第196話 誘拐の真相

「最初に私に話を持ち掛けてきたのは、グロリス前伯爵だ」


「お爺様が…」


やはりというか、あのクソジジイが今回の黒幕だったようだ。


「…私がマリアの恋人だと知って、近付いてきてね。マリアの正夫の座を餌に、今回の企みの後ろ盾になって欲しいと持ち掛けてきたんだよ。…現グロリス伯爵は、あのご老体の言いなりだ。彼もマリアを自分だけの妻に出来ると唆され、喜んで計画に乗ったそうだ」


ああ…。母様、アーネスト義伯父様を嫌っているっぽかったけど、アーネスト義伯父様の方は母様を愛しておられたんだね。そして欲望が理性を上回ったと…。

でも少しでも理性が残っていたら、うちの父様方を敵に回す事がどれだけ恐ろしい事かすぐ分かるのに。…長年の拗らせた恋心が病みに向かったのか…。ある意味ヤンデレの王道とも言える。


「企み…って、まさか…私の筆頭婚約者をパトリック兄様に変えさせる事…ですよね?」


「ああ。私は今迄、特定の女性を恋人にした事が無かったからね。そんな私がマリアを恋人にした。だから前伯爵はマリアさえ持ち出せば、私が乗って来ると踏んだのだろう。…だが、私の望みが君の方だと伝えた時は、流石に驚いていたがね」


つまりこの人は、パトリック兄様が筆頭婚約者になった暁に、自分を婚約者の一人として指名させる事を条件に、お爺様の計画に乗った。そしてお爺様も、この人の要求を飲んだ…。


「最も、最終的には夫の一人などではなく、正夫となり、君を辺境伯夫人として迎え入れるつもりだった。パトリックは君に興味は無かったしね。…まあ、君の父親達や婚約者達が黙ってはいないだろうから、そうすんなり上手くいくとは、正直思っていなかったが…。それでも成功すれば、無用な血を流さずに済む」


「そして懸念通り、計画は失敗したって訳。君が普通のご令嬢だったら、割とすんなりいったかもだけど、まさかあの場にあんな格好してきた上に、廃嫡云々言い出すなんて思ってもみなかったよ。…最もそんな君だからこそ、ブランシュが惚れたんだろうけどね」


「じ…じゃあ…。母様があんな状態になっていたのは…」


「彼女は自分の父親に利用されないよう、グロリス伯爵家を訪れる時は、必ず護衛として力のある恋人を同伴するようにしていたらしい。そして今回、その役目は私だった。…彼女もまさか、私が裏切るとは夢にも思っていなかっただろうな」


「ひ…どい!!母様の気持ちを利用して、母様を操って…!!卑怯者ッ!!」


何で!?初めて二人を見た時は、とても仲が良さそうに見えたのに…。あれは全部演技だったというの!?母様は騙されているとも知らず、この人を信用して…そして利用された…。



――私の…所為で…!



ポロリ、ポロリと涙が零れ落ちる。本当は泣きたくない。この人に泣き顔なんて見せたくない。でも…どうしても止まらない。


涙で霞む目に、目の前の男の顔が切なそうに歪むのが見えた。


「…その通りだ。どんな理由を言おうとも、私が最悪な卑怯者だという事実は変わらない。マリアには…申し訳ない事をした。…だがそれでも…。私はどうしても、君が欲しかったんだ」


「私は貴方の妻なんかにはならない!!貴方なんて大嫌いよ!!」


「…ああ、それでも構わない。…例え私を愛していなくても…君が君であれば・・・・・・・それでいい。私の傍にいてくれれば…それで…」



ドクン…!!



『…え…?!』



突然、身体が硬直する。身体も…声も自由にならない。

そして、気が付いた。ボスワース辺境伯の紫紺の瞳が…金色の光彩を纏い、煌めき出していた事を。


駄目だ…この瞳は危険だ。…でも、目を…逸らす事が出来ない…!


「…君は高潔で、誇り高い人だ。初めて見た時も…今日のお茶会の時も。君は真っすぐに前を向き、自分の為ではない誰かの為に…大切なものを守る為に戦っていた」


私の身体を、ボスワース辺境伯はまるで壊れ物を扱う様に、ゆっくりとベッドに横たえる。


「私は、そんな君を私だけのものにしたくて堪らなくなってしまったんだ。夫の一人としてではなく、ただ私の唯一として生涯傍にいて欲しいと…」


そこで一旦、言葉を切ったボスワース辺境伯の表情が歪む。


「…だがそれは、正攻法では決して望めない。君を愛し、そして君自身も心から愛している婚約者達。君の心を得たいと渇望する王家直系達…。彼らがいる限り、君は私だけのものには、決してならない」


ボスワース辺境伯の成すがまま、指一本動かせず、小刻みに震えている私の濡れた頬を、ボスワース辺境伯の掌が、そっと撫ぜる。

その手は、辺境で多くの魔物を屠って来た猛者に相応しい、大きく武骨なものだった。


「…例え君に憎まれ、嫌われても。どんなに短い間だったとしても、君が私だけのものになるのなら…。その為ならば、私は誰を、何を…国すら裏切っても構わない…!」


この人は…。私を望むあまり、全てを失うつもりでいる。その為に母様も裏切った。辿り着く未来が破滅しかないと分かっている筈なのに…。


何で?どうしてそんなに私の事を?


「じゃあ、ブランシュ。僕は領地に転移門を繋げる術式を構築しにいくから。その間に取り敢えず、王家の手には渡らない・・・・・・・・・・ようにしときなよ」


そう言い終わると、ケイレブはベッドから飛び降り、部屋から出て行ってしまった。


『え…?何?』


「…バッシュ公爵令嬢…」


涙を拭っていた指が、スルリ…と頬を伝って首筋を撫で、その動きに身体がピクリと跳る。次いでボスワース辺境伯がベッドへと乗り上げ、二人分の重みでベッドが沈み込んだ。そうして覆い被さり、私を見下ろす瞳の中に浮かんだ『感情』に気が付き、全身に鳥肌が立つ。


彼は…ケイレブはあの時、なんと言った?「王家の手には渡らない・・・・・・・・・・ように」…と、そう言っていなかったか?


ボスワース辺境伯の指が、今度は鎖骨付近をゆるりと撫ぜる。


『――ッ!』


心臓が早鐘の様に鳴り、身体の震えが激しくなる。

もし…彼が今からしようとしている事が、そう・・であるなら…。確かに王家は私を召し上げる事が出来なくなる。


だって、王族の妃になる絶対条件は、『処女である事』なのだから…。


再び涙が溢れ、ポロポロと零れ落ちていく。

そんな私と目を合わせるボスワース辺境伯の瞳から、更に強い光彩が放たれる。


『あ…』


それに伴い、頭の中に温かい幕がかかるように、意識がゆっくりと霞みだす。


「…君はもう、何も考えなくていい…。これから起こる事もその先もずっと、知らないまま微睡んでいれば、それでいいんだ…」


甘く誘うような、優しい声音に抗う事が出来ない。


『嫌…!オリヴァー兄様…!クライヴ兄様…!セドリック…!助けて…!!』


「眠れ…」


誘われる様に、意識が温かい水の中へと沈んでいく…。



「困りますね、ボスワース辺境伯様。うちの妹はまだ未成年なんですよ?手荒な真似は、身内として看過出来ませんねぇ」



唐突に、まるで力技で眠りから引き摺り起こされたような衝撃が身体に走り、意識が半強制的に覚醒する。


「…ッ…!お前は…」


『パトリック…兄様?』


ギギギ…と、軋む音が聞こえそうな程、ぎこちない動きで声がした方向に顔を向けると、そこにはピンクゴールドの髪を持った麗しい長兄。パトリック・グロリスが、嫣然と微笑み、立っていたのだった。




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ちょっと…いやかなり、不穏な状況になっております。

ペド●リ疑惑…いや、全然疑惑じゃない!そしてパト兄様登場!

一緒に来た人は、まだ判明しません。さて、誰かな?

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