第204話 もしも君だったなら…

「ケイレブ・ミラー…!!」


オリヴァーが、怒りを滲ませ唸る様に目の前の男の名を呼んだ。


クライヴの仇がボスワース辺境伯であるのなら、自分にとっての仇は、この目の前に佇む少年のような風体をした男だ。


『見た目や言動に騙されるな。あの男…恐らくは『魔眼』持ちと同等に厄介な相手だ。少しの油断が命取りになり兼ねん程にな…。戦うのなら、常に死を覚悟して挑め。いいな、オリヴァー!』


自分がここに連れて来られる前、聖女様に治癒を施され、命の危機を脱した父、メルヴィルから言われた言葉だ。


父の傷は、即死になる程の致命傷ではなかったものの、そんな中で高位魔法を使った弊害で出血量が酷くなってしまった。もし聖女様が来られなかったら、どうなっていたか分からない。


父であるメルヴィルは、類まれな才能を有しているくせに、自由で飄々としていて、息子を揶揄うのが趣味と言う困った人である。

だがそれでも、自分にとってメルヴィルは大切な身内であり、尊敬すべき最大の目標でもある人なのだ。


この男は、その父親を死の淵まで追い落とし…。更に、自分の命よりも大切な少女を、主の為にと自分達から奪い去ろうとした。まさに万死に値する。


オリヴァーからの明確な殺意を受けながら、ケイレブは飄々とした様子で、そんなオリヴァーを目を細めながら見つめていた。


「…いい気迫と殺意だ。君、お兄さんと同じぐらいの逸材だねぇ!…それにしても、『光』と『闇』の加護…か。流石は王家直系。こんな隠し玉を持ち合わせているとは…。あ~あ、それにしても本当、エレノアちゃん…君の周りの男って、厄介なの多いよね。君のお兄さんもさぁ、まさか『時』の魔力属性を持っているとは思わなかったよ。お陰でアッサリ、この場所バレちゃってまいっちゃった!ここ、穴場の隠れ家だったんだけどねぇ」


「パトリック兄様…!兄様は!?どうしたの!?」


「別にどうもしないけど?勝手に魔力切れ起こしてぶっ倒れてるよ。そろそろ死ぬんじゃない?」


「そんな…!?」


「ねえ。そういえばここってどこな訳?」


顔面蒼白になったエレノアに対し、空気を読まずに素朴な疑問を口にしたフィンレーに対し、流石のケイレブも呆れ顔になる。


「今僕に聞くべき事ってそこ?『闇』の王子様はマイペースだねぇ…。ま、いっか。ここはノウマン公爵家の領地の一つだよ」


「ノウマン公爵家の…?」


「そ。ギリギリ王都の端っこにある、隠れ家的別荘地…って言えばいいのかな?代々ノウマン公爵家の直系達が、正夫や正妻にバレないよう、火遊びを楽しむ為に造られたらしいんだけど、今現在はノウマン公爵令嬢がよく使用しているみたいだねぇ」


「レイラ・ノウマン公爵令嬢…か。じゃあ君、ここにはひょっとして彼女と来たの?」


「そーだよ?僕がちょっと「遊ぼう」って誘ったら、喜んでここに連れて来てくれたんだ。いや本当、彼女が好き者で助かったよ。なんせ『転移門』は、一度でも行った事がある場所にしか繋げられないからね。万が一の時の隠れ家探していたところだったから、丁度良かった」


「…オリヴァー・クロス。今の発言、僕が証人になってあげるよ」


「ええ。その時は宜しくお願い致します」


ケイレブの今の発言により、間接的にではあるが、ノウマン公爵家の関与が確定した。


クライヴに懸想し、彼が溺愛するエレノアを目の敵にしていたノウマン公爵令嬢レイラが、グロリス伯爵の策略に乗っていた事は、パトリックからの情報を受け、確認していた。

彼女にしてみれば、目の上の瘤であるエレノアを陥れ、愛しいクライヴを手に入れる事の出来る、またとない機会…とでも考えていたのだろう。


だが、結果的に彼女は国家反逆者に与したとして、自分自身だけではなく、実家であるノウマン公爵家をも反逆の罪に巻き込んでしまったのだ。

自身はもとより、ノウマン公爵家も無傷では済まないだろう。


「まぁ、ああやって男と遊びまくって、ボロボロ子供作る女の方が尊ばれる世の中だからねぇ。貴族の女としては、ああいった子の方が正しい在り方なのかもしれないけど、乱れているよねぇ…。同じ四大公爵家の嫡男が筆頭婚約者の癖に、僕みたいなのとも平気で遊ぶんだもん」


その口ぶりは飄々としているのに、言っている内容は辛辣そのものだった。しかも僅かに侮蔑が込められている事を、エレノアは敏感に察した。


「貴方は…女性が嫌い…なの?」


思わずポロリと口から出た言葉に、ケイレブは目を見開く。そしてまじまじとエレノアを見た後、フッと目を細めた。


「ん~…。嫌い…というより、憎い?強欲で己の欲に忠実で。自分に愛を請う男達を弄んで、花から花へと渡り歩いて美味い蜜を啜る…。まるで毒蝶の様だと思わない?そんな彼女らと遊ぶのは好きだけど、たまに殺したくなっちゃったりするなぁ」


女に対する悪意を隠そうともせず、毒舌を繰り広げながら楽しそうに笑うケイレブ。だがその瞳は全く笑っておらず、空虚とも言える程に昏く、何をも映してはいないように感じた。


「だからね、エレノアちゃん。あのお茶会での君の行動や考え方、結構衝撃的だったよ。まさか愛する男の為に、贅沢三昧をかなぐり捨てて、平民になろうなんて女がこの世に存在するなんて、思ってもみなかったからね。…もし、君の様な子を愛していたら…。ひょっとしたら、あいつは今も…」


「あいつ…?」


そこでふと、我に返ったようにケイレブは真顔になった。


「さて、お喋りの時間は終わりだ。…ああ、忌々しい。『闇』の魔力の妨害で、ここに『転移門』を呼び出せない。…排除しなければならないな…っと!」


話し終わる前に、オリヴァーがケイレブに向かって刀を一閃する。


幾つもの赤い閃光が乱舞するように襲い掛かるのを軽く避け、間合いを取ったケイレブの周囲に、魔方陣が幾つも浮かび上がった。


「…オリヴァー・クロス。我が主にとって、最も邪魔な存在…。お前を殺し、障害を全て取り除いてから、エレノア嬢をユリアナの大地にお迎えするとしようか」


「戯言を…!今ここで倒されるのは、貴様だ!!」


対するオリヴァーの周囲にも、魔方陣が次々と浮かび上がってくる。


「紅の炎よ。全てを焼き尽くす業火の矢となりて敵を貫け!『紅蓮の矢クリムゾンアロー


その名の通り、深紅の鋭い刃が高速の早さでケイレブに向かって放たれた。


「…へぇ…。防御結界を張らず、攻撃の術式のみを展開したか…。いいねぇ。流石は『火』の魔力保持者。情熱的だ!」


ケイレブの魔方陣が、オリヴァーの攻撃により、次々と破壊されて行く。まるでガラスが砕け散る様な硬質な音が周囲に響き渡った。


「それじゃあ、今度はこちらの番だ!術式展開!『精霊召喚』」


青白い魔方陣から、小さな半透明の妖精…らしきモノが、次々と飛び出してくる。


「さあ、敵をズタズタに切り裂け“シルフ”」


ケイレブの言葉に従い、目にも止まらぬ速さで風の精霊であるシルフ達が、オリヴァーに向かって襲い掛かってくる。だがそれに対し、オリヴァーは自身の周囲に無数の赤い魔方陣を展開させ、一斉にそれを放つ。


『ピギャァァァー』


『キィィィ!』


耳障りな甲高い悲鳴がそこかしこに響き渡り、燃えカスとなったシルフの身体がチリの様に舞い、消滅していく。


「…自分に火の粉がかかろうとも、あくまで攻撃に出るか…!素晴らしい闘争心だね、君って男は!」


「貴様を屠る為なら、これしきの傷、幾らでもこの身に受けてやる!!」


かわし切れなかったシルフの攻撃により、無数の傷を全身に受けながらも、オリヴァーは魔力を滾らせ、ケイレブへと切りつけた。そこから剣と剣との激しい打ち合いが繰り広げられる。


「オリヴァー兄様!」


「落ち着くんだエレノア!見た所、傷は全て浅い。致命傷にはなっていないから!」


満身創痍の兄の姿に動揺し、思わず駆け寄ろうとするエレノアをフィンレーが宥め、落ち着かせようとする。実際、四大精霊の中でも戦闘に特化したシルフの一斉攻撃を受けた割りに、オリヴァーの傷は驚くほど軽傷だ。


『奴の言った通り…。わざと防御結界を張らず、その分威力を増やした攻撃魔法を放って、衝撃を最小限に抑えたか…。流石はクロス魔導師団長の息子。見事なものだ』


実際、防御結界を張ってシルフの攻撃を防いで防戦一辺倒になってしまえば、ケイレブの攻撃に対応するのが遅くなり、それこそ致命傷を与えられてしまっていただろう。


だからこそ防御ではなく、攻撃を選んだ。そして自分へのダメージを最小限に抑えたのだ。


冷静沈着で頭脳派とされている彼だが、その本質はやはり『火』である。しかもこの戦い方は、魔導師の…と言うよりは寧ろ、騎士としてのソレだ。


「ひょっとしたら、クライヴ・オルセンよりも彼の方がよっぽど武闘派なのかもしれないな…」


そう呟きながら、フィンレーはオリヴァーと激しく打ち合いを繰り広げているケイレブを鋭く凝視した。




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攻撃は最大の防御なり…ですね!


そして、お屋敷の主が判明しました。

予想されていた方もいらっしゃったみたいですね(^^)

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