第190話 グロリス伯爵家のお茶会―対決―

『この方が…私のお爺様…』


私はお爺様に向け、軽くカーテシーを行った後、不躾にならない程度にお爺様を観察した。


外見だけを見れば、流石はアイザック父様の実の叔父だけあり、とても良く似ていた。…というより、アイザック父様よりも精悍な…男性的な覇気を纏っている分、若かりし頃はさぞや女性にモテただろうと想像する事が出来た。


だが、その『覇気』の源は、多分というか間違いなく『野心』から来るものだったのだろう。

それを証拠に、私を見つめるその目には僅かな親しみと、何かを推し量る様な、酷く冷たい光が宿っていたのだから。


「バートン叔父上。この度はお茶会へのお招き、感謝いたします。それとアーネスト、パトリックも久し振りだ」


私が何かを言う前に、アイザック父様が、間に割り込む様に、お爺様へと挨拶する。そしてわざとだろうが、マリア母様に言葉をかける事を敢えて避けた。


『母様…』


マリア母様は、パトリック兄様にそっくりな男性に肩を抱かれる様にして立っている。その表情は酷くぼんやりとしていて、いつもの快活な母様の面影がまるでなかった。


『父様方の言う通り…。何かされているのだろうか…?』


ふと視線を感じてそちらを見てみると、パトリック兄様が目を細めながらさり気なくこちらに手を振っているのが見えた。

こうして見てみると、全く悪気の無い、普通に優しいお兄さんって感じなんだけどなぁ…。


「おお、アイザック。こうして直接会うのは随分と久しいな」


「そうですね。叔父上がまだ当主だった頃は、年に一回。親族の定例会でお会いしておりましたが、ここ数年はご無沙汰しておりましたね」


「ああ、今は気楽な楽隠居の身なのだから、エレノアを連れていつでも遊びに来いと再三言っておっただろう?」


「生憎と、当家もエレノアの進学やら、陞爵やらと、色々と慌ただしかったものでして…」


「だが、これからは大いにこちらに来ると良い。…それはそうと、エレノア。何故婚約者の色を纏わぬのだ?」


「えっ?纏っていますが?」


いきなり話を振られ、母様の様子に気を取られていた私は、何も考える事無く返事を返してしまった。するとお爺様の眉がピクリと吊り上がったのが見えた。…あ、そうか。そういえば…。


「…お前の纏うべき色は、そのように暗色ではなく、華やかな桃色な筈であろう?」


「申し訳ありません。桃色は嫌いなんです」


私はまごう事無き本心から即答すると、増々お爺様の眉毛が吊り上がった。

…いや、パトリック兄様の色だから纏いたくないとかいうのではなく、本気でピンクが好きではないんですよ。


今現在のこのエレノアのカラー的にも、ピンクって合わないって思うし、何より前世…。忘れもしない小学校五年生の頃の事。髪型もバリバリショートカットで、あちこち生傷たんとこしらえていた、ほぼ男の子に近い見た目だったにもかかわらず、ピアノの発表会だって言って、無理矢理ピンクのフリフリドレスを着せられた事があったのだ。


…結果、その余りの似合わなさに、周囲に大爆笑されてしまったあの時から、一種のトラウマというか、ピンクだけは本当に駄目になってしまったのである。


いや、兄様方やセドリックが着ろと言えば着るけどね。でも好んで着たいとは思わないし、なんなら一生着なくても構わない。要はそれぐらい苦手な色なのだ。


「…エレノアよ。お前の筆頭婚約者は、このパトリックになったのだと、確か先日手紙を送った筈だが?」


お爺様の発言に、ザワリ…と、どよめきが起きる。


「え…どういう事だ?」


「筆頭婚約者が、クロス伯爵令息ではなくなったと…?」


動揺したような声が、あちらこちらから上がる。…幸いにも予想されていた事だからだろうが、兄様方や父様方から、暗黒オーラや殺気は噴き上がっていない。まず最初は、大人しく相手の出方を伺おうか…といった感じなのだろう。


私は厳格な表情を浮かべながら、私を睨みつける様に見つめるお爺様の目を、負けじとばかりにキッと睨み返した。


「お爺様。その事について一言申し上げます。私の筆頭婚約者は、この兄のオリヴァーだけです!」


「…それは過去、お前の母であり、私の娘であるマリアが、寵愛する男に入れあげ、その息子可愛さに誤った判断を下しての事。娘はその愚かしさにようやく気が付いたのだよ。エレノア、お前にとって真に相応しい、正当な筆頭婚約者は、このパトリックだ」


――なんだと、このクソジジイ!!


思わずそう叫びそうになった私の肩を、横に居たアイザック父様がツンツン突く。…おっといけない、そうでした。冷静に…冷静に話をしないと…。


ああでもムカつく!その言い方だと、メル父様とオリヴァー兄様が、まるで不当に私の筆頭婚約者をゴリ押ししたみたいじゃないか!

言っときますけどそれ、逆だから!マリア母様がメル父様にゴリ押しで、オリヴァー兄様を私の筆頭婚約者にしたんだからね!?


オリヴァー兄様、幼少期から引く手あまただったのに、希少な『女』であるマリア母様に逆らえず、メル父様も兄様も、「ま、いっか。もしどうしてもダメそうな子だったら、裏の手使って解消するし」って、仕方なく筆頭婚約者の件、承諾したって経緯があるんだからね!?(それをメル父様から聞いて、オリヴァー兄様にごめんなさいした後、「何でバラすんだあんたはー!!」と、壮大な親子喧嘩が勃発していたっけ)

たまたまオリヴァー兄様のどこかの琴線に触れて、筆頭婚約者を継続出来ただけなんだからね!?貴方なんかに侮辱されるいわれなんて、欠片も無いんだから!ふざけんな!!


…と、そう言いたいのをグッと堪えつつ、深呼吸をする。


「…お母様の判断は正しかったと思います!寧ろ今の判断の方がおかしいのです!」


「――ッ!?母親の決定を、娘が異議を唱えるのか?!アイザック!お前は娘にどのような教育を行っているのだ!?」


「どういう…と仰られましても…。このように、大変に素直で可愛くて、最高に優しい子に成長してくれましたので、おおむね教育は間違っていなかったと思われますが?」


「アイザック!!」


いつもの表情、いつもの穏やかな口調。…だけど私には分かる。父様、めっちゃ怒っている。


いや、その前から怒ってはいたんだよ?「僕の可愛いエレノア泣かせやがって!!」って言って。でも更に目の前で私の事言われて、どうやら完全にブチ切れちゃったみたいだ。


「それよりも、私はマリアの体調が非常に心配でしてね。なので、マリアの夫の一人であり、宮廷魔導師団長でもある、クロス伯爵に同行をお願いしました。彼は優秀な医師でもありますので、是非一度、診て貰ったら如何でしょうか?」


えっ!?メル父様って、医師資格持っていたの!?ってか、もしこんなお色気だだ洩れなお医者様が開業していたとしたら、肉食女子達が連日、雪崩の様に押し寄せる事間違いなしですよ!?


「それは必要ないよ。アイザック。マリアは疲れているだけだし、何よりも僕の傍での療養を望んでいるからね」


そう言って、グロリス伯爵家の現当主であるアーネスト伯父様が、これ見よがしにマリア母様の肩を抱き、胸に引き寄せる。父様に対して思う所があるのか、態度も口調もかなり挑発的だ。


「アーネスト。君に指図される謂れはないよ?彼女の正夫はこの僕だ。僕には彼女を守る義務と権利がある。…さあ、マリアおいで。一緒に帰ろう?」


「…嫌よ。私は…アーネストの傍にいるの…」


「マリア…?!」


アーネスト伯父様が、勝ち誇った様な顔を父様に向ける。そして母様は、戸惑う父様に目もくれず、私に目をやると、再び口を開いた。


「エレノア…。貴女も、バッシュ公爵家の娘として…。自覚を持ちなさい…。私の決定に逆らうなんて…。なんて駄目な子なの…!淑女として…いえ、歴史あるバッシュ公爵家の一員として…失格だわ…!」


「お母様…!?」


私を見ている様で、全く私を見ていない、光の無い瞳。…そこで私は確信した。母は病気ではなく、やはり何かによって操られていると。多分、兄様方や父様方も同様だろう。

そう思い、チラリと後方を伺うと、兄様方も父様方も、一様に厳しい表情を浮かべていた。そんな中、オリヴァー兄様と私の視線が合わさった。


兄様は目元だけ緩ませると、私の考えを察したかのように、頷いてくれた。そうですよね!兄様もそう思いますよね!?


――だって、いくら病気だったとしても…。母様はこんな事、絶対言わないもん!


これ言ったら、絶対後で母様に怒られちゃうだろうけど、「淑女の嗜み?何それ美味しいの?」って感じに、貴族女性として規格外なこの人が、こんなまともな貴族・・・・・・っぽい事、言う訳が無い!まだ短い付き合いだけど、これだけは自信を持って断言できる!


「やっぱり母様はご病気です!メル父様に診て頂くべきです!!」


「いい加減にしなさいエレノア!先程から我儘ばかり言いおって。しかも言うに事欠いて、母親の病気を自分の我儘の言い訳にするなどと…。恥を知りなさい!」


「そうよ、バッシュ公爵令嬢。先程からの貴女の見苦しい態度、目に余るわ。同じ公爵家の者として情けなくってよ?」


いつの間にか傍に来ていた、ノウマン公爵令嬢が、何故か参戦してくる。というか、貴女の方こそ、親族間のプライベートな会話に首を突っ込まないで下さい!しかも何か楽しそうだし。


すると、多分うちの親戚筋であろう方達が、口々に「そうだな。それが主家の娘としての務めだ」「アイザック、お前が親として諭してやらねばならんだろう?」と、声を上げ始める。それを興味津々とばかりに見物している招待客や、何やら楽し気に笑いながら、意地悪くこちらを見ているご令嬢方の姿も目に映る。


「お爺様。落ち着いて下さい。エレノアも動揺しているのですよ。懐いていた兄が婚約者から外されるのですから、当然の事でしょう。だけど、母親の決定は絶対なのだから、バッシュ公爵家の令嬢として、それに従わなくてはね?エレノア」


パトリック兄様の言葉に、私の耐えに耐えていた堪忍袋の緒が、ブチリと盛大に切れる音が聞こえた。



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新年明けましておめでとうございます!

そして新年早々、バトルです。そしてエレノアがブチ切れております。

激しい信念の幕開けですが、今年もどうぞ宜しくお願い致します(^O^)/

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