第十一章 新たなる思惑と婚約者としての覚悟
第178話 パトリック・グロリス①
剣舞が終わり、柄と鞘が重なった音を聞き我に返った私は、何故か自分の周囲が花びら塗れになっている事にまず首を傾げた。あれ?この会場に、薄紅色の花なんて咲いていたっけか?
「ん?」
それからすぐ、自分に向けられる、狂気に近い熱気というか、凄まじい視線に身体が硬直してしまった。
「と…尊い…!!」
「なんて…美しい…!!」
「ああっ!!もぅ…もう、いつ死んでも悔いはない…!!」
「どこからともなく舞い落ちる花弁…。あれこそ姫騎士を祝福する女神のご慈悲!!ううっ…か、感動で…目が霞む…っ!!」
陶酔し切った眼差しを向けながら、感動や興奮を口々に述べ、咽び泣く彼らの顔は、一様にこう…逝っちゃってるというかなんというか…。ハッキリ言って、超恐い!
ってか、そう言えばこの花びら、セドリックとリアムの演出じゃなかったっけ?それが女神様のご慈悲って事になっちゃってるの!?ちょっとセドリック、リアム!訂正しなさいよあんたら!!
「エレノア、さっさと行くぞ!」
いつの間にか私の傍に来てくれていたクライヴ兄様に手を取られ、一応優雅に舞台から降りた私は、オリヴァー兄様と、その近くにいたセドリックとリアムに、何とか引き攣り笑いを向けた。
すると何故か、その場の視線が彼らに一点集中する。
「上手いぞエレノア!よしっ!今の内に走るぞ!」
「え?は、はいっ!」
私とクライヴ兄様はその隙に乗じ、そそくさと会場を後にしたのだった。
「エレノア、剣舞見事だったぞ!」
「有難う御座います!クライヴ兄様!」
「だが、練習の時より切り技が多かった気がするが?」
「あ、そうですか?…えーと…。ひょっとしたら、切り技したくなるような、なんらかの要素があった…とか?」
「ああ…。変態の妄執が渦巻いていたからな…」
「は?変態の妄執?」
「気にするな」
「ちょっ!気になりますよ!」
クライヴ兄様に誘導され、互いにちょっと小走りになりながら、私達は会話を交わした。
熱狂している見学者達を避けながら校舎に戻ろうとするので、当然と言うか人気の無い裏庭を歩く事となるのだが、幸い今は校舎にいるほとんどの人達が会場に集まっている。その為、全く人と遭遇する事なく、移動することが出来た。
目当ての校舎に、あと少しで到着しようとするその時、ふいに背後から柔らかい声がかかった。
「エレノア・バッシュ公爵令嬢?」
振り返ると、いつの間にかそこには、スラリとした長身の男性が立っていて、こちらを静かに見つめていた。
すかさず、クライヴ兄様が私を守る様に前方へと出て来る。
「あの…?どちら様でしょうか?」
制服も着ておらず、教員…といった風でもない見慣れない男性に、困惑しながら尋ねる。すると彼は、思わず見惚れてしまうような麗しい微笑を浮かべた。
――こ…これは…!久々に目にブッ刺さる程の顔面偏差値の高さ…!!
「ああ、失礼。私の名前はパトリック・グロリス。バッシュ公爵家の分家筋にあたる、グロリス伯爵家の嫡男ですよ」
――グロリス…伯爵家…って!マリア母様のご実家の名前では!?
「え!?あの、それじゃあひょっとして貴方は…!?」
私のお爺様!?…んな訳ない。あまりにも若すぎる。ではマリア母様の夫の一人である、現伯爵…?いやいや、やっぱり若過ぎる。という事は、必然的に彼は…。
「そう。君の兄だよ。初めましてエレノア。先程の演舞、素晴らしかったよ」
「あ…有り難う御座います」
ニッコリと微笑む彼…パトリック兄様を、私はまじまじと観察する。
私や両親達と違い、全く癖の無い、サラサラした淡いストロベリーブロンドの髪は、全体的に長めにカットされていて、どことなく中性的な印象を与える。
瞳は逆に、柘榴のような光沢のある深紅。肌は透き通るように白く、顔も小顔だ。
マリア母様とは全く似ていないから、多分パトリック兄様の父親が、こういった顔立ちをしているのだろう。基本、この国の男性達は父親に容姿が似るからね。
そういえば、マリア母様がこの人を産んだのは、確か15歳位だったと聞いた事があった。
そしてアイザック父様と結婚したのは、そのすぐ後で16歳ぐらいの時。その後、18歳でクライヴ兄様を産んでいるから…。計算すると、彼は今、23~24歳…といった所だろう。
でもこう言ってはなんだけど、パトリック兄様。実年齢よりうんと若く見える。下手するとクライヴ兄様よりも年下に見えてしまう程だ。
全体的に見た感想としては、絶世の美貌を持っていても、ちゃんと男寄りな美形のオリヴァー兄様とは違い、美形というより『美人』と言った方が合っている人だ。若く見えるのはそういった要素もあるのだろう。
『でも、パトリック兄様…。何で私に会いに来たんだろう』
父様の話では、小さい頃に何度か顔合わせをした事があったようだけど、パトリック兄様の方から会いたいと言ってきた事は一回も無かったと聞いている。
それに確か、母様の話によれば、今は引退しているという私の祖父は、男性血統主義者で、現当主であるグロリス伯爵自身もそういった思考をしているのだという。…つまりは前世の世界で言う所の、男性至上主義的なお偉方達と思考が近いのだろう。
…という事は、私を優しい表情で見つめてくるこの人も、そういう考えを持っているのだろうか?だから『女として』価値の上がった私に、接触して来たというのだろうか?
でも、穏やかな表情を浮かべるこの人からは、そういった打算的なものは一切感じられない。母様も自分の父親の事は悪く言っても、パトリック兄様に関しては何も言っていなかった。
という事は、お爺様か父親のグロリス伯爵に言われて、仕方なくここにやって来たのだろうか?
「君とも、直接話してみたかったんだ。初めましてクライヴ。君の兄のパトリックだ」
「…お初にお目にかかります。オルセン子爵家当主、グラントが嫡子、クライヴです。弟とお認め下さり光栄です。パトリック兄上」
クライヴ兄様が慇懃に挨拶をした後、深々と頭を下げた。
この世界…というか、貴族社会では、いくら同じ母親から生まれたとしても、上位貴族の兄弟が認めなければ、兄弟としての名乗りは出来ないのが決まりなのだそうだ。だから
「ところでパトリック兄上。先ぶれも無くこちらにおいでになられたのは、どのようなご用件があっての事でしょうか?」
「うん、実は我がグロリス伯爵家主催のお茶会にエレノアを誘おうと思ってね。はい、これ招待状」
「…一応受け取ってはおきましょう。ですがこのような要件は、直接お嬢様にではなく、バッシュ公爵家に正式に申し込まれるのが筋ではありませんか?」
「それがねぇ…。何度も正式にバッシュ公爵家に打診しているんだけど、ことごとくお断りされちゃっててね。だったら直接本人に渡せばどうだろうって考えて、こちらまでやって来たという訳なんだよ。それに、将来妻となる子なのだから、今のうちに交流を深めておきたいしね」
――え?パトリック兄様。今なんと仰いましたか?
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奉納舞は浄化の舞でもあるのですv
どうやら無意識的に、バッサバッサと黒い何かをぶった切っていたもよう。
そして遂に動き出したグロリス伯爵家です。
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