第177話 【閑話】とある伯爵令嬢の呟き

わたくしの名はララ・マーリン。マーリン伯爵家の一人娘でございます。


突然ですがわたくし、エレノア・バッシュ公爵令嬢が嫌いでした。ええ、それはもう、憎んでいると言っても過言ではありません程に。


でもそれは当然の事かと思われます。


世の女性であれば憧れずにはおれない、オリヴァー・クロス伯爵令息のみならず、弟君であらせられます、セドリック・クロス伯爵令息、クライヴ・オルセン子爵令息という、最上級クラスの殿方達を婚約者に持つだけでも分不相応であるにもかかわらず、あろう事かリアム殿下までをもあの様に侍らせるなど…。まさに女の敵と呼ばざるを得ない存在だったのですから。


しかも有り得ないことに、この学院の殿方達の多くは、彼女に対して非常に好意的なのです。しかも信じられない事に、あの女性嫌いの第三勢力同性愛好家の方々までもがです。本当に、有り得ません。どうなっているのでしょうか。


これも彼女のあの、見境なく殿方に媚びる手法によるものと思うと、どうにも許せないという気持ちが、心の中で嵐を起こすのでございます。


――そしてある日を境に、学院の雰囲気は一変いたしました。


あの乱暴で恥知らずな獣人王国の留学生達が学院を去った後、何故か殿方の誰もが夢を見るような面持ちで、バッシュ公爵令嬢の事を熱く語るのでございます。


婚約者のお一方から事情を伺いましたところによれば、なんとあの傍若無人な獣人王国の王女方を、あろう事かあのバッシュ公爵令嬢が決闘で打ち負かしたと言うではありませんか!


そんな馬鹿な事を…と、わたくしは信じておりませんでした。ですが王家からの正式な発表で、わたくしはそれが事実である事を知ったのです。


それからは誰も彼もがバッシュ公爵令嬢の事を「姫騎士」と呼び、更には今までわたくしに愛を請うていた殿方達が皆、私の元から離れて行ったのです。


勿論、婚約者の方々はわたくしの元から去りませんでした。ですが彼らも口々に、あの戦いの事を熱く語り合うのです。


そして止めとばかりに、久し振りに見たバッシュ公爵令嬢の姿は、以前の様なお世辞にも可愛らしいと言えない容姿から、非常に愛らしい姿へと変わっていたのです。

それを見た瞬間、わたくしわたくしの持っていた女としての矜持が足元から音を立てて崩れたような衝撃を受け、心は千々に乱れたのでございます。


転機が訪れたのはその後、割とすぐの事でございました。


他のご令嬢方に誘われ、わたくしは婚約者とリアム殿下のクラスの実技授業を見学しておりました。ええ、という事は当然と言うべきか、バッシュ公爵令嬢も参加するという事で…。


――ですが、その時目にしたバッシュ公爵令嬢の姿は、ある意味未知の衝撃とでも言うべきものでございました。


なんと、豊かに波打つヘーゼルブロンドの髪を綺麗に結いあげられ、体操服にしては大変に可憐な…それでいて騎士の方々が纏うような、凛々しい服装に身を包んでいらっしゃったのです。


普段ご令嬢方が着る服装のどれもが当てはまらないバッシュ公爵令嬢のその出で立ちに、わたくしの胸は不覚にも高鳴りました。


でも驚きはそれだけではありませんでした。なんと彼女はオルセン子爵令息と剣で打ち合いを始めたのです。


煌めく白刃。しなやかに動き回る肢体。その無駄のない動きと、まるで対で剣舞を舞っているかの様な美しい所作に、何時しかわたくしも他のご令嬢方も、周囲の殿方達同様、息をするのも忘れて魅入ってしまっておりました。


その後、わたくしはどのようにカフェテリアに移動したのか、よく覚えてはおりません。気が付けば席に座って、婚約者のお一人からお茶を勧められていたのでございます。


わたくしは思い切って、彼に決闘の時のバッシュ公爵令嬢の様子を聞いてみました。いえ、決して彼女に興味が湧いたとか、そういう訳ではございません。ただ、ちょっと…気になってしまっただけなのです。


「…これを…」


すると婚約者の方が、おもむろにスッと、一冊の本をわたくしの目の前に差し出されたのです。その本の表紙を見た瞬間、大変不覚にも、私の胸は最大級に高鳴りました。


だってその本の表紙には…。騎士服(のような…ドレス?)に身を包み、剣を手に凛々しく立つバッシュ公爵令嬢の姿が描かれていたのですから!


わたくしはその本…『姫騎士の再来~守るべきものの為に~』を手にし、中身を読み始めました。


その息つく暇もない、まるで自分がその場で決闘を鑑賞しているかのような見事な文章力に、どんどんと引き込まれていきます。そして…ああ!何という事でしょう!所々に入っている美麗な挿絵に、わたくしは心を撃ち抜かれてしまったのです。


読み終わった後、不思議な充足感と幸福感が私を包み込んでいるのを感じました。そしてそんな私を見て、婚約者の方は強く、深く頷かれたのです。


――その日を境に、彼…というか、婚約者の方々と私は『同志』となりました。


そう…。男とか女とか、そういう次元を飛び越え、『姫騎士』という尊い存在を崇め称える同好の士として、私達は魂の結びつきを得たのでございます。


あの時、わたくしと共に バッシュ公爵令嬢の雄姿を目の当たりにしたご令嬢の方々も、婚約者や恋人の方々に導かれ、次々と目覚めていっておられるようです。


そうこうしている今も、美しい婚約者の方々と戯れる『姫騎士』の姿を、憧れを持って見つめる、隠れ信者のご令嬢方を確認いたします。

そして『姫騎士』という共通の話題を重ねているうちに懇意となり、新たなる婚約者や恋人となる方々もお見受けしております。


かくいうわたくしも、婚約者の方々との会話が楽しくて仕方がありません。それに今迄知らなかった、方々のご趣味や特技などを知り、色々な世界が目の前に開けたような、そんな気が致しております。


今度、わたくしは人生初の乗馬を、筆頭婚約者の方と練習するお約束を致しました。折角ですので、憧れの『姫騎士』に少しでも近づけるよう、頑張りたいと思います。


――さて、そろそろ移動するとしましょうか。


どこへって?ああ、今日は午後から、バッシュ公爵令嬢のクラスでは実技の授業があるのです。


今から移動しなくては、絶好の鑑賞ポイントが無くなってしまいます。え?召使に何故させないのかと?最近では、侍従では返り討ちに遭って場所が奪われてしまうからです。場所取りは戦場なのでございますよ。


あ!他のご令嬢方も動き出しましたね。私も急ぐと致しましょう。

今日の実技は格闘技との事。非常に楽しみです。




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『推し』…それは、全てのものに融和と萌えをもたらす、至高の存在。


アルバの男性陣。無駄に高いスペックをフルに使い、布教活動に勤しんでおりますね。

ちはみにこちらの伯爵令嬢、肉食女子の中ではお淑やかで大人しいタイプの子です。

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