイヤやカスタード・アップルとか、普通じゃ絶対食べられない果物も、もれなく付けるよ!?ついでに果物の王様、ドリアンも持っていけ!!』


…バナナの叩き売りかと、自分でも思ってしまう。一体どこのスーパーの安売りコーナーか。


それにしてもドリアンは…。果たしてこの世界にあるかどうかは疑問だが、まぁ…探せばあるだろう。しかし、あったとしても癖のある果物だから、好みは分かれるだろうけど…。


そんな感じに心の中で必死に祈っていると、自分を背中から抱き締めていたフィンレーが声をかけてきた。


「…ねえ、エレノア。コレ何か知ってる?」


「え?」


そう言って、目の前に差し出された闇の触手の先端には、グルグル巻きにされたミノムシが、声も出せずに必死にもがいていた。


「僕の結界に突然現れて、君に向かって行こうとしたから捕獲してみた」


「ワ…ワーズ!?」


グルグル巻きにされ、頭の先っぽしか見えなかったが、この枯れたミノムシの様な姿…。間違いなくダンジョン妖精のワーズだ。


「あ、やっぱ知り合い?あいつが召喚したノームかな?って思って潰そうとしたんだけど、聞いてからにしといて正解だったね」


――潰されなくて良かった…。


それにしても、本当によく色々なものを捕獲するな、この人…。と思いながら、掌にポトリと落とされたワーズを受け取る。


『こ、この小僧!!卑しき人間の分際で、よくもこのいと高き至高の存在である我を簀巻きにしおったな!?』


「は?虫の分際で何言ってんの?」


相変わらずな物言いに、再びワーズの身体が闇の触手にグルグル巻きにされた。


『ギャー!やめろ!!離せ!このクソガキ!!』


「…ねぇ、エレノア。こいつやっぱり潰していい?」


「だ、駄目です!!…あのっ、ワーズ!あのお屋敷の中に、私の兄様がいるの!酷い魔力切れを起こしていて…。お願い!私の魔力を兄様に持って行って!!」


「エレノア?一体何を…?!見た所、そいつ妖精だよね?」


「フィン様!この子はダンジョン妖精なんです!私を助けてくれた事があるんです!だから…」


「やはり妖精か。…エレノア、妖精に『お願い』なんてしたら、それを盾に、何を要求してくるか分からないよ?妖精は気まぐれで我儘で残酷だ。それに平気で嘘をつくからあてにならない」


「ワーズはそんな事しません!!そりゃあ、食い気でよく失敗するし、尊大で高飛車で、自分勝手な所もあるけど…。でも、何度も私を助けてくれた、優しい子です。約束だって守ってくれました!」


『…色々聞き捨てならん事を言われた気もするが、その通りだ!我をそんじょそこらの木っ端妖精どもと一緒にするな!…ところでエレノア、対価は偽りなく払われるのであろうな?』


「うん!勿論!!うちの家の結界、ワーズが通れるようにして、毎日山の様に果物お供えする!リクエストもあったら遠慮なく言っていいから!」


『うむ!素晴らしい!!契約成立だな!』


フィンレーの闇の触手から抜け出たワーズが嬉しそうにエレノアの周囲をクルクル飛び回る。


更にエレノアの髪の毛や頬にじゃれついた所で、すかさずフィンレーの闇の触手がベシリとワーズをはたき落とした。


「フィン様?!」


『何をするー!この小僧!!』


「あ、ごめん。果物にたかる小バエみたいだったからつい…」


…フィン様。そこは「花に群がる蝶みたい」とか言って下さいよ。それだとまるで、私が腐ってるみたいじゃないですか。


フィンレーは、怒りながらキーキー喚くワーズを、改めてジト目で見つめる。


「…ねえ、君の望む対価って、果物食べ放題な訳?自分の事『至高の存在』なんて言っておいて、言う事ショボい…」


『なんだとー!?貴様もダンジョンで生まれたら分かる!あそこには普通の果物は実らんから、果物は貴重品なんだぞー!!基本、妖精は生まれた場所から遠くへは行けんのだし!!』


「ワーズ!それで?!行ってもらえるの!?」


そのまま不毛な罵り合いを始めそうなフィンレーとワーズの間に立って問い掛けると、ワーズは当然とばかりに頷いた。


『うむ!召喚された訳ではない妖精では、この魔力量に簡単にやられてしまうであろうが、我はそなたに召喚された上に、力をこの姿に凝縮させているからな。戦闘に参加するのは無理だが、魔力を届ける程度なら造作も無い』


…召喚されたと言うより、果物に釣られて出て来ただけでは…?とは、勿論口にしない。


「虫、本当に出来る訳?彼女の兄の属性『時』だよ?」


『虫言うな!!…ほう、『時』とな。ならば都合が良い。ではエレノア、魔力を貰うぞ!』


そう言われた瞬間、眩暈の様な立ち眩みが起こり、身体がふらついてしまう。そんな私をフィン様が慌てて抱き止めた。


「大丈夫?!…ああ、魔力量がゴッソリ減ってるよ。あの虫、自分の分のエサも奪っていったね。流石は妖精。えげつないもんだ」


「戻って来たら、やっぱり潰そう」…そう口にしたフィンレーの声を聞きながら、エレノアは祈る様な気持ちで、パトリックのいる屋敷を見つめた。




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再びエレノアサイドに行くとツッコミどころ満載になるのは何故でしょうか?

ちなみに、フィン様のコバエ発言は言い得て妙ですね。

(エレノア、前世でちょっと腐ってましたから)

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