第175話 ヤル気スイッチ

「エレノア、もういいか?」


「はい!クライヴ兄様、お願いします」


クライヴ兄様に返事を返しながら、私はカーテンの間から顔を出した。


「ん。じゃあ後ろ向け」


言う通りにすると、クライヴ兄様が手際よく背中のボタンを留めていく。


…毎度思うのだが、この簡易戦闘服もどき、なんで一人で着られない仕様になっているのだろう。しかも何気にドレス仕様な服なので、無駄に凝った装飾があるのが何とも頂けない。

今日の服など、背中にズラリとボタンが並んでいるタイプなのだが、これ、前の方に付ければ良かったのではないだろうか。


「それこそ整容班の連中の拘りなんだろ。ほれ、次は髪を結うから椅子に座れ」


そう言うと、これまた手際良くリボンを使って私の髪を編み込みながら、一纏めにして結い上げていく。

ドレスの着付けのみならず、髪のセットまでマスターしましたか、兄様。


…最近とみに思うのだが、クライヴ兄様のスパダリ感が留まるところを知らない。この分では、いずれ料理や刺繍までも完ぺきにこなしてしまうのではないだろうか。


「私、クライヴ兄様がいなかったら生きていけない(生活していけない)気がします」


何気なく呟いた途端、クライヴ兄様の手がピタリと止まった。


「クライヴ兄様…?んんっ!」


――物凄い力で抱き締められたと思ったら、激しく口付けられ、息が止まりそうになる。


「ああ。俺もお前無しでは生きていけない…!」


目元を紅く染め、壮絶に色っぽい表情と声が私を撃ち抜き、抵抗力を根こそぎ奪う。…どうやら私は無意識に、兄様のヤバいスイッチを押してしまったらしい。


その後、クライヴ兄様が満足するまで熱いキスと抱擁が続き、私の足腰は生まれたての小鹿の様にヘロヘロになってしまった。


当然の結果として、セドリックとリアムの物凄い抗議を含んだジト目がクライヴ兄様に炸裂した。ついでに言うと、後でその事をオリヴァー兄様にチクられ、しっかり制裁されてしまったらしい。


何で私がそれを知っているのかと言えば、クライヴ兄様が温泉浴場の床で、物凄く良い笑顔のオリヴァー兄様を前に青い顔して正座していた…と、ウィルに教えてもらったからです。


クライヴ兄様…。不用意にヤル気スイッチ押して、本当に申し訳ありませんでした。







今日の実技授業の内容は格闘技である。


アルバ王国は剣技と同様、格闘技も男子の嗜みの一つとされ、各々が学院入学前に、基礎的な事を一通りマスターしてくるのが基本だ。

そして、その基本にプラスして、先生が応用技や実践的な攻撃の型等を教え、各自が自分の力量に合った相手と組んで練習を重ね、最終的に先生と対戦する。そして合格が出たら、また新たな技を極める…といった感じに学んでいくのだ。


ちなみに私は、自分の力量に合った相手と練習したくても、セドリックとリアム、そしてクライヴ兄様しか組手をさせてもらえないので、それが叶わない。


既にマロウ先生と良い勝負が出来ているリアムとセドリックとでは、私とレベルが違い過ぎて、本気で手合わせしたところでコロコロ転がされて終わりだ。私は良いけど、彼らにとっては練習にならない。


「そんな事ない!エレノアと練習出来るだけで、僕(俺)は幸せなんだ!!」


…って二人とも、なにかにつけ私と練習したがるんだけど、幸せ云々はともかく、私とばっかり手合わせしていたら、折角の彼らの実力が宝の持ち腐れになってしまう。


なので、ある程度手合わせしてもらったら、二人との手合わせは遠慮するようにしているのだ。他のクラスメイト達も、良い笑顔で二人に手合わせ申し込みまくっているしね。(二人とも、何故か時たまブチ切れているけど)


クライヴ兄様に至っては、マロウ先生と互角レベルでやり合う程の手練れだ。(というか、たまに競り勝っているし)当然、力量的には論外である。…まあ、兄様はもう学院卒業しちゃっているから、授業云々関係ないって事で、だいたいは兄様に相手してもらっている。

時たま、オーウェン君や他のクラスメイト達が「手合わせお願いします!」ってやって来ては、クライヴ兄様にぶっ飛ばされているけどね。皆、向上心豊かで素晴らしい限りだ。


今日も、ある程度クライヴ兄様に相手をしてもらった後、兄様に挑んで来たセドリックとリアムが兄様と手合わせ(というより、ガチの戦いに近い?)しているのを、休憩がてらボーッと見学していた。

そんな私の傍に、マロウ先生が音も無く忍び寄り、声をかけてくる。


「ねえ、バッシュ君。君さぁ、今度の授業で皆に『剣舞』を披露してくれないかな?」


「わっ!ビックリした!!…え?剣舞?私が?」


ってか、何故に剣舞?


「うん、そう。ほら、バッシュ君が初めてこの授業に参加した時やったアレ。珍しい型だったからさ、是非ともちゃんと見てみたくって!他の生徒達にもいい参考になると思うんだよ!!」


「は、はぁ…」


確かに最初の授業の時、肩慣らし的にちょろっと剣舞やった事があったけど…。あれしっかり見られていたのか。ってか、いつの間に!?


「ああ…!それにしても今日の出で立ちも最高だね!!白いレースが雄々しさを和らげ、どことなく中性的な魅力を与えている…!まさに眼福!!」


「………」


顔を紅潮させてのガン見に思わずドン引く。


…マロウ先生。以前の飄々とした貴方は一体どこに!?という程の変わりようである。もしこの世界に写真があったら、多分今ここは撮影会場となっているのではないだろうか?自分でも言うのもなんだけど、今の私の恰好、完全にRPGのコスプレっぽいもんね。


…まあね、見た目はアレだけど、動き易いし、ただそれ着て授業受けるだけなら良いんですよ。でもあの決闘の時着た服程ではないにしても、やはり華美だし嫌でも目立つから、視線ビシバシで居心地悪い。


それに何より、マロウ先生の態度が明らかにおかしくなる。こないだなんて、準備体操代わりの軽い打ち合いをクライヴ兄様としていたら、地面に突っ伏して身悶えていたから…。

その時は、なんか見てはいけないものを見てしまったような、物凄くいたたまれない気分になってしまったものだ。


「いいんじゃねぇか?エレノア。俺もお前のあの剣舞、ちゃんと見た事無かったし、どうせならしっかり見てみたい」


いつの間にやら戻って来ていたクライヴ兄様のお言葉に、私は思わず眉根を寄せた。


「ええー!あれって実戦型じゃないですよ?どっちかと言えば奉納舞ですし…」


そう。私、前世の剣の師匠から習った、奉納舞に近い型しか知らないし、絶対剣の参考になんてならないよー!クライヴ兄様やセドリックの剣舞の方が、遥かに実践的で美しいと思うんだけど…。それに何より、目立ちたくない!


「奉納舞!?女神に捧げる剣舞!!?いいねー!!物凄くいいよ!!増々楽しみだ~!!」


あ、マロウ先生。なんかのスイッチが入った。


「で、でもオリヴァー兄様が許可されるか…」


「するだろ?寧ろそれ聞いたら、特等席でガッツリ鑑賞する気満々になると思うぞ?」


「そ、そうですか…?」


ってか、特等席!?どこのコンサートですか!ただの授業の実演ですよね!?


「エレノア!僕も見てみたい!!ああ…。きっと物凄く綺麗だろうな…!エレノアの剣舞…!」


「あ、俺も!!なぁ、セドリック!俺とお前の魔力を使って、エレノアの剣舞に花を添えないか!?」


「いいねそれ!で、リアム。どうやろうか?!」


クライヴ兄様にしごかれ、割とボロボロになっているにもかかわらず、セドリックとリアムのお子様コンビが元気にキャッキャと盛り上がる中、他のクラスメイト達もわらわらとこちらに向かってやって来る。


「えっ!?バッシュ公爵令嬢の剣舞!?」


「姫騎士の奉納舞!?」


「うわぁ!やったね!!ああ…!同じクラスで良かったぁ!!」


…あああ…。な、何か大事になってきた…!これ…今更「やりません」って言えないパターンだよね?…はい。分かりました。観念します。…家に帰ったら、真剣に練習する事にしよう…。頑張ります。



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ヤル気スイッチという名のヤバいスイッチですが、アルバの男共なら誰もが持っています。

エレノアのように、うっかり押すのは危険なので止めましょう。

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