第194話 グロリス伯爵家のお茶会―覚悟―
その場の圧が消え失せた事により、招待客達の救護や避難が慌ただしく行われていく。
大規模な術式を使用し、昏倒したメルヴィルは、その場でセドリックの治療が続けられ、王家の影達の手により、前当主を始めとしたグロリス伯爵家の関係者達が次々と捕縛されていく。
「くそっ!!」
クライヴは、辺境伯達が消えた場所に膝を着き、力任せに拳を地面に叩き付ける。が、目の端にグラントの姿を認めるや、顔色を変えた。
「親父ッ!!」
父親が地面に片膝を着いている姿を初めて目にしたクライヴは、動揺しながらグラントの傍に駆け寄る。そんなクライヴに対し、グラントは「大丈夫だ」と言うように手を掲げた。
「…不甲斐ねぇな…!この俺ともあろう者が、まんまとしてやられた。…挙句、お前にとっても、俺にとっても大切な娘を奪われてしまった…。済まない…クライヴ!」
そのまま自分に対し、頭を下げるグラントに対し、クライヴは首を横に振ると父親の身体を支える様に肩を貸し、立ち上がらせた。
「…親父の所為じゃねぇよ。…ようは、親父がここまで手こずる相手だったって事だろ?寧ろそんな相手に対し、こちら側に死者が出なかったのは幸いだった。もし誰かが死んでいたら…エレノアが泣いちまう」
「ふ…。確かにな」
グラントの、荒く苦しそうな息遣いを間近で感じる。
魔力に対しても化け物レベルの耐性を誇るこの父親を、これ程疲弊させるなど…。もしも相手の目的が殺戮だったとしたら、間違いなく自分達は皆殺しにされていたに違いない。
「グラント!無事か!?」
「よぉ、アイザック。情けねぇ事に、無事…とは、冗談でも言えねぇな。…お前の大切な娘を守れず、本当に済まなかった」
再び頭を下げるグラントに、アイザックは慌てて首を横に振った。
「そんな事は無い!君の忠告を活かせなかった僕が悪いんだ!その所為で君にも…メルヴィルにも酷い怪我を負わせてしまった…!次期宰相なんて言われているくせに、本当に自分自身が情けないよ!!」
「…んじゃまぁ、互いに泣き言言った所でどうしようもねぇし、反省会は後にしようや。…手短に言うぞ。ブランシュ・ボスワースは『魔眼』持ちだ」
ザっと周囲を見回し、声を顰めながら告げられたグラントの言葉に、アイザックの目が驚愕に見開かれた。
「『魔眼』だと!?そんな報告は王家に上がっていなかった筈だ!」
「…多分、前ボスワース辺境伯が隠匿したんだろう。『魔眼』持ちは国の管轄下に入れられ、徹底的に監視される。…場合によっては、始末されちまう事もあるからな。大切な跡継ぎ可愛さに、口を噤んだとしても不思議はない。…それに、あれ程までに完璧に制御出来ていた事も、隠匿するには十分な理由となったんだろう」
『闇』の魔力は保有者が少なく、希少性が高い事から、憶測や偏見を持たれる事が多いだけだが、『魔眼』は違う。
『魔眼』はそれを持つ人間の欲望や願いに敏感に反応し、増幅させるという悪しき特性があるのだ。そしてその欲望に比例して、その者が持つ潜在的な魔力をも無限に引きずり出す。
遥かな昔、魔人と人間が交わった事により、生まれ出でたとされる『魔眼持ち』は、瞳に宿った膨大な魔力と共に凶暴性も併せ持つとされる。
元々、強い魔力を持った者に『魔眼』は宿り易い為、悪意を持った『魔眼持ち』により、国が荒れた事例もあったようだ。
特に子供のうちは欲望が理性に追い付かず、甚大な被害を周囲に与えるとされ、『魔眼』を持っていると判明した時点で国に報告し、速やかに国の監視下に置く事が義務付けられているのだ。
「魔眼だと!?」
――えっ!!?
いきなり頭上から降り注いだ怒号に、全員が上を見上げると、先程見たような黒い空間がぽっかりと開いていた。
クライヴや『影』達が思わず身構えた次の瞬間、金色に光り輝く髪を持つ人物が、地面へと降り立った。
「ア…アシュル!?」
「クライヴ!『魔眼』と聞いたが、どういう事だ!?まさかこの騒動に『魔眼』が絡んでいると言うのか!?というか、エレノアは!?彼女はどうしたんだ!?」
皆が唖然とする中、いつもの余裕をかなぐり捨てた様子で、アシュルがクライヴに詰め寄る。
と、今度は聖女であるアリアを腕に抱き上げながら、ディランが地上へと降り立った。
「クライヴ!何やらヤバイ事が起こったらしいな!?怪我人も出たって聞いたから、お袋連れて来たぞ!!」
「『連れて来たぞ!』じゃないでしょーが、あんたって子はっ!!帰って来て早々、なにをやって…って、あら!?本当に怪我人沢山いるわね!」
「ディ…ディラン殿下!?」
「聖女様まで!?」
「セドリックー!!大丈夫なのか、お前!?」
「リ、リアム!?」
「…ねえ、エレノアの姿が見えないけど、ちゃんと無事なんだろうね?ひょっとして、もう避難したの?」
「…フィンレー殿下…」
続々と現れる王家直系達に、もはや誰もがどうツッコんでいいのか分からない。
クライヴ達と違い、耐性が付いていない招待客や使用人などは、ただただ、その非現実とも言える光景を驚愕の面持ちで見つめているしか出来なかった。
「ってか、フィンレー殿下、何でここに来られたんですか!?確か一度来た場所じゃないと、転移出来ないって言ってませんでしたっけ!?」
「だから、一度来といたんだよ。なんかあった時の為にね。早速、役に立って良かった」
アイザックの言葉に、しれっとそう返答し、「エレノアに関係のありそうな場所や、ついでに主要貴族の屋敷は一通り立ち寄っておいた」…と続けたフィンレーに対し、「あんた…。いつの間にそんな事を…。っていうか、普通に不法侵入とストーカーだから」と、アリアがドン引きする。
そんなやり取りを見ながら「バッシュ公爵家の半径10km四方に結界を広げて貰えるよう、後でメル父さんに頼もう…!」と、クライヴは心の中で誓った。
その後、いそいそと怪我人の治療に向かった聖女アリアを他所に、まずは現状説明をしようとしたアイザックの元へと、今迄黙ってエレノアの消えた空間を見つめていたオリヴァーがやって来る。
「公爵様。ここは僕が…」
「オリヴァー?」
「申し訳ありません。…けじめを…。僕自身でつけたいのです」
「――ッ!まさか、君…」
何かを察したようなアイザックに一礼すると、オリヴァーはアシュル達へと向き直った。
その表情は至って平静。だが、身の内から溢れ出る殺気に近い魔力に、思わず王家直系達の表情が強張る。
「…アシュル殿下。エレノアがボスワース辺境伯に連れ去られました」
「なっ!?ボスワース辺境伯が!?」
アシュルの声と共に、他の直系達から、次々と殺気が噴き上がる。
「…どうやらこの一連の騒動は、彼がエレノアを我が物にせんとし、引き起こされたもののようです。更にボスワース辺境伯が『魔眼』持ちである事も判明致しました」
「…なんと言うことだ…!よりにもよって、彼がそのような…!」
――ブランシュ・ボスワース。
滅多に辺境から出て来ない彼だが、自分は王太子として数回話をする機会があった。
その時の印象は、とても思慮深く、穏やかな人物であったと記憶している。実力も人望もあり、王家の信任も篤い彼がまさか…と、アシュルが呻くようにそう呟いた。
「幸い、我が父メルヴィルの尽力により、領地への逃亡は阻止する事が出来たようです。ですがそれは暫しの間、時間を稼げただけに過ぎない。事は一刻を争います。つきましては、検討されていた『例の件』…承諾致します。殿下。大切な婚約者を奪還する為に、王家の全面的な協力を今ここに要請致します」
一瞬、アシュルが息を呑み…そして、複雑そうな表情を浮かべた。
「…良いのか?オリヴァー」
「…はい。僕は自分の何を犠牲にしてでも、あの子を守ると誓っておりました。…なのに、僕の執着心が、あの子にとって何が最善か、その判断を鈍らせた。その結果がこれです。…なので、どうか…」
「…承知した。これより王家は、エレノア・バッシュ公爵令嬢の救出に全力を尽くす。…オリヴァー。君の決断に、僕達は全身全霊で報いると誓おう!」
「感謝いたします」
アシュルに対し、深々と臣下の礼を取るオリヴァーの姿を、クライヴとセドリック、そしてディラン、フィンレー、リアムが戸惑うような表情を浮かべ、見つめた。
「オリヴァー、いくら王家の力を持ってしても、今から動くのでは間に合わないよ?」
突然声をかけられ、全員が振り向いた先には、ヒューバードに後ろ手に拘束されているパトリックの姿があった。
「…何を仰りたいのです?パトリック兄上…」
その場の全員に、凄まじい殺気のこもった眼差しを向けられながらも臆する事無く、パトリックはうっすらと笑顔を浮かべながら、オリヴァーに対し、再び口を開いた。
「僕なら、今消えた彼らの後を追う事が出来る。…最も、魔力量の関係で、僕と…もう一人ぐらいしか、エレノアの元に行く事は出来ないけれどね」
オリヴァーの瞳が驚愕に見開かれる。
「時間は有限だ。僕の言う事を信じるも拒否するも君の自由。…さて、どうする?」
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いきなりのロイヤルズ登場です!
そしてフィンレー殿下…。相変わらずブレません(笑)
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