第201話 光の加護

「ア…アシュル殿下ー!!な、何故このような場所に!?」


「そんなの、君を助けに来たに決まっているだろう?」


サラリとそう言い放ったアシュルの姿に、思わずエレノアは涙を引っ込めた。ついでに頭の中も真っ白になってしまう。


兄達や殿下達が助けに来てくれた事への安堵や喜び、唐突に目の前に広がった焼野原…等々、言いたい事は色々あれど、次期国王となるべきアシュルが、敵陣の真っただ中に出現するという、国家を揺るがすこの非常事態。しかもその理由が、自分を助ける為…。


いや、有難い。有難いんだけど、どう考えてもこれは不味い。将来国を背負って立つ王家直系の頂点が、一貴族の娘なんぞを助けに駆け付けちゃいかんでしょ!?もし怪我をしたら…いや、怪我だけで済めばいいけど、メル父様みたいに、死ぬ程の重傷を負わされてしまったら…!?


下手すれば、バッシュ公爵家の咎となり、審問にかけられるかもしれない。そして爵位剥奪の末、一族郎党王族を危険な目に遭わせた事による裁きを受け…。


…いや、まてよ?ひょっとしたらそれすらも「女を男が救うのは当然の事!そこに王族と臣下の垣根なぞ無い!寧ろ王族が率先して、その気概を見せ付けるべき!ゆえに、これぞ王族の鑑たる模範的行動!」…なんて、いかにもアルバの男らしい極論に行き着くのかもしれない。


いやいやまさか、そんなぶっ飛んだ非常識な事、冗談でもある訳無い!…じゃなくて!!どっちにしろ不味いって!!


パニックになったエレノアは、グルグルとそんなしょうもない事を考えながら、無我夢中で叫んだ。


「ダメです!アシュル殿下、いけません!!今すぐ回れ右してお帰り下さーい!!王太子殿下が何を考えているんですかー!!?」


「…ねぇ、クライヴ。君の妹酷くない?折角ここまで来たのに「帰れ」って言われちゃったよ」


心底不満気なアシュルを、クライヴもジト目で見つめながら溜息をつく。


「そりゃ、仕方ねぇだろ。俺だってエレノアの立場だったら、同じ事言っとるわ!」


「フィン様もフィン様です!!何でよりにもよって、アシュル殿下をこんな所にお連れしたんですか!?」


「は!?え?僕!?」


エレノアの憤りはまんま、自分を拘束しているフィンレーへと向けられた。

まさか自分に矛先が向かうとは思ってもいなかったフィンレーは、焦りながら弁明を開始した。


「い、いや!僕はアシュル兄上じゃなく、ディラン兄上を…」


「当然、フィンはちゃんと状況判断をし、最善を選択して僕を呼び寄せたんだよ。ね?そうだよね、フィン?」


「…ハイ、ソノトオリデス」


だが、エレノアに悟らせないよう、一瞬だけ鋭い圧を放った長兄に、フィンレーはあっさり下った。


『…そう言えばアシュルの奴、今迄ずっと後方支援ばかりだったからな…。ストレス溜まりまくってたんだな…』


そう思いながら汗を流すクライヴは、フィンレーによってこの場に連れて来られた時の事を思い出していた。


闇の触手が自分やオリヴァーに巻き付き、それと同時にディランが触手に巻かれそうになった瞬間、目にも止まらぬ速さでアシュルがディランを蹴り飛ばし、自分が触手に巻かれた時の光景を。


「ちょっ!まっ…!!」と言いながら、転移門に引きずり込まれる自分達を見つめていたディラン。あの絶望顔はちょっと忘れられない。

…きっと今頃、彼は大いに荒れている事だろう。というか、王太子自らが危険の最前線に向かった事で、王家の『影』達も大パニックになっているに違いない。


…尤も、その報告を受けた国王陛下などは「流石は我が息子。よくやった!それでこそアルバの男だ!!」とでも言いそうだ。なんせあの人、愛に生きるアルバの野郎共の頂点だし…。

ワイアットあたりは「なにやっとんじゃー!!あの馬鹿王太子!」と激怒するだろうが、王宮では確実に男の株を上げているに違いない。

(先程、エレノアが「冗談でもある訳ない」と一蹴した考えは、どうやらアルバの男にとっての「鉄板あるある」であったようだ。)


「取り敢えず、今やるべき事をしようか。フィン、エレノアを僕の元に!」


指示された通り、エレノアは触手に巻かれたまま、アシュルの前へと移動させられる。するとアシュルは人差し指をエレノアの額へと充てた。


「この者に『光の加護』を与えん」


すると、言葉と同時に指先が光り、急に身体が軽くなった。


「…え…?」


訳が分からず、戸惑っていると、アシュルが眩く光り輝く黄金のごとき、キラキラしい極上の笑顔を浮かべ、危うく目が潰されそうになってしまう。


「オリヴァー達同様、君に僕の持つ『光』の魔力を使い、『加護』を与えた。これで『魔眼』からの魔力汚染を、ある程度防ぐ事が出来る筈だ」


――『光』の加護!?


『ち、ちょっ…!『光』の属性って確か、『聖女』たる女性にしか顕現しない魔力だった筈。それを何故アシュル殿下が…?!』


「…さてオリヴァー、もういいよ」


その言葉に目をやると、アシュルの後方にオリヴァーが立っていた。


「オリヴァーにいさま…」


思わず思考が、目の前に立つ彼の事だけになってしまう。


すると、ストンと地面に足が着いたかと思うと、巻き付いていた触手がスルスルと離れていった。…が、それと同時に、再び身体が物凄い力で拘束されてしまう。


「エレノア…!エレノア、エレノアッ!!…ああ…。無事だった…!良かった…。本当に…良かった!!」


心の底から振り絞るようなオリヴァーの震える声に、エレノアの瞳から再び、ポロポロと涙が零れ落ちていく。

息も出来ない程の抱擁を受け、苦しい筈なのに…。ただただ、嬉しくて幸せでたまらない。その思いを伝えようと、エレノアも必死にオリヴァーの身体に腕を回し、抱き着いた。


「御免…!君をむざむざ奪われてしまって…!!このまま二度と…君と会えなくなったらと思うと、本当に気が狂いそうだった!!ああ…女神様!感謝いたします!!…フィンレー殿下も…。本当に…有難う御座いました!!」


「オリヴァー兄様…!私も…私も、会えて嬉しいです!助けに来てくれて…有難う御座いました…!!」


顔を何とか上げながらそう言うと、泣き笑いの様な表情をしたオリヴァー兄様の唇が、私の唇を塞ぐ。


「ん…っ」


口付けはすぐに終わったけど…。今迄受けたどの口付けよりも甘く、幸せな気分になった。


「エレノア…!」


「クライヴ…兄様!!」


オリヴァー兄様が、密着していた身体を離すと同時に、今度はクライヴ兄様が私を力一杯抱き締める。


「エレノア…!本当に…よく、無事でいてくれた…!!」


「はい…。はい、クライヴ兄様…!」


オリヴァーよりも体育会系なクライヴの全力の抱擁は、若干…いや、かなり苦しかったが、それが凄くクライヴらしくて、エレノアの胸に幸福感が湧き上がる。

思わず、甘える様に頬を摺り寄せると、クライヴの優しい口付けが額に降りてきた。


「…本当に良かった。パトリック兄上を信じたオリヴァーの判断は、間違っていなかったんだな!」


そこで唐突に、エレノアはパトリックの事を思い出した。


…そうだ…。パト兄様は今頃…!


「クライヴ兄様!パトリック兄様を助けて!!パトリック兄様…私を助ける為に、ボスワース辺境伯と対峙して…!」


「パトリック兄上が!?」


「パトリック兄上…!」


クライヴとオリヴァーの顔に、焦りと苦渋の表情が浮かんだ。…が、そんな彼らに、アシュルの声がかかった。


「…クライヴ、オリヴァー。残念だが、君達の兄上の救出は後回しだ。フィン!エレノアを守れ!…来るぞ!?」


アシュルが厳しい表情を浮かべ、見つめるその先にブランシュ・ボスワースの姿を認めた瞬間、その場にいた全ての者達が、一斉に戦闘態勢へと入った。




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戦闘突入直前です。そしてアシュル殿下の属性が判明しました。

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