第173話 お好みの丼は?

「さて。エレノアがこんな状態ですし、我々はここで失礼致します」


フィンレー殿下のギャップ萌えにやられ、鼻腔内毛細血管が崩壊した私は、ソファーに座ったセドリックの膝の上でグッタリしていた。


勿論これはイチャつき目的ではなく、単純に貧血の治癒です。私と同じ『土』の魔力持ちはセドリックだけだからね。


あ、違った。正確に言えばアシュル殿下もだった。全属性持ちだから『土』の魔力あるんだって。


「僕が癒してあげようか?」って言われた時、兄様方から秒でお断りされていたけどね。


「そう?折角来たんだから、夕食を食べていきなよ」


「お気遣いは大変有難いですが…。セドリック」


「はい、兄上」


オリヴァー兄様に名を呼ばれ、セドリックが私を横抱きにしたまま立ち上がった。そのまま一礼し、部屋を出て行こうとした時、アシュル殿下の溜息交じりの声が背後から聞こえてくる。


「残念だな。今日のメニューは『ワショク』なのに」


――…ワショク…。和食!?


そのワードを理解した途端、私は上半身を勢い良く起き上がらせ、後方を振り返った。


「ちなみにテンドン、カツドン、オヤコドンが選べるんだけどね」


――天丼…カツ丼…親子丼…だと…?!


「エレノアはどれが食べたい?」


「て、天丼!海老とカボチャ増し増しでお願いしま…いたたたっ!」


「うん、海老とカボチャ多めだね!早速厨房に伝えよう!」


青筋を浮かべたクライヴ兄様に頭を鷲づかみにされ、ギリギリ力を入れられて悲鳴を上げている私に対し、アシュル殿下はめちゃくちゃ嬉しそうな極上スマイルを向けた。他の殿下方も凄く嬉しそうだ。


「やったな兄貴!」


「母上が『困った時には故郷の食べ物で釣れ』って言っていた通りだったね!」


「そうだね。なんでも母上とエレノアの元故郷って、食べ物へのこだわりと執着が世界一強いらしいから」


「あー、それ分かる!セドリックとの婚約もお菓子食べ放題でつられたらしいから!」


…そんな事をワイワイ話し合っている殿下方を見ながら、クライヴ兄様がボソリ…と呟いた。


「お前…帰ったらお仕置き決定な…」


『ひぃぃぃ!!』


クライヴ兄様の処刑宣言に、私は身を震わせた。…が、天丼を食す為だ。私に悔いは無い!


「エレノア。…分かってるだろうね…?」


「エレノア。僕も今回ばかりは許さないからね」


続く、静かなる怒りに満ちたオリヴァー兄様とセドリックの言葉に、私の身体が更に震えだす。


うん、悔いはない!…悔いはない…筈。


や、やっぱり早まった…かな?





◇◇◇◇





そうして再びロイヤルファミリーとの晩餐に参加すべく、あの物凄く長いテーブルが置いてあるダイニングへと移動する。…あれ?端まであった筈の椅子が半分以上無くなっている。何故?


「エレノアが心置きなく食事が出来るように、父上達は食事不参加だから安心して?…というかディラン、フィン。お前達には持ち帰り用に包んでやるから、さっさと仕事場に戻れ!」


「それはねぇだろ兄貴!」


「そうだよアシュル兄上!抜け駆けなんて絶対にさせないからね!」


…等と、微笑ましい(?)兄弟喧嘩を見ながら、国王陛下や王弟殿下方が参加しないという事実にホッと胸を撫で下ろす。

殿下方だけでも目に優しくないのに、新旧ロイヤルが勢揃いすると、顔面偏差値が臨界点を軽く突破するからなぁ…。テーブルの端に逃げようにも、椅子無いから逃げられないし。


「お待たせいたしました!テンドンで御座います!」


そうこうしているうちに、今やすっかり顔なじみとなった料理人の皆さんが、なんかウキウキしながら次々と料理を運んできてくれる。あああ…!ふんわりと甘じょっぱいタレの香りがする~!


ワクワク顔の私の前に、丼(しかも縦に青い縞々が!)と味噌汁と箸が置かれる。そしてその丼には、溢れんばかりに盛られた海老、パプリカ、レンコン(レンコン!?)そしてカボチャの天ぷらが…!!しかもその上には、たっぷりと濃い飴色に輝くタレがかけられていて、まさに『ザ☆天丼』といった出で立ちである。


「…これは…。主食とオードブルが一緒になっている…のかな?」


「…えっと、これは野菜を油で揚げたもの…だな?フリッター…?」


「変わった香りですね…。でもなんか妙に食欲をそそります」


オリヴァー兄様とクライヴ兄様、そしてセドリックが、目の前に置かれた天丼をまじまじと興味深げに見ながら、そう呟いている。


ふふ…。ただ野菜を揚げただけと侮ってはいけませんよ?食べたらきっと、人生観変わりますから!


「では頂こうか」


結局、ディーさんとフィンレー殿下は一緒に夕飯を食べる事になったようだ。アシュル殿下の言葉に、ロイヤルズと私は一斉に箸を持つと、天丼を食べ出した。


さてさて…まずはたっぷりタレのかかった海老の天ぷらから…。う、うわ~!サックリした薄い衣の下に、ぷりっぷりの大海老の柔らかい身が隠れていた!噛み締めると海老独特の甘い味が、甘じょっぱいタレと絡まって…もう最高!

お次はカボチャの天ぷらを…。うわぁ…!ホクホクして甘くって、もういくらでもいけちゃうぐらい美味しい!!まさか異世界で、天丼を食せる日がくるとは…!聖女様、本当に本当に有難う御座いました!!

そして、聖女様の為に奔走したであろう国王陛下と王弟殿下方、お疲れ様でした!!


「………」


一心不乱に天丼をがっついているエレノアのあまりにも幸せそうな様子に、オリヴァーは「淑女としてのマナー!」と窘めるタイミングを無くしてしまった。それどころか、こちらまで幸せな気分になってしまうくらい美味しそうに天丼を食べる姿を見て、うっかり頬が緩んでしまう。


それは他の者達も同じなようで、婚約者達もロイヤルズも、思わず自分の食事の手を休め、エレノアの姿に頬を緩め、微笑ましそうに見入ってしまっていた。

そして近衛や給仕の者達、料理人達までもが、「なんと豪快な食べっぷりか…!」「流石は姫騎士…!」「ああ…。あんなに美味しそうに食されて…。嬉しい!!」等と言いながら、エレノアの食べっぷりに惚れ惚れと見入ってしまっている。


もはやこの部屋の中には「いや、女としてその食べっぷりはどうよ?!」と、冷静にツッコめるような人物は、誰一人として存在しなかったのであった。




「ところで、聖女様は今どちらにいらっしゃってるんですか?」


大盛りの天丼を半分程平らげた所で、私はずっと気になっていた疑問を口にした。

…というか、天丼の美味しさに我を忘れ、忘却の彼方に放り投げていた疑問が戻って来たというか…。


聖女様は私のように転生した訳ではなく、ある日いきなり故郷からこちらにやって来てしまった方だ。故郷に対する思いは、それこそ私とは比べ物にならないだろう。この和食へのこだわりっぷり一つ取っても、それを強く感じる。


そんな彼女が息子達の嫁候補…という事だけではなく、『転生者』であり、元同郷の私が遊びに(本当は抗議しに来たんだけど)来たのだから、大喜びですっ飛んで来そうなものなのに、何故か全く姿を現さない。絶対におかしい。


多分だけど、またどこかに慰問とかしているのかな?と思っていたのだが案の定、王都に行く事が出来ない人達の為に、巡礼を行いに旅立ったのだそうだ。流石は聖女様!元同郷者として鼻が高いです!


「…というのは表向きで、本当の理由は父上達から逃げただけなんだけどね…」


――はい…?


逃げた?なんのこっちゃ?と思ったら、どうやら国王陛下や王弟殿下方、私が実家に帰ってしまった事により、寂しさのあまり『義娘ロス』を発症してしまったのだそうだ。(ここですかさず、「いや、義娘じゃないですよね?!」とオリヴァー兄様からツッコミが入ったが)


で、国王陛下や王弟殿下方、「そうだ!だったら本当の娘を作ればよくね?」となり、怒涛の夜のお誘いを受けた聖女様…アリアさんが、たまらず逃げ出した…。というのが事の真相らしい。


う~ん…。そりゃあ、あんな超絶美形で(多分)ハイパー絶倫だろう夫達4人に連日求められてしまえば、いくら愛していても耐えられなくなるに違いない。しかもアリアさん、だいぶ改善されたとはいえ、ツンデレだったしね。


「成程。そうだったんですか!愛が深過ぎるというのも大変なんですねぇ!」


そう言いながら、再びもっしゃもっしゃと天丼を食べ始めたエレノアを無言で見つめる婚約者達と、彼女に想いを寄せる王家直系達は、心の中で同時に思った。――この子、全然自分に当て嵌めていないな…。と。


この場にいる全員が全員、エレノアの心も身体も欲しがっている男達ばかりなのである。むしろ聖女様(母親)の苦労は明日の我が身…と、自覚して慄くべきところであるにもかかわらず、天丼の美味しさに頭半分持って行かれている彼女は、そこのところを全く気が付いていない。


「…まあ、これがエレノアですから…」


オリヴァーの言葉に、その場の全員が納得する。…そうだよね、エレノアだもんね。


男女の生々しさよりも、食い気…。それこそがエレノアの良さであり、困ったところではあるのだが、『エレノアだから』で納得してしまう自分達は、多分物凄くこの子に感化されてしまっているのだろう。


「まぁ…。でもそれも悪くないよね」


アシュルの言わんとする事を、その場の全員が理解し、苦笑を浮かべたのだった。



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魅惑の和食に、まっしぐら。

そして、淑女が…というより、女捨ててます。

男性陣もほっこりしている場合か!という感じですね(^^)


*書籍発売まで一ヶ月を切りました(*'▽'*)

実感が湧くようで湧かないような……。でもドキドキは常にしてますね!


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