第205話 新たなる戦場へ

「…おっし!これで動けるようになった!聖女様、感謝します!」


治療を受けた後、眩しい笑顔でそう言うなり立ち上がったグラントを、アリアは慌てて制止した。


「オルセン将軍、まだ完全に治った訳ではありませんよ?傷付いた内臓は完全に治しましたが、損傷した筋肉や骨は、治ったとしてもまだ脆い状態です。無理をすれば再び…」


「あー、大丈夫です!無理しない代わりに、助っ人何人か連れて行きますんで!」


「…はい?助っ人?」


「おーいディラン!何時まで腑抜けてやがる!そろそろシャッキリしやがれ!!」


不思議そうな顔をするアリアを尻目に、兄アシュルの裏切り(?)に遭い、取り残されて呆然としているディランの背中を、グラントが蹴り飛ばした。


「どわっ!!な、なにすんだ師匠!?」


「お前、戦場があっちだけだとでも思ってんのか?あいつらがもしコケた時の為に、俺らも動くぞ!」


「コケた時の為…って、まさかユリアナ領!?」


「そうだ。いざって時の為に、ちょいと制圧しておかねぇとな。って訳で聖女様、こいつと、ついでにヒューバードの奴をお借りします」


「えっ?えっ!?か、借りるって…」


「…私はついでですか…」


グラントの言葉に青褪め、動揺しているアリアの傍で、護衛をしていたヒューバードがグラントに対してジト目を向ける。


「それにしても…。いざという時の為・・・・・・・・ですか。…そんな事を、よりにもよって聖女様の目の前で口に出来るのは、貴方ぐらいですよ」


「何だ?こんな非常時に、不敬だなんだは聞かねぇぞ?」


「そのような野暮な事、当然言いませんとも」


ヒューバードの言葉に、グラントがニヤリと笑う。だがその瞳は少しも笑ってはおらず、冷徹な光が宿っている事が分かった。


『いざという時』とは、考えたくも無いが、オリヴァーやアシュル達に『何か』があった時の事だ。


そうなってしまえば、エレノアはボスワース辺境伯の牙城であるユリアナ領へと連れ去られてしまうだろう。確かにその時の為の布陣は打っておかねばならない。


「だが師匠、今からユリアナ領に行こうとしたら、いくら全速力で馬を駆っても2日は掛かるぞ!?」


「そうです、オルセン将軍。ここはひとまず王宮に赴き、魔導士団に転移門を構築させた方が…!」


本来であるなら、魔道師団長であるメルヴィルがその役目を担うのであろうが、彼の傷は出血量が酷く、聖女の『癒し』で傷は治せても、失った血液は元に戻せなかったのだ。

そのような状態で、緻密で魔力量を多く使う『転移門』の構築は、事実上不可能であった。


「それだって半日は掛かるだろうが!んなまどろっこしい事してられっか!今すぐ向かうぞ!」


「だーかーら!今から行っても何日も…」


そこまで言った直後、グラント達の居た周囲一帯が急に暗くなる。まだ日が高いというのに、まるで夕暮れのようだ。


「な、何だ!?」


「ディラン殿下!真上!!」


ヒューバードの叫び声に頭上を見てみると…。なんとそこには、いつの間にか超巨大な竜が頭上に浮いていたのだった。


「ポチ!人の居ない場所にゆっくりと降り立て!!」


グラントの一喝に、巨大竜は音もなく、まるで重さを感じさせないゆっくりとした動作で音もなく中庭に降り立った。


当然と言うか、その巨大な体躯により、中庭に植えられていた樹木や花々は無残に踏みつぶされてしまっていたが、人間が踏みつぶされるよりはマシであろう。


「し…師匠…?こ、この竜は…?!」


「オルセン将軍。ひょっとしてこれが、貴方の使い魔である『古竜エンシェントドラゴン』ですか?」


「「「「古竜エンシェントドラゴン」」」!!?」


ディランを含めた、その場の全員が一斉に驚愕の声を上げる。


古竜エンシェントドラゴン』とは、数千年の時を生きたとされる、竜種の王とも言うべき存在である。

滅多に人前に顕れない伝説の竜が目の前に…。しかもそれが『使い魔』とは…。


「おう!俺の相棒のポチってんだ!ってか、そんな事はどーでもいい!さっさと行くぞ!」


『『『『いや!それ、どうでもよくないから!!』』』』


その場の全員が心の中でツッコミを入れる。


どこの世界に一国を滅ぼすともされる古竜エンシェントドラゴンを使い魔にする馬鹿がいるのだ!?有り得ないだろ!!


『ってか、どうでも良い事だけど、『ポチ』が名前!?』


『竜なのに、名付けがあまりにも適当過ぎないか!?犬や猫じゃないんだぞ!?』


『どう見ても似合わない…。なんか可哀想…!』


その場の多くが、グラントのセンスに心の中でツッコミを入れる。そして古竜エンシェントドラゴンに同情の眼差しを向けた。


「オルセン将軍!俺も一緒に連れて行ってくれ!!」


「グラント様!僕も一緒に!…どうか…!!」


「リアム殿下。それにセドリック。お前らもか?…ちゃんと戦えんだろうな?」


「当然だ!!」


「僕の命に代えても!!」


「お、お待ち下さい、リアム殿下!貴方まで行かれては…!」


流石にヒューバードが待ったをかけた。このままいけば、王家直系全てが危険な前線に赴く事になってしまう事になる。


敵の能力も情勢も定かではない今、もし王家直系全てに『万が一』の事があったら…。


「おいおい、ヒューバード!野暮な事言ってんじゃねぇよ!愛しい女の為に命をかけてこそ、アルバの男だろうが!」


「オルセン将軍!あんたは黙ってて下さい!!」


「流石は師匠!その通りだぜ!!」


「あんたはもっと黙ってろ!!」


グラントの言葉に嬉々として賛同する脳筋馬鹿に、ヒューバードは眉間に青筋を浮かべながら怒鳴りつけた。


しかし…。確かにグラントの言う通り、それこそがアルバの男である。

だがそれ以前に、彼らは王族なのだ。当然制約があってしかるべき立場なのである。

…まあ、アシュルの行動からしても分かる通り、この国の王族こそが、最もアルバの男らしい気性をしているのだけれども。


「んじゃヒューバード、お前がこいつら、しっかり守ってろ!出来るよなぁ?出来なかったら、お前の大好きなエレノアが泣いちまうぞ?」


「…一度あんたとは、とことん語り合った方が良さそうですね…」


「おう!事が終わったら、存分に付き合ってやるぜ?勿論、拳でな」


飄々としたグラントの態度に、ヒューバードは深い溜息を落した。それを合図に、グラントがポチこと古竜エンシェントドラゴンの背に飛び乗ると、ディラン達も次々とそれに続いた。


「ヒューバード様!」


「マテオ。お前はここに残れ。いずれ戻るマロウと共に、聖女様とバッシュ公爵様をお守りし、王宮へお連れするんだ!」


「――ッ!」


ヒューバードの言葉に一瞬言葉を詰まらせ、唇を噛み締める弟の頭に優しく手を乗せ、ヒューバードは声を落した。


「安心しろ。お前の大切な方々は、我らが必ずお守りする」


マテオは古竜エンシェントドラゴンの背に乗るリアムを見上げた。


自分と目が合わさった瞬間、強い決意を浮かべた表情で頷く大切な主君の姿に、マテオはギュッと拳を握りしめ、深々と首を垂れる。


「…はい、兄様。どうか、宜しくお願い致します!」


――誰を・・とは口にしない。だが、その言葉に込められた全てを理解し、ヒューバードは力強く頷いた。


「あ、ちょっと待って!」


アリアが急いで、古竜エンシェントドラゴンの背に乗っている全員に『祝福』と『加護』を与えた。


「…どうか無事に帰って来てね。そしてエレノアちゃんを…お願い!」


「分かった!お袋、行って来る!!」


「ごめんなさい母上!…行ってきます!!」


「…いーわよ。どうせ止めたって、貴方たち行っちゃうんだもん。分かってんのよ」


はぁぁ…。と、諦め切ったように溜息をつくアリアに、息子二人は汗を流しながら視線を逸らした。


「セドリック。無理をしてでも頑張る様に!」


「はいっ!父上!!」


そしてこちらの親子は、やり取りが非常に過激である。


「そんじゃあな、アイザック!後の事は頼む!」


「ああ、分かった。…どうか、皆無事で…!」


其々に別れの言葉を告げた後、古竜エンシェントドラゴンはその場からフワリと宙に舞い上がると、そのまま物凄いスピードで飛び去って行ったのだった。



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その頃の居残り組は…です。

そしてそれぞれの親兄弟との別れの挨拶…ですが、特徴出てますよね。

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