第185話 自分の役目
その男が前触れもなく、フラリと『
「よう!メイデン」
「あらー?久し振りねぇ、グラント。ここに来たって事は、アイザックに許して貰えたのかしら?」
この男、あの
ついでに、メルヴィル経由でそれを知った自分も、「アイザックに許される迄来んな!もし来たら潰す!!」と厳命していたので、ここにやって来たという事は、アイザックの許可が降りたという事なのだろう。
「…まぁ、ワイアット爺さんの口利きのお陰で何とかな…。っても、アイザックの野郎は完璧に許してねぇから…ま、仮ってトコだな」
ああ、成程。あの本気で怒っていたアイザックが、よく一ヵ月やそこらで許したなと思ったが、ワイアット宰相が取り成したのか…成程。
胸中で納得しながら、あの渋強面な爺さんの姿を脳裏に思い出す。
彼がここを訪れたのは数回程。そのどれもが、仕事から逃げて隠れていたアイザックを捕獲する為だった。
「騒がせて申し訳なかった。詫びに、今ここに居る者達の今日の飲み代は全て、ワイアット家にツケてくれ」
…なんて、その度にクールに言い放っちゃう渋いイケメンっぷりにやられ、隠れファンがこの店に大勢いるのは、ここだけの話である。
「あーっ!!グラントちゃん!!」
「ちょっとぉ!超久し振りじゃなぁい!?会いたかったぁ!!」
「ねぇねぇ、エレノアちゃん元気!?アイザックちゃんやメルちゃんにお願いしてんのに、全然ここに連れて来てくれないのよぉ!!酷くない!?」
「グラントちゃんなら、そこら辺問答無用でパーッとエレノアちゃん連れて来れるでしょ?ね~?お願い♡」
グラントの姿を確認した途端、店内の子達がワッとグラントを取り囲んだ。
「おいおい、んな事出来っかよ!今それやったら、真面目にアイザックにぶっ殺されんぞ!?」
「グラントちゃんなら大丈夫でしょ~?」
「そーよー!殺しても死ななさそうだもん!」
「てめぇら…。俺を何だと思ってやがんだよ!?」
「「「え~?イケメン脳筋おバカ?」」」
「ぶっ殺すぞ!?この男女共が!!」
「「「ひっど~い!!」」」
軽口を叩き合いながらも、女の子達は皆、何だかんだと楽しそうだ。
メルヴィルやアイザック同様、グラントも身分や性別といったもので相手を測ろうとしない。あくまで素で天然。己で見て感じたものを信じて接し、行動するのだ。
そんな彼を慕う者は多く、無名の冒険者時代から老若男女問わず好かれていた。この店で給仕長を務めているハリソンも、グラントに惚れて冒険者パーティーに参加した内の一人である。
…尤も、猪突猛進の脳筋野郎ゆえの暴走に、常に巻き込まれていた人間からしてみれば、「てめぇ!いい加減にしやがれ!マジでぶっ殺すぞ!?」…というのが正直な感想だ。実際、それらの被害に対するフォローを入れるのは、全て相棒たる自分の役目だったのだから。
『あの時代は毎日が楽しく充実していたけど、それと同様に修羅の日々だったわね…』
そんな遠い日々のアレコレを遠い目で思い出しながら、メイデンはパンパンと両手を叩く。
「ほら、あんたら!そろそろ閉店準備してちょうだい!ああ、それとハリソン。別室に酒とつまみを用意しておいて。作業が終わったら、あんたら全員そのまま帰って良いからね?」
「「「「はーい!」」」」
「おい?メイデン」
「久し振りにサシで一杯ひっかけるわよ!…あんたもそのつもりでここに来たんでしょ?」
――そう。昔から
◇◇◇◇
「…ふ~ん…。成程、可愛い義娘と息子のピンチに、自分が役に立ちそうも無いって落ち込んでる訳?」
「…ま、端的に言えばそうだな。あ~!これが冒険者時代だったらなぁ!一発入れて終わるんだがなー!」
「終わんないわよ!!一発入れてスッキリした後には、膨大な後始末ってやつが付いてくんの!!」
高級ワインを瓶のままラッパ飲みしている、元相棒の言動に眉間をほぐしながら、こちらも同じく、瓶を手に持ちワインを飲み干す。
いや、最初はちゃんとグラスで飲んでいたのだが、対面で飲んでいるとつい、飲むスピードが速くなってしまうので、互いにグラスに注ぐのも面倒となり、最終的にはこのような飲み方となるのである。
互いにウワバミなだけに、店の酒を飲み尽くさないよう、普段はちゃんとグラス飲みで調節しているのだが、今日はもう店も閉店だし、たまにはこうして心ゆくまで酒を飲み交わすのも良いだろう。
ちなみに別室飲みにしたのは、こんな姿を店の連中に見られたくないからだ。美人マダムとしての沽券にかかわる。
「メイデン、美味いなこれ!こんなのこの店に置いてあったっけか?」
「あんた好みだと思って隠していたからね」
「おい!何で隠すんだよ!?」
「てめぇの飲みっぷりを顧みろ!このウワバミが!」
それにしても、我が義娘は獣人王国に続き、またしてもトラブルに巻き込まれている様だ。なんというか…。言いたくは無いが、一度神殿にお祓いに行った方がいいのではないだろうか?
――まあ、でもそういったトラブルに見舞われるのは、致し方無い事なのかもしれない。
なんせ我が愛する義娘は、あんなに可愛くて素直で、この国の女の基準からズレまくっているような子なのだ。しかも巷で話題の実録小説に加え、実際に戦った姿を見た者の口伝も広まり、「姫騎士の再来」なんて言われているのである。寧ろトラブルに巻き込まれない方がどうかしている。
「…ねぇ、グラント。ワイアット宰相に言われたからって、あのアイザックが仮にでもあんたを許すと思う?きっとあんたには、あんたにしか出来ない役割があんのよ。それにあんたって、ただその場にいてくれるだけで、悩み事なんてどーでもよくなったりするからね」
…そう、破天荒で考え無しの行動に神経をすり減らされてはいたが、それと同時に、その広い懐と裏表の無さに、どれ程救われたか知れない。
女性上位のこの世界に置いて、女を愛せない男や、『女』として男を愛する自分のような者の立場はとても低い。女性が極端に少ないがゆえに、存在自体は認められていても、やはり差別の対象になり易いのだ。
特に『冒険者』などは、孤児やならず者と言われる者が多い為、性癖をひた隠して己を偽り、生活している者が大勢いた。
ましてや怪我や体力低下により廃業した者達などは、寄る辺も生活の保障も無く、やむにやまれず男娼となる者も少なくないのだ。
…だから自分は、そんな冒険者達や性癖に悩んでいる者達が安心して働けるような場所を作りたいと、ずっと思っていた。
悩んで悩んで、それをグラントに打ち明けた時、この男はアッサリと「あー、いいんじゃね?だったら餞別代わりにここやるわ!」と言って、自分がアイザックから譲り受けたこの館を、まるで飴でもくれるようにポンと寄越してくれたのだった。
この『
なんかしゃくに障るから素直に言った事は無いけど、こいつの為なら命だって賭ける覚悟はある。それは同じく仲間だったハリソンや、この場所によって救われた沢山の者達も同様だろう。
アイザックもメルヴィルも、こいつに振り回されながらも親友をやっているのは、主に精神面で救われていたからに違いない。
「…そーだな!エレノアの為に出来る事があるってんなら、何でもやってやりゃあいいんだ!居るだけで良いってんなら、幾らでもエレノアの傍にいてやるし!寧ろご褒美だな!」
「いや、それはあくまで比喩表現だからね?」
その言葉のまま、エレノアにピッタリ張り付いていたら、寧ろ息子にとっては嫌がらせに等しいだろう。
「ありがとなメイデン、スッキリしたわ!やっぱ持つべきものは昔馴染みだな!男女だけど!」
「あんた…凹んでいても、その減らず口は健在ね。…まあ礼なら、落ち着いた時で良いからエレノアちゃん連れて来なさいよね。…ところで、あんたらのお悩みに直結してるかどうか分からないけど、ちょっと気になる事があったから教えてあげる」
「おぅ?何だよ気になる事ってのは」
「実はね、ここ最近来店した客の事なんだけど…」
メイデンの話を聞いていたグラントの顔付きが徐々に険しいものへと変わっていく。
「…悪ぃなメイデン。今晩は帰るわ」
「良いわよぉ?こっちは寧ろ、酒飲み尽くされなくて助かったもの」
「この借りは、いずれまた」
「あんたから貸しは作らない主義なの。どーせ返せやしないんだから!」
「まぁ、そう言うな!とにかく助かった。また来るな!」
「なるべく早く来れる様にしなさいよね!」
ヒラリと手を振り、そのまま足早に出て行くグラントの姿を見送りながら、メイデンは自分のボトルの中身を一息に飲み干した。
「まったくねぇ…。イイ男なんだけど、好みじゃないのよね。残念!」
そう呟き、机の上に転がっている何本もの空のボトルを眺めたメイデンは、もう一本ボトルを追加すべく、ソファーから優雅な仕草で立ち上がったのだった。
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==おまけ==
「ワイアット宰相ー!!何なんですか、この飲み代の請求書!?額が半端ないんですけど!?」
「…アイザックよ…。お前を捕獲する為の必要経費だ。ゆえにお前が払え!」
「ええーっ!?何ですかそれ!?あんたが「全額ツケで」なんてカッコつけたからでしょうが!!あの連中、ウワバミ揃いなんですよ!?こうなんのなんて、当たり前でしょうが!!」
「やかましい!分かっとるわ!!これに懲りたら、今度から逃亡すんな!!」
「鬼!悪魔!!」
…一回目は自腹を切ったワイアット宰相ですが、二回目以降はアイザック父様に請求を回すようにな
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