第187話 グロリス伯爵家のお茶会―支度編②―
ジョナネェが作ったドレスは、まさに圧巻…といった出来栄えになっていた。
シルエットは、プリンセスラインとエンパイアラインの良いトコ取りといった感じに仕上がっていて、コルセット等で身体を締めたりせずとも、着るだけで女性らしさを最大限に引き出せるような仕様となっている。流石はジョナネェが「乳と尻が貧相でもバッチリカバー!」と豪語していただけの事はある。
全体的にメインカラーは、当然と言うか筆頭婚約者であるオリヴァー兄様の色である『黒』である。
黒は前世において『死者を送る色』という意味合いを色濃く持っているが、同時に最上位の正装の色でもある。小娘がただ黒いだけのドレスを着ても、浮くかゴスロリになるかのどちらかなのだが…。
ジョナネェの作る黒いドレスは、ビロードの様でいて、ふんわりと柔らかな印象を与える上品な光沢を持つ生地をベースに、様々な濃淡の透けるような薄い生地やレースを重ね合わせる事によって、非常に愛らしく、それでいて上品な華やかさを持たせているのだ。
更にメインの生地には、ドレープ部分に複雑な模様を…なんと、『海の白』を縫い込んで施されており、動くごとに淡く柔らかい輝きを放つ仕組みとなって、落ち着いた黒いドレスに相応しい美しさを与えている。
しかもこのドレス、大胆にも太腿の上部…つまりは丁度ミニスカートを履いたようなぐらいの位置から左右に分かれており、下に履いたフワリと舞う羽衣の様に透ける純白のシルクドレス部が見える様になっている。
またそのシルクドレス部はシースルー仕様に幾重にも重なっていて、黒いスパッツ(のようなズボン…?)を履いた足が膝の部分あたりから透けて見えるようになっているのだ。
そして靴はというと、皮をなめし、極限まで磨き上げられて艶やかに光るブーツタイプのヒールである。
しかも組み紐の様に、足首から脹脛にかけて複雑に絡める珍しいタイプ。これが黒いスパッツにも映えるし、シルクドレスからも透けて見えて、まるで模様の一部の様にも見えるのだ。
「あんたは、下手なアクセサリーをゴテゴテ付けるより、コサージュをふんだんに使った方が似合うわよ!」
と宣言された通り、珍しく肩を出したドレスの、貧相な胸元を覆い隠すかのように、黒・白・茶色に着色された、薄いシルクを重ね合わせ、大輪の花に仕立て上げたコサージュが華やかに彩りを添えている。
しかもそのコサージュ、髪飾りともお揃いで、アップされた髪をシルクのリボンで纏め上げ、その上に三色の花弁がまるで咲き誇っているかのように配されているのだ。
ちなみに、顔の両脇にわざと垂らされた髪の毛は、整容班達の拘りだそうだ。
最後に、ミアさん達がメイクを施してくれて完成。
今回のメイクは大人っぽさを追求し、尚且つ初々しさを残した仕様となっているのだそうだ。どこら辺が?というと、目元をシャープに見せるよう、あえて寒色を配したのだとか…成程。
「お…お嬢様…!大変にお美しいです…!!」
「ああ…!まさに…まさに、女神に愛されし姫騎士の装い…!」
「まるで福音が聞こえてくるようだ…!!なんという眼福…!!」
「これならいける…!勝てます、お嬢様!完全勝利です!!」
…ちょっと待って欲しい。なんなんですか最後の台詞!?
私、一応お茶会に行くんだからね?この間みたいに試合に行く訳じゃないんだよ?分かってる?っていうか、全員祈りのポーズ止めて下さい。確かにちょっとゴージャスな戦闘服っぽいテイストだけど、今回姫騎士関係ないからね?
「え?でもジョナサン、『コンセプトは姫騎士の正装よ!!』って喚いていましたよ?」
整容班の言葉に、額にうっかり青筋が浮かんだ。ドレスは女の戦闘服って言っていたけど、実際に戦闘服作ってどーすんだ!あのオネェ!!
『それにしても…』
自分の恰好を姿見で見ながら、思わず感嘆の溜息が漏れる。
兄様方やセドリックの色って、『黒・白・茶色』と、言ってしまえば地味カラーばっかりなのに、よくもここまで華やかな装いにする事が出来るものである。流石は当代きっての売れっ子デザイナー。性格破綻していても、やる事はちゃんとやる男…いや、オネェである。
その時タイミングバッチリに、扉が叩かれる。
「エレノア?支度は終わったかな?」
「はい!オリヴァー兄様、どうぞ!」
返事をしたすぐ後、ドアが開かれ、貴族の正装に身を包んだオリヴァー兄様、クライヴ兄様、セドリック、そして父様方が一斉に部屋の中へと入ってくる。
『――ヴッ!!』
それはまさに、『眼福』ではなく、『眼殺』と言っていい程の、凶悪な美しさの嵐だった。
オリヴァー兄様は、ブラウスやクラバット以外、黒を使用した正装を身に着付けている…が、どことなく、私のドレスの仕様と似た作りとなっているのは、ジョナネェがわざとそういう風に作ったからであろう。
つまりは、私の筆頭婚約者はあくまでこの人なのだ…との、無言のアピールである。
にしても、普段着痩せするオリヴァー兄様のしなやかな肢体を、さり気なく主張しているこのライン…。
「測定していると、めっちゃ腰にクルのよねー♡」なんてジョナネェが言っていた事あるけど、そんなジョナネェの妄執を感じられる逸品だ…。黑という、ある意味禁欲的なこの色が、逆にオリヴァー兄様の滴る色気を引き立てている。…いかん、直視し過ぎたら目が溶ける!
セドリックも黒を基調とはしているものの、茶色いカラーをふんだんに使用している。茶色は私のカラーでもあるので、婚約者の色を纏う上では、これ以上ない程のアピールであろう。
しかもセドリック、何気に豪奢…というより、凛々しい系の、いわば騎士服に近い仕様の正装を纏っていて、普段の柔和な顔立ちを、男らしく引き締まった感じに見せている。
アイザック父様とメルヴィル父様は、『ザ・貴族!』といった、思いっきり正統派な貴族の出で立ちをしている。
アイザック父様は普段の五割り増し凛々しくなっているし、メル父様は普段の五割り増し色っぽくなっている…。いや、アイザック父様はともかくメル父様、何で色っぽくなっちゃうんですか?色々おかしいですよね?
グラント父様は、騎士の正装を更に豪華にしたような軍服をお召しになっている。これ、あれだ!きっと、将軍が着る正装だ!!うわぁぁー!!元・コスチュームオタクの血が滾る!!写真撮りたい!!
このように、其々が自分のカラーを最大限に映えるように作り込まれた正装を身に着けている中、クライヴ兄様は私の専従執事としてお茶会に参加するので、身に着けているのは執事服である。
…だが、執事服だと侮るなかれ。
普段の執事服と違い、黒をベースとした中に、瞳の色であるアイスブルーがバランス良く配されていて、滅茶苦茶凛々しいのだ。
というか、紳士服を模した戦闘服…といった出で立ちに見える。多分それって、腰に帯刀している日本刀の所為なんだろうけど、こちらもコスオタの血が否応なく滾りまくります!!
しかも、片耳に付けられた細い鎖のようなピアスに付けられた小さな宝石は…インペリアル・トパーズ。なんなんですか兄様。そのちょいワル風な背徳感漂う執事服!?ナイス過ぎます!!
よく見れば、オリヴァー兄様を含め、クラバットやタイを付けている面々は、皆私の瞳の色である、インペリアルトパーズを使ったピン止めを付けていた。
セドリックなど、少し長めの髪のサイドを後ろに撫でつけ、露わになった耳には、クライヴ兄様同様、インペリアルトパーズのピアスが煌めていた。
そんなある意味、顔面偏差値の
…お願い、それ以上見つめないで下さい!顔面破壊力で身体中穴だらけになっている気分です!お茶会の前に憤死するのだけは、なんとしても避けたいんです!!
あっ、ほら!ミアさん達が顔を真っ赤にして、今にも倒れんばかりですよ!?貴方がたの美しさって、普通の女子には刺激強すぎるんです!ちょっとは控えて下さい!
「ああ…エレノア。僕の女神…。僕達の色を纏った君はなんて美しいんだ…!いつもの君が春の柔らかな日差しを受け、木漏れ日の中を舞う妖精だとしたら、今日の君は夜明けの朝日に照らされ輝く大地の女神のようだね」
オ、オリヴァー兄様ー!!美辞麗句のスキルがまた一つ、レベルアップしましたね!?
「エレノア…!ああ…本当に夢みたいだ…!僕の色を纏った美しい君をこうして愛でられるなんて…。君をこの世に生み出された女神様に、この身の全てを捧げ、感謝したい気持ちで一杯だよ…!」
セ。セドリックー!!?ち、ちょっ!さ、流石はオリヴァー兄様の弟!!美辞麗句のスキルアップが半端ない!!そんな色気満載な蕩ける眼差しでうっとり見つめないで!いつもの朗らかな君でいてっ!!
っていうか、本当にアルバの野郎共ってさぁ!!女を腰砕けさせる褒め言葉言わないと死ぬ呪いにでもかかってる訳!?普通に「似合うよ♡」「うん、可愛い♡」で良いんですよ!お願いだから、普通に褒めて!いちいち私の心臓止めるような攻撃的な美辞麗句止めて!!
「…エレノア…」
――ッ!…さ、最後はクライヴ兄様かっ!
いいですよ!こうなったら、どんな攻撃でも受けて立ちます!さあ、遠慮はいります…いや、要りません!どんと来て下さい!!
等と心の中で喚きつつ、身構えていた私の身体を、クライヴ兄様はフワリと抱き締めた。
「俺の最愛…!絶対に俺は、お前を誰にも渡さない…!!」
「に…にいさま…!」
耳元で、ハッキリと告げられたその言葉が、私の心に沁み込んでいく。
「はい…。兄様。私も絶対、離れません」
そう言ってクライヴ兄様に抱き着いた私だったが、すぐさまベリッと引き剥がされる。
「お嬢様!御髪が!」
「コサージュがずれました!クライヴ様!せめて帰って来てからにして下さい!」
「あ…ああ、悪い」
整容班達の鬼気迫る迫力にたじろいでいたクライヴ兄様に、オリヴァー兄様とセドリックの冷たい視線が容赦なく突き刺さる。
「…クライヴ…。口より手が早いって、どうかと思うけど…?」
「そういえばクライヴ兄上って、そういう所ありますよね…」
「す、すまん、オリヴァー!って、セドリック!余計な事言わんでいい!」
整容班達に服や髪を整えてもらいながら、私はいつもの皆とのやり取りに、知らず口元を綻ばせた。
「さて、それじゃあ皆行こうか。グロリス伯爵邸に!」
アイザック父様のお言葉に、私を含めたその場の全員が頷いた。
マリア母様に筆頭婚約者の変更を撤回してもらい、お爺様に一言物申す為。
いざ行かん!お茶会へ!
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エレノアのお支度、完成です!
ちなみにジョナネェ、3日完徹した後、寝込んでしまったそうです。
なんせ、エレノアのドレスだけじゃなく、兄様方や父様方の服も作っておりましたのでv
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