第202話 戦いの火蓋

ボスワース辺境伯の姿を見た途端、エレノアの様子が変わった。


顔面蒼白となり、クライヴにしがみ付いてガタガタ震えている。『魔眼』の圧…ではなく、明らかに彼自身に怯えている様子だ。


まあ、それは当然だろう。いきなり訳も分からず自分を連れ去った相手なのだ。怯えるのも無理は無い。…だが、それでもこの怯え方は尋常ではないように、その場の者達には感じられた。


――…まさか…!?


その場にいた全員が、とある考えに至り、表情を強張らせる。


「…エレノア。彼に…何かされたの?」


なるべく冷静に、努めて優しく問い掛けたオリヴァーの言葉に、エレノアの肩がビクリと跳ね上がる。…これは…。


「身体は…大丈夫?」


エレノアの態度を見た瞬間、湧き上がってきた負の感情を押し殺し、冷静に問い掛ける。するとエレノアは、オリヴァーの言葉の意味を理解したのであろう。クライヴに抱き着いたまま、コクリと小さく頷いた。


それを見た瞬間、全員がホッと安堵の溜息をつく。

つまりは、ブランシュに何かされたのだろうが、それが『最悪な事態』にはならなかった…という事だ。


――だが『最悪な事態』にはならずとも、ここまで怯えさせる何かをされた事は間違い無い。


「オリヴァー…。エレノアを」


「ああ」


自分の腕の中で震えるエレノアの背中を宥める様に優しく撫でた後、身体を離してオリヴァーに託すと、クライヴは凄まじい殺気を噴き上げながら、鋭い眼差しをブランシュへと向けた。


『よくもエレノアを…!そして、俺の親父を…!この男だけは許さねぇ…!!』


父親を害しただけではなく、命よりも大切な妹を傷付けた…。憎しみと殺意が胸の奥底から噴き上がり、その感情の赴くまま、ブランシュに襲い掛かろうとした、その時だった。


「待ってくれ。クライヴ」


「アシュル…!?」


「君の気持ちは痛い程分かる。だが、今少しだけ待って欲しい。…確認を…したいんだ」


クライヴを制しながら、アシュルは厳しい表情をブランシュへと向けた。


「ブランシュ・ボスワース辺境伯!」


「…アシュル王太子殿下…」


「私の事を覚えていてくれて嬉しいよ。…その上で問おう。王族である私がこの場にいる意味を、貴公は理解しているのだろうか?」


「…勿論です」


「理解してなお、戦う意味も…?」


「…愚問…と申し上げておきましょうか。その覚悟無くして、このような愚行。致す筈がありません」


途端、ブランシュの魔力放出が上がり、後方からエレノアが小さく呻く声が耳に届く。


――その瞬間、アシュルの顔から表情が消えた。


今迄の雰囲気は霧散し、クライヴ同様殺気を漲らせながら、アシュルは目の前の辺境伯に対し、鋭い視線を投げかけた。


「そうか…。残念だよ、ブランシュ・ボスワース!」


彼はハッキリと、王太子である自分に対して宣戦布告を言い放った。この時点で彼は、国家に対する明確な『反逆者』となったのだ。

いや…。それ以前にアシュルは、自分の命よりも大切な少女を傷付け、今も苦しめ続けている目の前の男を許す事が出来ない。


『それにしても、なんという凄まじい魔力放出量だ。まるで魔力の暴風。流石は『魔眼』と言った所か…!やはりここに来る判断をした事は、間違いではなかったようだな』


『魔眼』は滅多に世に顕れない為、あまり知られていないのだが、その力に対抗出来る魔力属性が、この世に二つだけ存在するのだ。


一つは同系統とされ、鎮静の能力に特化した『闇』の魔力。

そしてもう一つは、魔を滅し、浄化する事の出来る『光』の魔力である。


だが、この国でたった一人『光』の魔力を使えるとされる『聖女』を、このような戦いに参加させる訳にはいかない。


そして強力な『闇』の魔力を有したフィンレーだが、彼はあくまで魔導師であり、引きこもり生活が祟って、武術はあまり得意な方ではない。


しかもフィンレーは、自分達をこちらに連れて来る為に膨大な魔力を使ってしまっている。残った魔力量では、フィンレー自身とエレノアを『魔眼』の魔力汚染から守るのが精一杯。とてもではないが、オリヴァーやクライヴに対し、『魔眼』の力を相殺する『加護』を与え続ける事は出来ないだろう。


しかも『闇』の魔力で『魔眼』の力を無効化する事が出来たとしても、複数存在する辺境の中でも突出した武力を誇るブランシュは、魔力など無くとも、容易くフィンレーを殺す事が出来るに違いない。しかも敵はブランシュだけではないのだ。


魔物討伐部隊の総大将であり、転移門すら構築する事の出来る力を持つ男。ケイレブ・ミラー。


彼と彼の部下達がいる以上、いくらフィンレーがエレノアを守れるとはいえ、オリヴァーとクライヴだけでは、彼らの相手は荷が重すぎる。最悪、エレノアを取り戻すどころか、全員皆殺しにされかねない。


――だからこそ・・・・・、ディランを押しのけてでも、自分はここへやって来たのだ。


自分は男性でありながら、母の持つ『光』の魔力を持って生まれた。


それは長い歴史を誇るこのアルバ王国でも初めての事であった。それゆえに生まれ落ちた時より、自分は『王太子』となる事が決定づけられたのだった。


そして『全属性』でもあった事から、真の属性である『光』の存在は秘匿された。


これは、男が『光』の属性を有する事に前例が無かった事と、希少属性を隠し玉として秘匿する事が、王侯貴族の中では一般常識であったからだ。


目の前のブランシュ・ボスワース然り、エレノア達の兄であるパトリック・グロリス然り…。


有事が起こった時や相手を出し抜こうとした時、そして想定外の問題が起きた時…。『ソレ』は強力な武器となり得るのだから。


『でも本当にそうしておいて良かった…。フィンがそれを知ったら、余計な傷を与えてしまうに違いなかっただろうから…』


エレノアに出逢うまでの間、彼は自分の属性を嫌悪し、苦しんでいた。だがエレノアに感化され、自分の属性に忌避感の無くなった今のフィンレーであれば、兄の真の属性を知っても心が揺らぐ事はないに違いない。


「…アシュル。お前の『加護』は、どれぐらい保つ?」


「全員分を維持する為には、30分が限界…かな?」


互いに刀の柄に手をかけながら、目の前の敵を睨み据える。


「充分だ…!30分以内に片を付ける!!って―訳で、俺は左を攻める!足引っ張んじゃねぇぞアシュル!」


「フッ…ぬかせ!それじゃあ僕は右からだ!」


言葉と同時に、二人の姿がその場から消える。

そのすぐ後、金属同士がぶつかり合う鋭い音が周囲に響き渡った。




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何かを察した、エレノア親衛隊。

その怒りのままに、戦闘スタートです!

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