第198話 助け出す為には
エレノアが囚われた。
しかし、まさかあのボスワース辺境伯が裏切るとは思わなかったな。
彼の人となりは噂でしか知らなかったが、寡黙で実直。実力は辺境伯の中でも随一で、領民からの支持も王家からの信頼も厚い人物だと聞いている。
その地位や栄光もかなぐり捨て、欲したのがエレノアだったのか。
…皮肉だな。分かりたくもないが、同じ女を愛する者として、気持ちが多少なりと理解できてしまう。
だけど僕は絶対に同じ道は選ばない。
だってそんな事したら、エレノアはきっと泣いてしまうだろうから。
僕は彼女が認め、導いてくれたこの魔力を…彼女を悲しませる道具にだけは決してしない。
エレノアの兄の一人であり、この騒動の関係者と見なされているパトリック・グロリス。
彼は自分なら、エレノアを追えると言い切った。だが魔力量の関係で、たった一人しか連れていけないとも告げた。
長兄のアシュルは、彼の提案を受けるかどうか逡巡していたようだった。
それは当然だろう。今迄敵方だった相手の言葉など、素直には信用出来ない。こちらに協力するフリをして、そのまま辺境伯達と合流する可能性が濃厚だからだ。だが彼の言う事が本当なら、エレノアの元にすぐ駆け付ける事が出来る。
「分かりました。パトリック兄上を信じます」
驚くべき事に、オリヴァー・クロスは迷う事無く、そう宣言する。そしてそれに追従する様に、バッシュ公爵も賛同した。
それにより、パトリック・グロリスの提案に乗る事が決まった。そうすると、今度は同行する人員の選定だ。これはきっと難航するだろう。だって誰もが、エレノアを助け出しに行きたくて仕方がないのだから。…そう思っていたのに…。
「同行者ならば、フィンレー殿下一択でしょう」
「は?僕?」
オリヴァー・クロスは迷うこと無く、僕を指名した。
正直、この万年番狂いなら、誰を差し置いても自分が行くと言い出すと思っていたから、かなり驚いた。
だがそれを指摘したら、『火』の属性の癖に、絶対零度の冷ややかな視線を向けられた。
「相手は『魔眼』持ちです。しかも最強の戦闘集団が側にいるのに、僕一人が駆けつけたところで、エレノアを救出するどころか嬲り殺しにされて終わりですよ。…ですが貴方なら、行った先から時空を繋ぐ事が出来る」
…その通りだ。
1回でも行った事のある場所であるなら、僕の『闇』の魔力を使い、そこに転移空間を作る事が出来る。
だが、『魔眼』の力は未知数だ。あのグラント将軍にあれ程のダメージを与えることの出来る魔力量の中、上手く転移空間を繋げ、増援を引き寄せる事が出来るだろうか?
「やれるかどうかではなく、やるんですよ殿下。正直、貴方の事は心の底から気に入りませんが、我が父に次ぐ貴方の実力だけは認めております。…僕にとっても、貴方にとっても愛しい子を救う為です。根性見せて下さいよ?」
…ねぇ、仮にも王族に対して不敬過ぎない?もしここに近衛がいたら、捕縛されているよ?君。
ああ、本当にむかつく男だこいつは。僕だって君のことなど大嫌いだよ。
…だけど、僕だって君を認めている所はあるんだ。
心の底から愛おしく、大切な相手を目の前で奪われ、その相手がどんな目に遭わされているのか分からない。そんな気が狂いそうな状況下において、自分を前に出さず、その場の最善を選択する事の出来る、その胆力。状況判断。
もしも僕が君と同じ立場だったとしたら、我を忘れて自分が助けに行くと叫んでいただろう。
流石はバッシュ公爵が…そしてワイアット宰相が認めた、次世代の宰相候補。次代の国王陛下である、アシュル兄上の補佐となるべき男だと、悔しいが素直にそう思えてしまう。
「誰がやれないって言ったんだい?まあ、そこまで言うんなら、君の言う根性とやらを見せてやろうじゃないか。僕に呼ばれるまでの間、首を洗って待ってるんだね」
口調はともかく、真剣な…祈る様な表情の恋敵に対しニヤリと笑いかけながら、僕はそう言い放った。
「フィンレー。…頼んだぞ?!」
真剣な表情のアシュル兄上に頷く。
「同行者が決まったようですね。…では、急ぎますよ」
パトリック・グロリスが手をかざすと、空間がゆわんと歪み、『転移門』が出現する。…何だ?この魔力は。
驚愕する周囲を他所に、その『転移門』へと入って行ったパトリック・グロリスに続く。
さて、こういう状況、確か以前母上が…『鬼が出るか蛇が出るか』って言っていた気がする。母上の故郷の言葉らしいんだけど、うん、真理だね。
ひとまず、何があっても対処出来るよう、気を抜く事だけはしないでおこうか。
そうして僕達はとある屋敷の敷地の横にある、広大な森の中に出た。
「少しだけ、座標を変えました。流石に屋敷の中に我々が出現したら、その場で瞬殺ですからね」
そう言って、パトリック・グロリスは苦笑する。どうやら彼は我々を裏切るつもりはなかったようだ。
エレノアはあの屋敷の中か?…が、物凄い魔力が屋敷全体を覆っているうえ、その余波が森全体に及んでいる。なんという魔力量。これが『魔眼』の力か…。
「フィンレー殿下。暫しお待ちを。この魔力は私が何とか致します。…ですが、それ程長くは保ちません。その間に、出来る限りの増援をお呼び下さいませ」
そう言うと僕が何か言う暇も無く、パトリック・グロリスは屋敷へと向かう。…あの男、エレノアを攫う片棒を担いだ大罪人という事だが…。どうもそう見えないな。それにこんな奥の手があるのなら、さっさと自分一人で逃げてしまえば良かったのに、そうしなかった。
…諸々の決着がついたら、ちょっと尋問して真実を吐かせるとしようか。うん、そうしよう。
そしてパトリック・グロリスの言う通り、彼が屋敷に入ってすぐ、ここら一帯を覆っていた魔力量が激減した。
正直、あの魔力量の中での空間転移は難しかった…が、これなら…いける!
「それにしても、あの魔力量をここまで抑えるとは…。パトリック・グロリス。どんな手を使ったかは分からないが、魔導師団に欲しい逸材だ」
確か王宮の『影』の調査では、パトリック・グロリスは『無属性』だった筈。なのにこのような力を持っているという事は、なんらかの希少な属性を隠し持っていたに違いない。
「さて、独り言はこれぐらいにしとくか…」
そこで一旦、口をつぐむと意識を集中させる。
あちらとこちらを往復する時間は無い。だとすれば、繋げた空間から、あちらにいる人間を直接こちらに引っ張り込むしかないだろう。それにはいつもよりも繊細な魔力操作が必要となるが、少しでも多く、こちら側に増援を呼び寄せなければ…。
『闇』の魔力により、この場の空間と先程までいたグロリス伯爵邸とが繋がる。
その中に僕は、幾本もの『闇の手』を伸ばしたのだった。
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パト兄様の同行者は、フィンレー殿下でした。
一般的には絶対に優先して守るべき相手である王族を、愛するエレノアの為に、罠があるかもな危険な場所に送り出そうとするオリヴァー兄様。
ある意味、万年番狂いの鑑と言える所業であります。
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