第206話 追憶
『ケイレブ。俺はもう、長くは無いかもしれない』
『ロレンス!?』
『だから、俺にもしもの事があったら…。あの子の事を、頼む』
『馬鹿な事を言うな!ロレンス、お前は大丈夫だ!僕が絶対にお前を死なせない!ブランシュからも父親を奪わせない!!』
『…そうだな。俺にはお前がついているものな…』
そう言って笑っていたのに…。あいつは半月後、近年稀に見る規模の
『父上…。私が…『力』を使ってさえいれば…!』
『ブランシュ!お前の所為ではない!ロレンスの奴が生きていたら、お前の『力』を使って助かった事を良しとはしないだろう!』
父親の墓の前で、呆然とした様子でそう呟いたブランシュに、僕はそう叫んだ。
そう、あいつはあんな
あいつが死んだのは…きっと…。
ブランシュの父である、前ボスワース辺境伯のロレンスと僕は乳兄弟だった。
というより、領内の豪商の娘が、流れのエルフとの火遊びの末に産み落としたのが僕だったのだ。
母は丁度その頃、乳母を募集していたボスワース辺境伯家に入り、ロレンスが乳離れするまで城で暮らした。
その際、子供を連れてこなかったのは何故かと問われた母は、「子は亡くなった」と話したらしい。実際の所、僕は母の生家で秘密裏に育てられていたのだけれども。
本来、男子を養育するのはその父親であるのだが、僕の父親であるエルフは既に旅立ってしまっていたし、母親はユリアナ領の貴族への輿入れが決まっていたから、亜種族とのハーフを産んだ事を知られたくなかったのだろう。…まあ、もし僕が女として生まれていれば、待遇は違ったのかもしれないが。
そんな訳で、生まれた時から厄介者として扱われていた僕は、10歳の頃に祖父である男に魔物の森へと捨てられた。
たった一人、いつ死ぬか知れぬ飢えと魔物への恐怖とで震えていた僕を拾ってくれた人こそ、当時のボスワース辺境伯と、その一人息子であるロレンスだった。
彼らは魔物討伐の訓練をしていて、偶然僕を見つけたのだそうだ。
何故僕がここに居たのか、そして僕が誰なのかを話すと、彼らはすぐに僕を保護し、自分達の城へと連れ帰ってくれた。
同い年である筈のロレンスは「お前、俺より小さいから俺の弟な!」と言って、なにくれと面倒を見てくれたし、その父である辺境伯も、僕の事を実の息子の様に可愛がってくれた。
僕は血の繋がった連中からは捨てられたけど、血は繋がらなくとも本当の『家族』を得る事が出来たのだ。
そんな彼らの役に立ちたくて、得意だった魔術の腕を独学で磨き、辺境伯やロレンスに師事し、剣や体術の腕も上げていった。
そして領内で僕の様に親に捨てられた、才能のある子供達を次々と発掘し、育て上げていった。
やがて彼らは、ボスワース辺境伯に絶対の忠誠を誓う魔物討伐部隊となり、『ユリアナの饗乱』の二つ名で呼ばれる程の最強部隊となっていったのだった。
ロレンスと出会ってから15年近くが経過した。
その頃には、前辺境伯から地位を譲り受けたロレンスが、立派にユリアナの大地を治めていた。
「ケイレブ!俺も遂に、心を捧げられる女性を見つけたぞ!」
そんなある日、王都から帰って早々ロレンスは顔を紅潮させ、夢見る様な眼差しで僕にそう告げた。
ロレンスが愛した、後にブランシュの母となる侯爵令嬢は、高い魔力量と美貌を持った女だった。
王家主催の夜会でロレンスはその女と出逢った。そうして一目で恋に落ちたロレンスは、その女に心を捧げたのだった。
その女も生家である侯爵家も、広大な領地を治め、アルバの守護神と誉れ高き、辺境伯の筆頭たるロレンスとの縁に乗り気であった。
中央貴族らしく、辺境に嫁ぐのを嫌がったその女の為に、ロレンスは首都に女好みの豪奢な屋敷を建て、女の望む事は何でも叶えようとした。
女の気分次第で会う約束を反故にされても、それでもその女を愛し、尽くしていた。…アルバの男の気質そのままに。
僕は半分だけしかアルバ王国の血が入っていないからか、そんなロレンスの行動には呆れるばかりで、「程々にしておけよ」と、女に袖にされるたび忠告していたが、それでもロレンスが幸せならばと、彼の恋路を見守っていた。
――だが、ロレンスの想いは叶う事はなかった。
女はその美貌と魔力から、四大公爵家の一つであるノウマン公爵家の嫡男に見初められ、あっさりとロレンスを捨てたのだった。
それでも一途に愛を捧げるロレンスに対し、欲をかいた侯爵家とその女は、ユリアナの地で最も希少鉱物が採れる鉱山の所有権と引き換えに、ロレンスの子を産む事を提案したのだった。
「ふざけんなよ!!ロレンス!もうあんな女の事は忘れるんだ!!」
女と侯爵家のあまりの仕打ちに激高し、女を見限れと散々訴えたが、それでもロレンスはあの女との確かな繋がりを欲し、その要求を飲んだ。
その末に生まれたのがブランシュだった。
最も後に、王家と四大公爵家の筆頭であるワイアット公爵家が、「国を辺境から守護してくれている辺境伯に対し、あまりに情け知らずで卑劣な行動」と憤り、侯爵家から鉱山の所有権を剥奪し、ロレンスに権利を戻した。そして王家から不興を買ったとして、その女がノウマン公爵家に輿入れする話は白紙となったのだった。
その侯爵家も、王家や四大公爵家に睨まれ、没落していった。その顛末を聞いた、僕を含めたボスワース家に縁のある者達は全員、揃って溜飲を下げたものだった。
だが、ロレンスの悲劇はそれで終わらなかった。
ブランシュが5歳になった頃、魔物を狩る訓練を行う為、ロレンスがブランシュを連れ、魔物の生息する森へとやって来た時…。魔物に怯えたブランシュの『魔眼』が発動してしまったのだった。
魔物と…そして、護衛についていた騎士達全員が一瞬で絶命する。
幸いロレンスは、僕が咄嗟に張った結界のお陰で無事だったが、自分の最愛の息子が『魔眼』を持っていた事。その魔眼によって、大切な部下達が命を落とした事に、ロレンスは驚きと絶望の表情を浮かべた。
「王家に知らせない!?」
「ああ…。俺とお前で、ブランシュの『魔眼』に封印を施す。…彼は魔物だけでなく、騎士達の命をも奪ってしまった。王家に知らせれば、きっと処分されてしまうだろう」
あの後。気を失ったブランシュと、亡くなった騎士達の亡骸と共に帰還したその夜、眠るブランシュの枕元で、ロレンスはそう僕に告げた。
「…分かっているのか?この事が国にバレたら、ボスワース家は終わるぞ?!」
「ああ…。それでも俺は、ブランシュに生きていて欲しい。家名や地位なんて、どうなったって構わない。俺にとって何より大切なのは、この子なんだ…!」
「ロレンス…」
そうして、僕とロレンスはブランシュの『魔眼』を封印した。僕にとってもブランシュは、血は繋がらずとも可愛い甥のようなもの。
父と慕った前辺境伯も既にこの世にはいない。…だから、残された大切な『家族』である二人を、僕も守りたかったのだ。
騎士達は強力な魔物の襲撃より、ブランシュを庇って死んだ事とし、家族には莫大な見舞金と言う名の賠償金を支払った。…そのようなもので、償いになるとは思わなかったが…。
そして己とボスワース辺境伯に絶対の忠誠を誓う、『ユリアナの饗乱』に魔眼封じの呪を刻んだのだった。…もし『魔眼』が暴走した時、自分達の手でブランシュを殺せる様に。
『魔眼』の事は、ブランシュが15歳になった時、ロレンスによって真実が告げられた。
「亡くなった騎士達の命を無駄死にさせない為にも、彼らの故郷を、家族を、このユリアナの大地を生涯かけて守っていこう。俺と…お前とで!」
ロレンスは衝撃の真実に涙するブランシュを抱き締めながら、言い聞かせる様に何度もそう口にした。
それから五年後。ロレンスが
そして、まるで己を罰するかの様に、ひたすら己を磨き、魔物を屠り、事あるごとに小競り合いを仕掛ける隣国を絶対的な力でもって牽制し、ユリアナの大地を守り続けてきたのだった。
…だが、ロレンスを殺したのは…多分、ブランシュの母親である『あの女』だ。
あの女が、痴情のもつれで死んだ事を知った時から、ロレンスの様子はおかしくなった。剣を振るっていても覇気がなく、日に日に沈み込んでいった。
そしてようやく、僕はロレンスが今だにあの女を愛し続けていた事を知った。その愛は女が死んだ事により、ロレンスの命すらも容易く奪っていったのだった。
エレノア・バッシュ公爵令嬢に心を奪われ、恋い焦がれるあまりに『魔眼』の封印を解いてしまったブランシュ。
その姿は愛によって死んでいった、大切な『兄』の姿を彷彿とさせた。
そしてアルバの男達にとって『愛』という感情は、その身を生かしも殺しもする諸刃の剣なのだと思い知ったのだった。
僕の中で、何かが壊れる音が聞こえた。…いや、本当はロレンスが死んだ時、既に壊れていたのかもしれない。
アルバ王国の歪な愛の有り様も、辺境に負担を強いながら、心の中で見下している中央の連中も、己の欲望と快楽を貪り続けるだけの、愚かで放漫な女も、それに傅き従い続ける愚かな男達も…何もかも全て壊れてしまえばいい!
でもその前に…。唯一であり、この世の誰よりも大切な『家族』が少しの間でもいい。愛する者と共に在って欲しい。
ロレンスが成し得なかった幸せを、仮初でもいいから…。
『魔眼』にゆっくりと浸食されていくブランシュを見ながら、僕は信じてもいない女神に対し、そう願った。
===============
今回は、ケイレブの過去話です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます