第193話 グロリス伯爵家のお茶会―強奪―
『ユリアナの饗乱』
それは辺境を守護する辺境伯家の中でも屈指の力を誇るボスワース家直下の魔獣討伐部隊の名である。
ボスワース家が有する騎士団とは別機動隊として存在している彼らは、一切の慈悲や情けの欠片も無く、まさに『殺戮』と言うに相応しい戦いぶりで魔物を血祭りにあげるとされ、その姿から、その名が付けられたとされている。
彼らの忠誠は国や王家ではなく、ボスワース家にのみ捧げられており、その戦闘集団を率い、統括する者こそ…。
パタタ…と、鮮血が地面に滴り落ちる。
「ぐっ…!」
「父上!!」
「きゃあああっ!!メル父様っ!!」
「あれ?おかしいな。致命傷を狙ったんだけど…」
深々と突き刺していた短剣を素早く引き抜き、すかさず間合いを取った緑色の少年に向かい、目にも止まらぬ速さで抜刀したクライヴが襲い掛かる。
「ははっ!いい反応だよ!重力操作された空間でのその反応!流石は『ドラゴン殺しの英雄』の息子だ!」
「何者だ貴様!?」
「今ここで名乗るつもりはないよ?」
言い合いながら、二人は目にも止まらぬスピードで打ち合いを始める。するとその場の者達が、ようやっと我に返ったように悲鳴や怒号を上げ始める。
腕に覚えが無い者達やご令嬢や貴婦人方、そして彼女らを守る男性達がその場から離れようとするが、何故か身体の自由が利かず、赤子の様なおぼつかない足取りでよろめいたり、果ては転倒したりしている。
そんな中、脇腹を串刺しにされ、グラリと傾いだメルヴィルの身体を、オリヴァーとセドリックが両側から支える。
「父上!!」
「父上!父上ッ!しっかりなさって下さい!!」
「…狼狽えるな、オリヴァー…セドリック…。さっき、奴が言った通り…急所は…逸れている。…私に構わず…エレノアを連れて…この場を引け!!」
「父上…!?」
困惑した表情を浮かべたオリヴァーとセドリックだったが、次の瞬間、互いに顔を見合わせ頷き合う。
「兄上!僕が父上を治します!兄上は父上の言う通り、エレノアを連れて退避なさって下さい!」
「…頼んだぞセドリック!エレノアを安全な場所に避難させたら、僕もすぐ戻る!」
そうしてメルヴィルの身体をセドリックに託すと、オリヴァーは顔面蒼白となり、震えているエレノアを守る様に腕に抱いた。
「エレノア!行くよ!?」
「で、でも兄様…!メ、メル父様が…!!わ、私も父様の傷の手当てを…!」
「父上は…大丈夫だ!絶対に助かるから!」
動揺し、ポロポロと涙を流すエレノアは、メルヴィルの身を案じて中々動こうとしない。だがメルヴィルの身を案じているのはオリヴァーも同様な為、強引にその場を後にする事が出来ずにいた。そんな彼らの元に、アイザックが多少ふらつきながら駆け付ける。
「メルヴィル!!」
「…アイザック…。悪い予感が当たった…ようだ。メイデンが見たという男…間違いなく、あの『ユリアナの饗乱』総大将の…ケイレブ・ミラーだ…!」
「そんな…!何故彼がここに!?やはり、マリア絡みなのか!?」
「…理由は…まだ不明だ。…それにしても、グラントに聞いた時は…まさかと思っていたが…。念の為と…魔力阻害の術式を…我々全員にかけておいた…から、この程度で済んだ…。が、比較的…軽めのものにしていたのは、失敗だった…な…」
メルヴィルの顔が歪み、ぐぅ…と呻いて吐血する。
「メル父様!!メル父様ぁ!!」
「父上!もう喋らないで下さい!すぐに治癒魔法を行います!!」
止血をしながら、セドリックが治癒を開始した瞬間、フードを被った複数の人間が、一直線にセドリックへと襲い掛かった。が、彼らの獲物がセドリックを貫こうとした瞬間、彼らの身体が青白い火柱に包まれる。
ドサドサ…と、炭化した『何か』がメルヴィルを庇うように身を被せていたセドリックの周囲へと落ち、灰となって崩れ消えていく。
「…オリヴァー…。腕を…上げたな…」
「有難う御座います。…ですが、出来ればこのような場で聞きたくはありませんでした…」
敵を一瞬で炭化させたオリヴァーは、その胸にしっかりエレノアを抱き込んで、戦いの一部始終を見せないようにしている。
…うむ、流石は万年番狂い。我が息子ながら天晴だ…と、メルヴィルは、こんな非常事態でも愛する者への配慮を怠らない息子に対し、心の中で賛辞を送った。
「バッシュ公爵様!オリヴァー・クロス!これは一体…!?」
「クロス会長!?これは…この騒ぎは、どういう事なのでしょうか!?」
青い顔で、ジルベスタ・アストリアルとカミール・ノウマンがやって来る。
重力操作の類であろう攻撃を加えられているにもかかわらず、彼らは多少ぎこちないが、しっかり動けている。流石は四大公爵家の直系達だ。
だが感心する間も無く、再び刺客と見られる者達が、次々と周囲を囲みだす。
「…詳しい事は言えないが、ひとまず君達は、それぞれの家の『影』を統率しなさい。そして彼らと連携し、か弱い婦女子を守りながらこの場から引け!」
アイザックの言葉に、ジルベスタが戸惑いの表情を浮かべる。
「で、ですが…!賊の急襲を受けたのであるなら、我々も共に戦った方が…」
「大丈夫だ。…この場は我々と、王家の『影』達とで何とかする!」
アイザックの言葉が終わると同時に、黒いフードを被った一群が次々と、その場にいた者達…特に負傷したメルヴィルを庇う様に舞い降りると、敵であろう者達と激しい攻防を繰り広げる。
その中には、形と色が微妙に違うフードの者達も含まれている。多分、バッシュ公爵家の『影』達であろう。
「アイザック様!!」
「…ああ…。やはり君が来たか、ヒューバード。…王家への通達は?」
「副官をやりました。恐らくはもう、知らせが届いている頃合いかと…」
「はは…。副官も来ていたのか。全く、王家側の執着は凄まじいな」
「お言葉ですが、あいつは勝手に付いてきただけですから!」
アイザックとヒューバードとのやり取りを、ジルベスタが呆然とした様子で見つめる。
「王家の『影』だと!?一体、何故ここに!?」
「ジルベスタ義兄上!彼らは多分、エレノア嬢の…」
その時だった。ズン…と、更に強い圧がかかり、力の弱い者達から、次々と地面に膝を着き、倒れていく。特に女性達などは悲鳴を上げる事も叶わず、次々と気を失っていっている。
「くっ…!」
「オ…オリヴァー…にいさま…」
苦しそうに顔を歪めるエレノアは、すでに足に力が入らないようで、自分の腕に支えられ、ようやく立っているような状態だ。
それに気が付いたオリヴァーは、エレノアの身体を腕に抱き抱える。普段であれば、羽の様に軽いエレノアの身体が、鉛の様に重く感じる。
「う~ん…。王宮の『影』かぁ…。ブランの『眼圧』で動きが鈍っているとはいえ、あいつらが全力でかかってきたら、僕の部下達何人死んじゃうか分からないなぁ…。それに、ここで王家が出てきたら面倒だ。こいつとの戦い、中々楽しいけど、そろそろ一気にいこうか」
圧がかかる中、押されているとはいえ、自分の剣技に喰らい付いて来るクライヴをチラリと見た後、ケイレブは小声で呟く。
『術式発動』
そのタイミングを見計らったかのように、ブランシェの『魔眼』から、最大級の魔力が放出される。
その瞬間、その場にいた全ての者達の動きが停止した。
「――ッ…!ブランシュ・ボスワース…貴様…!!」
「…グラント将軍。無理に動こうなどと考えない方が良い。貴殿は私の傍で『魔眼』を浴び過ぎた。そのまま下手に動こうとすれば、心の臓が停止するぞ?」
そう告げると、動けぬグラントを捨て置き、ブランシュはエレノアを辛うじて腕に抱いたまま、地面に片膝をついているオリヴァーの元へと向かう。
「…ッ…あ…なたは…!?」
オリヴァーは、自分の目の前に立つブランシュの姿に戸惑いの眼差しを向ける。…が、次の瞬間。ブランシュが自分の腕の中からエレノアを抱き上げた事に、愕然とした表情を浮かべた。
「エ…レノ…ア…ッ!!」
そのまま歩き出したブランシュに対し、オリヴァーは滝の様な脂汗を流しながら、必死の形相で立ち上がると、震える手を伸ばした。だが無情にもその手は空を掴み、連れ去られて行く自分の最愛には届かない。
そしてクライヴも、自分の…いや、対峙しているケイレブの元へと、エレノアを腕に抱きながら歩いて来るブランシュの姿を、驚愕の眼差しで見つめていた。
「エレ…ノア…ッ!」
「…う~ん…。この圧の中、まだ動けるんだ?あのオリヴァー・クロスも大概だけど、君も本当に凄いねぇ!是非とも僕の部下に欲しいぐらいだよ!」
ケイレブは楽しそうにそう言い放つと、地面に突き刺した自身の刀を引き抜き、そのままブランシュへと切り掛かろうとしていたクライヴを蹴り上げ、地面に叩き付ける。
「グハッ!」
「大人しく寝ていろよ?これでも、魔物じゃない奴を無暗やたらと嬲り殺す趣味はないんでね」
ブランシュの動きを見て、先程まで『影』達と戦闘を繰り広げていた者達も、ケイレブと主君の元へと次々と集結する。
「それじゃあ、行こうか」
その言葉を合図に、空間がぐにゃりと歪む。するとその場に、ぽっかりとした黒い穴のようなモノが広がった。
『転移門…!?不味い!このまま領地に逃げるつもりか!?』
地面に倒れ伏しながら、アイザックは霞んで閉じそうな目を必死に見開くと、今まさに連れ去られそうになっている愛娘へと向けた。
グラントから「ケイレブ・ミラーが王都に来ている」と聞いた時に、この一連の騒動にボスワース辺境伯が絡んでいるのかもしれない…と疑ってはいたが、目的はマリアなのだろうと予想していた。
――なのにまさか…。彼の目的が、エレノアだったなんて…!!
多分…いや、間違いなく、この男はエレノアに魅了されていたのだろう。そしてこの一連の茶番劇に介入し、裏で糸を引いていたに違いない。
――ブランシュ・ボスワース…!
歴代のボスワース辺境伯家の中でも、一・二を争うと言われる実力を誇る現当主。その実力に加え、国内最高レベルの軍隊を有するあの男がここまでする…という事は、「国に反意あり」と宣戦布告したに等しい。
当然、エレノアを取り返そうとしても、徹底抗戦の構えを崩さないだろうし、その為の用意も既に盤石にしている筈。
このままエレノアを奪われ、辺境の地へと逃げられてしまえば、例え王家が動いたとしても、おいそれと手を出せなくなってしまうに違いない。
何よりエレノアは、国を分ける内乱が自分の所為で引き起こされるなど、到底受け入れられないだろう。そのような事を引き起こすぐらいならばと、ボスワース辺境伯の手に堕ちる事を承諾するか、最悪自分の命を絶つかもしれない…。
いや、それはあの男がさせないだろうが…。どちらにせよ、このまま連れ去られてしまえば、エレノアを無傷で取り返す事は叶わないだろう。
アイザックの胸に、絶望と恐怖が湧き上がり、ギリ…と、地面に爪が食い込む。
「…ふ…。舐めるなよ。『術式展開…解除!』」
「――ッ!?」
メルヴィルの言葉と共に、ヴン…と、開いた空間が歪み、揺れる。それと同時に、その場の圧が急激に溶けていった。
「ちっ!あの死にぞこないが…!!やはり止めを刺しておくべきだった!」
ケイレブの顔が憎々し気に歪み、メルヴィルを睨み付ける。が、不安定になった空間を目にすると、再度舌打ちをした。
「仕方が無い!別の空間に繋げる!!撤収!!」
「ま…待てっ!!」
「エレノア!!」
オリヴァー、クライヴ、セドリック、そして『影』達が、急激にこわばりが溶けた身体を必死に動かし、今まさに消えようとするブランシュ達へと、次々と襲い掛かる。…が、無情にもその攻撃は空を切り、空間はブランシュ達とエレノアと共に、その場から消え失せたのだった。
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メル父様を真っ先に狙ったのは、この国最高峰の魔術の使い手を潰す為でした。
実際、邪魔されましたしね。
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