第186話 グロリス伯爵家のお茶会―支度編①―

「さあ!エレノアお嬢様!本日は気合を入れてお支度致しますよ!」


「よ…宜しく…お願いします」


いつも以上にやる気に満ちあふれた整容班達を前に、私は引きつり笑いを浮かべた。


「エレノアお嬢様!御髪の艶といい、お肌のハリといい、まさに珠玉のごとき完璧さです!!何者をも恐れる事は御座いません!!」


「う…うん。ミアさん達のおかげです…」


そして彼らの横には、同じくやる気に満ち溢れたミアさんや、猫獣人のエミリアさん、リス獣人のノラさんの姿もある。


グロリス伯爵家のお茶会に参加する事を決め、念の為にと学院もお休みしていたこの一週間というもの、私はミアさんを筆頭としたケモミミメイドさん達に、ボディーマッサージ、トリートメント、美顔エステ…といったあらゆるケアを施されて来たのであった。

お陰でミアさんの言う通り、普段の五割り増し、髪も肌も艶々のプルンプルンである。ありがたや。


ちなみに何故エミリアさんとノラさんがいるかというと、「聖女様から派遣されました!」「マテオさまから、あらゆる美容品を持たされております!」と、一週間前、王家の支援と称し、大荷物を持ってバッシュ公爵邸に突撃して来たからである。


どうやら「私達の命の恩人であるエレノアお嬢様のピンチ!」と、駆け付けてくれたらしい…のだが、一体どこからそんな情報が…。


「殿下方もご心配されております!」


「国王陛下方や王弟殿下方も同様です!」


「いざとなったら王宮に亡命する様にとのお言付けを賜っております!」


「美味しいワショクを沢山作って待ってるからね、と、聖女様も仰っておりました!」


…ああ、そうですよね。私、王家の『影』がついていたんだもんね。そりゃ皆知ってるわ。


兄様方やセドリックは、エミリアさん達の伝えてくれた、王家側のメッセージにブチ切れていたけど(亡命云々ね)、それでもこうして美容班として彼女らを派遣してくれたのだ。彼らとしては、あくまでヤバくなったら…という心づもりなのだろう。

アシュル殿下、ディーさん、フィンレー殿下、リアム、マテオ。…そして王家側の方々、心配かけて御免なさい。


「お支度が整い次第、私共で最高のメイクを施させて頂きます!」


そう笑顔で言い放った彼女らのケモミミや尻尾も、そのやる気に連動してめっちゃピルピルしていて、思わずその場の使用人一同共々、ほっこりしてしまった。嗚呼…緊張感がほぐされていく。和むなぁ…。


「ウィル!ジョナサンから届いたドレスは?!」


「おう、ここだ!お前達、後は頼んだぞ!?」


「おうよ!任せておけ!」


「私達の本気を見せてあげます!」


「我らがお嬢様の一世一代をかけた今日この日。磨き上げた技術の全てを注ぎ尽くし、俺達の手でお嬢様をアルバ王国一…いや、この世界で一番美しいご令嬢に仕立て上げてみせる!皆、気合を入れるぞ!!」


「「「おぉ!!」」」


…まるでこれから討ち入りに行くかのような、整容班達のやる気が熱い。(若干る気も含まれている気がしなくもないが)

まぁ、討ち入りに行くって言うのも、当たらずと言えども遠からずだけどね。


因みにジョナサンって、例のバッシュ公爵家お抱えのオネェデザイナーさんの名前です。


今回の件を知るや、出禁にも拘わらずすっ飛んで来るなり、あっという間に私を下着姿にひん剥いた挙句、勝手に採寸しまくった後、来た時同様すっ飛んで帰って行ったのだった。

…そして、たったの一日で山の様なサンプルを送り付けてきたのである。その鬼気迫る迫力に、流石の父様方や兄様方も、何も口を出せなかった。(そして済し崩し的に、彼(彼女?)の出禁は解除されたのである)


「いーこと、エレノアちゃん!今回はあんたの女としての矜持が試されてんのよ!?いつものポヤポヤ頭シャッキリさせて、気合入れなさい!ドレスは女の戦闘服。私があんたの貧相な乳と尻をカバーして、初々しくも婀娜な小悪魔風淑女に見えるよう、渾身の作品を仕上げてみせるわ!」


ふんす!と、ド派手なヒラヒラブラウスを着た胸を張りながら、やや…いや、かなり失礼な発言を力強く宣言する頼もしいオネェ様に、兄様方やセドリックは、なんと言っていいか分からない様子で顔を引き攣らせていた。

だが、言われた当の本人である私はと言えば、怒りよりも寧ろ「そこまで私の事を考えてくれて…!」と、感動の方が先に立ってしまい、思わず涙腺が緩んでしまう。


「ジ、ジョナネェ!有り難う!」


「いいのよ!あんたのドレス作りにかこつけて、お兄ちゃん達の身体の採寸しまくる特権は、誰にも奪わせないわ!!…それに、大切な妹には大好きな人達と幸せになって欲しいもの!」


若干、己の欲望混じりではあったが、私に対する思いやりをヒシヒシと感じ、感動した私は、ジョナネェに抱きついた。


「本当に有り難う!大好き!」


「や…やだもぅ、照れるじゃないの!全くあんたって子は、幾つになってもお子ちゃまなんだからっ!」


後に、ジョナネェが私に抱き着いた時の様子を聞いたところによれば、有り得ない位のデレデレ顔っぷりだったそうで、その場に居た全員がどん引きしていたそうだ(そして、兄様方はというと「自分達の身の安全の為にも、やっぱあのデザイナー…切るか…?」と呟いていたとかなんとか)。


ところで、何でこちらの事情をジョナネェが知っていたかというと、なんでも整容班とジョナネェは共に『紫の薔薇ヴァイオレット・ローズ』の常連で、今回の件も彼らから聞いたとの事である。(後に、整容班達はジョゼフに「守秘義務とは!!」と、延々と説教をされた挙句、吊し上げを喰らったとかなんとか…)


「みんな…。本当に有難う!!私…私、皆の為にも頑張るね!!」


私は目元を潤ませ、満面の笑みを浮かべながら、その場に居た人達全員にお礼を言う。


皆の熱気に飲まれ、オタオタしていた自分が情けない。皆、私の為に頑張ってくれているのだ。その期待に応えられなきゃ女じゃない!私も精一杯頑張らなきゃ!…って、あれ?何故か整容班の皆、真っ赤な顔で倒れ果てている。


「ぐっ…!お、お嬢様の笑顔が…眩しい!なんという尊さ…!!」


「この笑顔を守る為なら…。どんな激務でも、俺は耐え切ってみせる!」


「ああ…!ジョナサンの野郎にドレスその他の仕上げ要員としてこき使われようが、その所為で二日完徹しようが悔いは無い!寧ろ本望だ!!」


ちょっと、ジョナネェ!ひとの家の使用人、いつの間にこき使ってんの!?ってか二日も完徹しちゃダメでしょ!?ちゃんと寝て下さい!!


「ミア、そろそろあんた、私達と職場交代しなさいよ!」


「そうよそうよ!あんたばっかり、お嬢様の笑顔を毎日見られるなんてズルいわ!」


「代わるも何も、私はここに就職したんだからね!羨ましいんなら、貴女達も公爵様に就職願いを提出すればいいのに」


「そ、それは…。ジル様やグレイ様が許可されなくて…」


「わ、私は提出した筈なんだけど、いつの間にかサイラス様とガイ様とマシュー様に握りつぶされてて…」


…うん。王宮の皆様。着実にケモミミメイドさん達に包囲網敷いているみたいですね。


ってか確か、ジルさんとグレイさんって、グラント父様の部下の騎士さん方だし、サイラスさんとガイさんってアイザック父様付きの文官だったような…?あ!マシューさんって確か、魔導士団の副団長さんだ。ううむ…。流石は父様方の部下達。抜け目がないな。


「さぁ!では張り切っていきましょう!!」


そうして再び、お茶会に向けたドレスアップ大作戦が開始されたのであった。



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女性のお支度とは、時間がかかるものなのです。

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