第191話 グロリス伯爵家のお茶会―●●して下さい!―

「…そうですね。私は確かに、公爵令嬢として失格なようです」


静かに紡がれた私の言葉に、お爺様や、何故かノウマン公爵令嬢が勝ち誇ったような顔をしたが、それに構わず、私はクルリとアイザック父様に向き直った。


不意を突かれた父様は、私の真剣な表情を見て、先程までの厳しい表情を困惑顔へと変えた。…父様、親不孝な私を、どうかお許し下さい!


「アイザック父様。私は母様のお言葉や、貴族のしきたりに従う事の出来ない、愚かな娘です。ですからどうか今この時をもって、私をバッシュ公爵家から廃嫡して下さいませ!」


キッパリとそう言い切った後、痛いぐらいの静寂が、再びその場を包み込んだ。


お爺様方や、まさか私がそう出るとは思ってもいなかったであろう、兄様方やセドリック、そして父様方も、先程まで一触即発状態だった雰囲気を引っ込め、言葉もなく呆然と私を凝視している。当然と言うか、その他の参加者達も同じ様子だった。


そして、真っ先に我に返ったアイザック父様が、その静寂をぶち破る。


「…え?…ええええええぇー!?ち、ちょっ!エ、エレノア!?は、廃嫡って…!!?」


「エレノア!?き、君…い、いきなり何を!?」


「お、おいエレノア!?怒りでどっか切れたか!?」


「お、落ち着いてエレノア!!」


アイザック父様の雄叫びに、次々と正気に戻った兄様方やセドリックが、慌てて私に声をかけてくる。次いで、お爺様やアーネスト伯父様達も我に返る。


「な…なんと…いう事を…。どういうつもりだ!?エレノア!」


お爺様が再び私を怒鳴りつけようとしてくるが、その声は驚きのあまりに震えて迫力が無くなっている。


「え!?バ、バッシュ公爵令嬢…今、何を言ったんだ!?」


「は…廃嫡って聞こえたけど…。嘘だろ!?」


明らかに動揺しているお爺様方や、まさかそんな事を言い出すとは思ってもいなかったであろう、父様方や兄様方の狼狽した様子、周囲の喧騒などなんのその。私は驚き、次の言葉も出せずに固まっているアイザック父様に向かって、なおも言い募った。


「父様。貴族の娘としては、母様の決定に従う事が正しい事であり、義務であるのでしょう。ですが、私はその決定には絶対に従えません。私はパトリック兄様を筆頭婚約者には受け入れられない。でも、『エレノア・バッシュ』である限り、それは拒否出来ない。なので私はバッシュ公爵家の名を捨て、平民になる所存です!」


「エ…エレノア…あ…のね、ちょっと…落ち着こうか?」


「いえ、こういう事は、その場の勢いが必要なのです!」


「じゃあ増々、冷静になろうか!!?」


「そ、そんな事、出来る訳無いじゃない!!」


突然、アイザックの言葉を遮るように、レイラの鋭い金切り声が上がった。


「貴族の娘が、自ら廃嫡を望んで平民になるなんて話、聞いた事が無いわ!だいたい貴女、平民になってどうやって生きていくつもり!?」


「大丈夫です!その気になれば女だって、どうにか生きていけますよ。パン屋さんとかお花屋さんとかに就職してもいいですし…。あ!ダンジョンに行って賞金稼ぎをするのも良いですね!」


ああ…本当に。そういう生活、凄く良いかも…。


元々ダンジョンでクエストしてみたかったし、前世では大学生の傍ら、バイト生活してみたかったんだよね…。生憎、大学の門をくぐった時点でフェードアウトしたから、夢叶わずだったんだけど。それを今世で叶えるのも悪くは無い。


「ふ、ふざけないで!!元貴族の娘が働く!?信じられないわ!貴方みたいな小娘が、下々の中でまともに生きていける訳ないでしょう!?」


「あら、心配して下さっているのですか?大丈夫!私はこの通り、貴族としては失格ですし、それに剣技や格闘技も多少の心得がありますから!」


そう、なんと言っても不本意ながら私、『姫騎士』だしね。

それに初めてダンジョンに行った時よりは強くなっているだろうし…。うん、スライムよりも強い魔物でも、何とか倒せるだろう。…多分。


私の言葉に、信じられないといった表情を浮かべ、黙り込んでしまったレイラ様。

その時、後方から静かに声がかかった。


「エレノア…」


「オリヴァー兄様…」


私は戸惑うような表情を浮かべ、私を見つめているオリヴァー兄様の前へと立つと、兄様の顔を真っすぐ見上げた。


「オリヴァー兄様。もし私が廃嫡され、肩書も何もない、ただのエレノアになったとしても…。私の婚約者でいて下さいますか?」


言い終わった後、勢いのまま逆プロポーズのような事をしてしまった事に気が付き、思わず羞恥心で真っ赤になってしまった。

こんな注目の的の中、勢いでやらかしてしまった事に対しても、恥ずかしさが増してくる。…が、ここは踏ん張り所である!これが私の答えだと、お爺様やその他の人達に、ちゃんと示さなくてはならないのだから。


「エレ…ノア…!」


私の問い掛けに、オリヴァー兄様の瞳が大きく見開かれ…揺れる。そうして少しだけ潤んだ黒曜石のような美しい瞳が私を熱く、優しく見つめる。


「当然だろう?バッシュ公爵家なんて関係ない。僕が愛しているのはエレノア…君という珠玉の存在そのものなのだから」


そう言うと、オリヴァー兄様は私の前に片膝を着いて手を取った。…あ、こ、この体勢って…。


「エレノア。僕は君が君である限り、僕の全てを捧げ愛し守り抜くと、ここに改めて誓う。例え魂となっても永久に…僕の全ては君だけのものだ」


そう言うと、オリヴァー兄様は私の手の甲に優しく口付けた。…って兄様ー!!こ、行動まで望んでおりません!言葉だけでいいんですー!!


真っ赤なユデダコ状態になって震えている私の傍に、クライヴ兄様とセドリックが、極上の笑顔を浮かべながら近寄ってくる。


そして、そのタイミングでその場から立ち上がったオリヴァー兄様の代わりに、二人は次々とその場に片膝を着くと、それぞれが私の手を取った。


「当然俺も、未来永劫お前の傍を離れる気は無い。…それに、ダンジョンに行くんなら、相棒も必要だろう?」


そう言いながら、色気たっぷりの極上スマイルでウィンクした後、クライヴ兄様も私の手の甲に口付ける。


「僕も勿論、永遠に君の傍にいるよ。それにエレノアがバッシュ公爵令嬢じゃなくなったのなら、我がクロス伯爵家の養女になればいいんじゃないかな?」


そう言って微笑みながら、セドリックも私の手の甲へと口付けを落した。


「ああ、それは良いねぇ!今までは義娘だったけど、本当の娘に出来るなんて最高じゃないか!早速手続きに移るとしようか!」


「おいメル!何お前らで勝手に話決めてんだよ!?だったら俺の姓になっても良いじゃねぇか!な、エレノア?俺んとこならもっと自由に、好きな事出来るぞ?なんならダンジョンには俺が同行してやるから…な?」


「ち、ちょっと、メル!グラント!!勝手な事言ってないでよ!?エレノアは僕だけの娘なんだからね!」


アイザックの悲鳴に近い抗議の声に、目を回しながらあうあうしていたエレノアがハッとし、慌ててフォローに入る。


「大丈夫です父様!例えバッシュ公爵家の娘でなくなっても、私の父様は父様だけですから!」


「だーかーら!そこじゃないっ!!廃嫡なんて認めないって言ってるだろー!?」



――…一体我々は、何を見せられているのだろうか…?!



この言葉こそが、今現在目の前で繰り広げられている非現実とも言える光景を見ている者達、全員の共通した思いであった。


いくら新しい筆頭婚約者が、由緒正しき歴史のある家系の者であろうとも、あれ程の…女性であれば、誰もが欲しくなるであろう将来性溢れる婚約者達を手放せと言われれば、女性であれば母親の決定であろうが抗おうとするだろう。


だが普通の女性であれば、それに納得していなくても、成人をするまで待ってから、己の意志で夫や情夫として手に入れれば済むだけの話なのだ。彼らとしても、あれ程に執着心を持っている女性がそう望むのであれば、そのように従うに違いない。


なのにまさか…。自ら廃嫡を望むなどと、誰が想像出来たであろうか。


基本、女性は男に奉仕され、献身的な愛情を注がれる事が当たり前で、その事をただ、当然の事として受け入れている。


ある程度の身分差は障害になれども、基本女性が望む事は叶えられ、女性に望まれれば男は喜んで身を捧げる。女性が男性への想いを返す事こそ、その相手を婚約者や恋人として取り立てる事であり、子を成す事なのだ。


それが常識であるこの世界で…。仮にも高位貴族のご令嬢が、自分の持つ地位や身分、全てをかなぐり捨ててまで、愛する男への想いを貫き通そうとしたのだ。


そんな、全てを捨ててまで自分を選んでくれた女性に「私の婚約者でいて下さい」などと言われ、断る男などいるものか。いたとしたら、それは男ではないか、第三勢力同性愛好家であるかのどちらかだ。…いや、第三勢力同性愛好家でも、アレにはやられる。実際、この場にいる隠れ第三勢力同性愛好家達も、心臓を鷲掴みされたような様子で顔を赤らめている。


「あれが…。『姫騎士』の再来と言われるご令嬢なのか…!」


「し…しかも、あの恥じらう姿…!あ…あれが噂に聞く…『ギャップ萌え』というものなのか…!?」


「な…何という…破壊力!!む…胸が…胸が締め付けられる…!と…尊い…!」


「なんだろう…。天使…?いや、女神かな…?うん、女神に違いない!!」


そのあまりにも豪胆かつ潔い行動。そして健気かつ一途な心根に、その場に集った男達は皆、畏怖とも感動とも言うべき不可思議な感覚と興奮に包まれていた。


そして女性陣はというと、そんな男性陣の反応に嫉妬の炎を燃やす…事無く、男性陣以上に今現在、自分達の目の前で行われている信じられない出来事に対し、呆然自失となっていた。

中には隠れ姫騎士信者のご令嬢が「姫騎士…尊いっ!」と、涙ぐみながら、こっそり女神に祈りを捧げていたりもしたが…。


「ふふ…。ねえ、母様。エレノアって、楽しい子ですねぇ?」


エレノアの行動に祖父や父親が言葉を失う中。パトリックだけは心底愉快そうな様子で、マリアの耳元にそっと呟いた。

すると、何の感情も浮かべていなかったマリアの口端が、ほんの少しだけ…。まるで微笑むかのように上がったのだった。




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天然斜め明後日45度砲炸裂!

この技(?)の恐ろしい所は、ヤンデレを最終形態まで進化させてしまう事でしょうか?

しかももれなく自身や身内にも流れ玉が被弾するうえ、使用は一度きりです。

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