第176話 剣舞

「…なんで…。こうなってるの…?!」


今現在、私は獣人王女達と決闘を繰り広げた、あの攻撃魔法の試験会場に立っている。

そう、かの有名な戦闘アクション漫画でよく出て来る、天下一を決める武闘会の試合会場的なあそこですよ。


私と王女達との戦いで、完膚なきまでにズタボロになっていたのだが、今は元通り綺麗になっている。…というより、何か前より綺麗になっている気がする。

床に敷き詰められているのって、滅多にお目にかかる事が出来ない魔鉱石ではないでしょうかね?しかも純白って、初めて見ましたよ。


そして何故か、その周囲にはクラスメイト達だけでなく、大勢のギャラリーが私の立っているステージ(?)を取り囲んでいるのだ。


ってか、このステージを一番よく鑑賞出来る位置に、いつの間にか貴賓席が作られちゃってて、しかもそこにちゃっかり、学院長とオリヴァー兄様が隣同士で座ってるんですけど!?


学院長!仕事どうした!?兄様も授業は!?…え?もうすぐ卒業だから、授業はもう無いんですか?生徒会の仕事をしに来ているだけだから、ここにいても問題無い?あ、そうですか。


不幸中の幸いか、貴賓席にロイヤルズの姿は見られない。


まぁ、そもそもロイヤルな面々が、学院の一女学生の剣舞なんてもんを見学しに来る事態、有り得ない事なんだけどね。

でもあの方々だったら、絶対面白がって誰かしらが鑑賞しに来るかもと思っていたから、正直ホッとした。


『それにしても…』


今回は以前の決闘の時と違い、ご令嬢方も沢山見学しているうえ、剣舞の見学だから緊張感も無く、皆和気あいあいとしていて、とても楽しそうだ。


でも確か今日の剣舞、クラスメイト達の参考程度に…って話だったよね!?なのに何でこんなにギャラリーがいるの!?

ってか、明らかにサボりと分かる学生達や教員の方々多すぎなんですけど!?これって明らかに、この学院のトップである学院長が仕事サボっているからだよね!?学院長!今からでも遅くないから、さっさと仕事に戻って下さい!!


そんな気持ちを込め、貴賓席を睨み付けると、お歴々方は皆、そんな私に対して物凄く良い笑顔を浮かべながら頷いている。

「気合十分だね、頑張って!」って、声なき声が聞こえてくるようだ。違うっつーの!!


ちなみにだが、今回の私の出で立ちはと言うと、前世の小袖と袴を身に着けたような姿となっている。当然、今履いているのは靴ではなく足袋である。

そして髪型はというと、頭のてっぺんに一つ縛り…。所謂、ポニーテールというやつだ。


勿論これ、私がイラストを起こし、それを元に整容班に作ってもらった衣装だ。

やはりというか、前世で習った剣舞を舞うからには、着慣れた和装でやるのが一番である。足さばきが間違っても、隠せるという利点があるしね。


ちなみに小袖の色は純白で、袴は黒一色である。ついでに言えば、刀を差す為の紐…というか、それに見立てたベルトは焦げ茶色。


兄様方やセドリックは、「自分達の色を纏ってくれた!」と大感激してくれたし、整容班ならびに召使達は「流石はエレノアお嬢様!」と感動してくれていた。…のだが、私としてはこの配色、意図した訳ではなく、前世での剣舞の衣装がこれだったからという、至極単純な理由だったのである。


…だが、私は空気の読める女。感動に水を差すべきではないと判断し、敢えて訂正はしませんでしたとも。ええ。





「…ああ…!!今日の装いはなんという…。極限まで華美を排し、全ての生き物の母である女神様を称えるべく、白と黒という混沌の原初の色を纏って奉納舞を捧げようなどと…なんという思慮深さ…!まさに至高の存在である姫騎士…。はぁ…尊い…!!」


「…おい変態マロウ。いい加減こっちに戻って来い!」


「あれ?ヒューバード総帥。何でこちらにいらしてるんですか?」


「お前が映像の記録係を蹴ったからに決まってるだろうが!!」


静かな怒りを全身から発している上司に対し、マロウは「やれやれ」とでも言うように首を横に振った。


「当たり前でしょう?そんなん気にしながらなんて、折角の尊い剣舞、ガッツリ楽しめないじゃないですか!姫騎士に対する冒涜ですよ!?」


「お前…。仕えている王家雇用主への冒涜はどうでもいいのか?」


大真面目に力説する、どうしようもない副官を前に、ヒューバードは額にビキビキと青筋を浮かべた。


「それに、総帥の方が僕より実力上なんですから、ソレ使えば最高の映像が撮れますって!」


マロウの言う『ソレ』とは、ヒューバードが手にしている手のひらサイズの丸い水晶のような魔道具の事である。


この魔道具は王家の至宝の一つで、使用者の目を通し、映像を魔石に記録する事が出来る大変貴重な代物だ。以前エレノアが決闘を行った際にも、実際にこれが使用されている。


実は今回、国王陛下や王弟殿下達は、しっかり剣舞を鑑賞する気満々であったのだが、宰相のワイアットが「他の者達や殿下方に示しがつきません!というかあんたら、仕事サボるな!!」と却下したのである。


実際、アシュルもディランもフィンレーも、シャニヴァ王国の移民関連の仕事が詰まっており、血の涙を流しながら、今回の鑑賞を断念したという経緯があった為、国王と王弟達は渋々自分達も鑑賞するのを断念したのである。


で、「ならば!」と、この魔道具をヒューバードに託したのである。ようは剣舞の一部始終を記録して来いという訳なのだ。


勿論、ヒューバードとしては、仕事として堂々とエレノアの剣舞を鑑賞しに行けるのは、全くもってやぶさかではない。…というより、非常に役得である。


ただこの魔道具、使用する際、己の魔力を使って調整しなくてはならない為、きちんとした映像として記録する為には、大変に気を使うという欠点があるのだ。つまりはマロウの言う通り、純粋に剣舞を楽しむ事が出来ないのである。


だから映像の記録をマロウに押し付けようとしたというのに、「は?何言ってんですか?嫌です!」の一言で終了。常々殺意が湧く奴ではあったが、今回ばかりは真面目に殺してやろうか?という考えが頭をよぎったものだ。…色々使える奴だからと、何とか紙一重で思い止まったけど。


「あ、ほら総帥!そろそろ始まりそうですから、頑張って下さい!僕ももう行きますねー!じゃっ!」


――やっぱりあいつ、殺そう。


再び戻って来た殺意を胸に、ヒューバードも絶好の撮影ポイントを探すべく、その場から姿を消したのだった。






『…もう…こうなったらやるしかない…!精神統一して…。舞う事だけに集中しよう』


私は胸中でそう呟くと、深く溜息をつきながら覚悟を決めた。



スッとステージの中央に歩を進め、表情を引き締め一礼すると、背筋を張った状態のまま、腰を低く落とす。


…その瞬間、今迄騒がしかった会場が静寂に包まれ、緊張感に身が引き締まる。



どの格闘技でも同じだろうが、上半身をぶれさせず、下半身を使って流れるような動きをする事が剣技の基本であり、美しい所作とされる。


私は腰に差した柄に手をやると、刀をゆっくりと引き抜き、真一文字に一閃する。


シャラン…。


白刃が空を切る音と魔力が共鳴し、硬質な美しい旋律を奏でる。


そうして私はゆっくりと立ち上がると、刀を構え、滑る様な足裁きを駆使しながら、斜め袈裟切りや回し切り、突き技などを要所要所に盛り込んだ剣舞を披露していったのだった。




「…ああ…。美しいね…!」


オリヴァーが夢見る様な面持ちで熱い視線を送る先には、白刃を煌めかせ、見慣れぬドレス(?)の裾を翻しながら舞うエレノアの姿があった。


流れる様な美しい動きの中で、時折見えぬ敵を倒すかのように、白刃が鋭く空を切る。その都度、刃の動きとエレノア自身の魔力が共鳴し、まるで旋律を奏でる様な、美しい共鳴音が周囲に響き渡る。

更に、ひらり、くるりと舞う姿に合わせ、セドリックとリアムの演出であろう花風が舞い踊る様は、まさに女神に捧げる奉納舞というのに相応しい美しさだった。


剣舞には精神統一の作用もあるというエレノアの言葉通り、一旦舞に集中すると、エレノアは周囲がまるで目に入らなくなる。


それを良い事に、エレノアの練習中を利用し、リアムとセドリックは土の魔力と風の魔力による花風をエレノアの周囲に舞わせるリハーサルを繰り広げていた。


それに自分やクライヴも途中から混じり、「青の花弁はダメだな」「深紅も雰囲気に合わない」「白…いや、いっそ薄紅色なんてどうだろう?」などと、演出に口を出していたのである。(そんなエレノアの姿を、ウィル、ミアを含む使用人達一同は、地面に片膝を着き、手を組み、涙ながらに祈りを捧げていた)


その甲斐あって、舞い踊る淡い薄紅色の花弁は、エレノアを美しく彩り、文字通り彼女の剣舞に最高の花を添えている。


エレノアの前世における『神』に捧げられるという、刀を使った邪気払いの奉納舞は、その可憐な姿と対局の、凛とした表情が一種の神々しさを携え、ただただ美しかった。


素早くオリヴァーが周囲を見回すと、陶酔の面持ちでエレノアを見つめる男子生徒達や教員達に混じって、熱い視線をエレノアに贈っている女子生徒の姿があちらこちらで見受けられた。

皆、男子学生達に負け劣らぬ程、恍惚とした表情を浮かべながら頬を染め、エレノアの姿に魅入っている。


『まさか、こうなるとは思っていなかったね…』


エレノアを敵視していたご令嬢方の中で、エレノアに憧れる者達が出始めている…と、影達からの報告を聞いた時は、流石に最初は信じられなかったものだ。


だが、その報告通り、確かにエレノアに対して好意的な視線を送るご令嬢方は着実に増えていっている。


エレノア本人は気が付いていないだろうが、ご令嬢方による姫騎士愛好会なるものも発足しているのだ。そして、エレノアに憧れるあまり、エレノアの行動を模倣し、婚約者達や恋人達と以前よりも格段に良好な関係を築くご令嬢方も出始めているのだという。

今迄のこの世界の常識から考えれば、それは信じられないような変化だった。


「…本当に僕の…いや、僕達のお姫様はたいした子だね」


エレノアを中心に広がる波紋は穏やかに、だが着実に広がっていっている。しかも、とても良い方向に。


だがその波紋は、要らぬモノをも揺り起こしてしまう、諸刃の剣でもあるのだ。


「愛しいエレノア。…大丈夫。君は僕が必ず守ってあげるから」


――この身の何に代えても…ね。


そう呟きながら、オリヴァーは最愛の妹が繰り広げる剣舞に、再び魅入られていったのだった。



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女の人の舞う剣舞を見るのが大好きです!

あれ見ると、自分もやってみたいなーと思うのですが、多分指切って終わりだと思います( ;∀;)

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