第200話 助けに来たよ
圧迫感とは別の、殺気にも似た気配が、次々とこちらに向かってやって来るのを背中越しに感じる。
振り向いて見てみると、屋敷の方から黒いローブを纏った男達が、こちらに向かって物凄いスピードで追いかけて来るのが目に入った。
先程まで、彫像の様に固まっていた彼らが動き出したという事は…。やはり、兄様の身に何かが起こった…!?まさか、今頃もう…!?
最悪な予感に、全身に冷や汗が噴き出す。だけどここで捕まる訳にはいかない。
エレノアは必死に森の中へと入ると、土の魔力を使い、木々や草花の気配と自分とを同化させた。
これはセドリックと魔力操作を行っていた時、修行の一環として編み出した隠遁術である。ぶっちゃけて言うと、大地から出る魔素を使った『かくれんぼ』をして遊んでいたのが切っ掛けで会得した技だ。
クライヴ兄様に怒られた時、この技を使ってよく逃げていたっけ…。それとか、兄様に気が付かれずに近付いて、ちょっかいを出して遊んだり…。
まあ…その後大抵、クライヴ兄様の威圧で術が解け、しかも衝撃で吹っ飛ばされた挙句、コロコロ転がされていたんだけど…。
魔力操作を行った途端、走るスピードが落ちてしまったが、ただ走っているだけでは直ぐに捕まってしまう。多少動きが悪くなっても、このままの状態を維持した方が有利だ。
それに、建物から離れた所為か、かかる圧も多少弱まった。つまりこのまま魔力圏外…森の中心部に向かって進めば、身体ももっと楽になる筈。上手く味方と合流する為にも、見付からないようにゆっくり進んで、少しでも森の中に逃げなくては。
――鬼気迫った様子の、男達の気配が近付く。
思わず大きな木の陰に身を顰めると、頭上を黒いローブ姿の男達が次々と飛来し、通り過ぎて行くのが目に映った。どうやら相手側には、自分の気配も姿も感知出来ていないようだ。
エレノアは静かに溜息を吐いた。心臓がバクバクし、恐怖で足元が震えてしまう。だがどうやら、自分の策は効果があったようだ。
そういえば以前オリヴァー兄様が、「『土』の魔力は女性に遺伝しやすく、男性には滅多に出ない」と言っていた気がする。だからこそ、こうして『土』の魔力を利用した隠遁術は馴染みが無く、簡単に騙されてくれたのだろう。
気配が遠くに行った事を確認し、慎重に歩を進める。でも森の中央部に向かって進むにしても、味方であろう誰かが、本当に私を見つけてくれるのかな?オリヴァー兄様やクライヴ兄様、セドリックは、私を助けに来てくれているのかな?…もし、来てくれたのが、実はパトリック兄様だけだったとしたら…。私はこの先、どうすればいいのかな?
不安と心細さに、再び涙が溢れてくる。
…駄目だ。精神が不安定になったら、魔力に揺らぎが生まれて、感知されてしまう。泣くのは助かってからでいい。泣くな泣くな泣くな…!!
唇を噛み締め、涙と共に溢れて来そうな嗚咽を無理矢理飲み込み、走り出そうとしたその時だった。グロリス邸で味わった、あの謎の圧に襲われる。
「ぐ…っ!!」
まるで見えない何かに、全身を押さえつけられているような重みを受け、思わずその場に膝を着いてしまう。だがそのタイミングで、遠くに散っていた気配が再びこちらに向かってやって来るのを感じた。
『不味い…!魔力を安定…させなきゃ…!!』
だが襲い掛かる圧の所為で、上手くいかない。せめて逃げようとしても、立つ事すら難しい。
そうこうしている内に、自分が何とか立っている場所を囲むように、男達が次々と飛来してくる。エレノアはせめてとばかりに、携帯していた短剣を抜いて構えた。
そんなエレノアの姿を目にした彼らは、一瞬逡巡した。
魔物討伐部隊の急先鋒たる彼らも、アルバ王国の国民。女性を捕らえたり傷付ける事には抵抗があった。ましてやこの目の前の少女は、彼らの絶対君主たるボスワース辺境伯の想い人である。
だが、彼らが敬い、守るべき相手とは、ボスワース辺境伯であるブランシュただ一人。
今迄、辺境を…そしてこの国を守護する為、戦いに明け暮れていた主の望んだ唯一が、この目の前の少女なのだ。これ以上、主が『壊れる』前に、なんとしても捕らえ、主の元へと連れて行かねばならない。
迷いと憐れみを振り払うかのように、彼らの身から殺気にも近い覇気が噴き出し、エレノアに恐怖を与えた。
『誰か…助けて!…誰か…。オリヴァー兄様…!クライヴ兄様…!セドリック…!』
男達の一人が、自分に襲い掛かろうとしたその時だった。黒い『何か』が自分を絡め取ったかと思うと、物凄い力で引っ張られ、男の手が空を切る。
「!?」
「何ッ!?」
驚愕し、慌ててエレノアを追おうとした男達の目の前が、急に赤く染まった。
「…術式発動。『紅蓮の業火』展開」
「――――ッ!!?」
そのまま男達の身体が、周囲の樹木ごとドーム型の炎に包まれ…蒸発する。
後には、元・森であった広大な焼野原が広がっており、エレノアはその景色を呆然と見つめた。
「やあ、エレノア」
何かにグルグル巻きにされ、ふよふよと宙に浮かびながら声がした方を見下ろせば、眼下にはいつもの魔導師団のローブを纏ったフィンレーが立っており、こちらを見上げながら微笑んでいた。
「フ、フィンレー殿下!?」
「…『フィン』だけど?」
途端、ブスッと拗ねたような表情になったフィンレーを見たエレノアは、あまりにいつも通りな彼の反応に、急速に身体の力が抜けてしまい、うっかり涙腺が緩んでしまう。
「フィン…様」
ポロポロと涙を零すエレノアの姿に、フィンレーの顔が切なげに歪む。
「助けに来るのが遅くなってごめんね?…ちょっと、こいつらを呼ぶのに手間取ってしまって」
「――え…?」
こいつら…って…?
「フィンレー殿下。『こいつら』呼びとはご挨拶ですね。というか、本当に手間取り過ぎです。根性見せろと言った筈ですが?」
「煩いね!来て早々、森林火災を通り越して森林消滅する奴に言われたくないよ!襲撃者達は消せたけど、隠れる場所も消えたじゃないか!?」
「いや、これでいい。どのみち戦闘になるんなら、余計な障害物は寧ろ邪魔にしかならんしな」
「確かにね。…というか、実の兄をひっくるめて『こいつら』呼びとは…。帰ったら躾け直しが必要だね」
フィンレーの後方から、ゆっくりとこちらに歩いてきた人物達を目にした瞬間、エレノアの目が限界まで見開かれた。
「…オリヴァー…兄様!クライヴ兄様!アシュル殿下まで!?」
そこには、自分が常に心の中で助けを求めていた…大好きな兄達の姿と、一番この場に居てはいけない人物…王太子であるアシュルの姿があったのだった。
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何だかんだで200話目です(^O^)
ここまで書いて来れたのも皆様のお陰です!これからも頑張ります!
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