第172話 何かが降って来た!

――その時、いきなり室内にズン…と重力がかかったような感覚の後、天井付近に、なにやら黒いモノが広がって…。


ドサドサー!!


「くっ…!」


「どわっ!」


「きゃあぁっ!!」


何かがいきなり目の前に落ちて来た。…というか、その一つは私に覆い被さる様に落ちて来たのだった。…幸い、あんまり衝撃は感じずに済んだけど。


「ってて…。あー!!フィン、てめぇ!俺の事は床に放りだしといて、なに自分だけちゃっかり、エルに抱き着いてやがるんだ!!」


「だってディラン兄上までエレノアのトコに落ちたら、エレノアが潰れちゃうでしょ?」


「お前だけでも潰れるわ!!さっさとどけ!俺にもエルを堪能させろ!!」


「……はい?」


…え?私に覆い被さっているの…フィンレー殿下…?ディーさんもいるよ…。え??なぜに…??


私とその場にいる誰もが、突然出現したディーさんとフィンレー殿下に呆然とする中、ディーさんは私に覆い被さる形で抱き着いているフィンレー殿下をベリッと引き剥がし、呆然として固まっている私を、ひょいっと抱き上げた。


「ああ…愛しい俺のエル…。会いたかった!」


うっとりとした様子で私を見つめる、その顔面破壊力に強制的に我に返らされ、真っ赤になった頬へと、ディーさんが口付け…かけたが、闇の触手(?)が私に巻き付き、ディーさんの腕から私を奪い取る。


「ちょっとディラン兄上!抜け駆け止めてよね!」


「抜け駆けじゃねぇ!挨拶だ挨拶!いーからエル返せ!!」


「やだよ」


「お…お前らー!!何でここにいる!?仕事はどうした!!?」


ようやく我に返ったアシュル殿下の怒鳴り声に、ディーさんとフィンレー殿下が互いに顔を見合わせる。


「「休憩」」


息ピッタリにハモった弟達の言葉に、アシュル殿下の何かがブチ切れた音が聞こえた(気がした)


「サボりの間違いだろうがーっ!!とっとと仕事場に戻れー!!」


「えー?!だって、折角エレノアが、わざわざ王宮に遊びに来たのに!」


「そうだそうだ!兄貴とリアムばっかりズルいぞ!今迄真面目に仕事してたんだから、ちょっとぐらいいいじゃねぇか!!」


「そもそも何で、エレノアがここに来たのをお前達が知っているんだ!?誰にも口を割るなと釘を刺しておいたというのに!!」


「ふっ…。そんなの、エルが来たらすぐ分かる様に、王宮ここにシールド貼っておいたに決まってんだろ!」


「ちょっと!なにディラン兄上が偉そうにしてんの?そのシールド、僕が張ったんだけど?」


「俺が提案しなけりゃ、張らなかっただろうが!」


「そりゃそうだけどさ…」


「誰か!今すぐ魔導師団長を呼べ!!そしてこの王宮に張られたくだらん術を全て解かせろ!!」


「くだらなくはないだろ!?現にこうして役に立ってんだし!」


「そうだよアシュル兄上!それとあのクソジジイ呼ばないでくれる?思わず攻撃したくなっちゃうから」


「お前らもう、今すぐ黙れー!!」


ブチ切れてるアシュル殿下に対し、ディーさんとフィンレー殿下がブーブーと文句を述べ、私はそんな彼らの様子を、闇の触手(?)にグルグル巻きにされたまま、ふよふよ宙に浮きながら観察する。


アシュル殿下…なんか、めっちゃお気の毒。長男って大変なんだなぁ。…あ、そうか!だからクライヴ兄様と気が合うのか!なるほど、納得。


そして前から思っていたけど、ディーさんとフィンレー殿下って、性格真逆そうなのに仲が良いよね。あ、近衛の人達、唖然とした顔でこっち見上げてる。うん、そりゃ驚くよね。こんな高い所から見下ろす形になってしまって済みません。


「お~いエレノア、生きてるかー?フィン兄上、もういい加減エレノア降ろしてやれよ!」


「エレノアー。無事ー?」


リアムとセドリックが心配そうに私を見上げながら声をかけてくる。

そしてその後方では、「フィンレー殿下!さっさとエレノア降ろして下さい!」とオリヴァー兄様とクライヴ兄様がブチ切れていた。


…う~ん…。本当なら私の方こそ、キャーキャー大騒ぎしなけりゃいけない状況なんだろうけど、既にこの時点でライフがマイナスに振り切っている為、なんかもう、どうとでもなれ的な気分である。


…いや、投げやりはいかんな。淑女たる者、グルグル巻きで宙に浮いている姿をいつまでも衆目に晒すなんて有り得んでしょ。ここは皆の言う通り、さっさと降りなくては。


「…あの~フィン様。そろそろコレ、解いてもらえませんか?」


その一瞬後、室内の空気が急速冷凍し、私を拘束していた闇の触手(?)がパッとかき消えた。


「――えっ?…きゃあっ!」


当然の事ながら、宙に浮いていた私はそのまま落下し…クライヴ兄様にキャッチされる。だけど何故か皆、私を凝視している。一体どうしたのだろうか?


「…エレノア…。お前、フィンレー殿下の事、「フィン様」って…」


「――あっ!」


クライヴ兄様の指摘に、ハッとする。そ、そうか!呼び方か!


「す、済みません!!ついうっかり、フィンレー殿下の名前を縮めてしまって…!」


私は慌ててクライヴ兄様の腕の中から床に降り立つと、超絶無表情なフィンレー殿下に向かって頭を下げる。だって、他の殿下方が皆「フィン」って言ってるから、つい何も考えずに口から言葉が出てしまったんだよー!


ああ…。そもそも最初から「様」付けじゃなくて、「殿下」付けだったら、こんな間違いしなかったのに!


未だ何も言わず、無表情なフィンレー殿下にビクビクしていた私に、リアムが声をかけてくる。


「大丈夫だエレノア。フィン兄上、嬉し過ぎて思考停止しているだけだから」


「え?」


「…エレノア…」


直後、背後からの地を這うような声がかかり、ビクリと振り返ると、能面のような無表情のオリヴァー兄様がこちらを見つめていた。


「フィンレー殿下を愛称で呼ぶなんて…。君、もしかして殿下の事を…?」


「へっ?え?オ、オリヴァー兄様?!」


「ああ、そう言えば、君もクライヴもセドリックも、エレノアに愛称呼びされてなかったっけね?…まあ、それを言うなら僕もなんだけど。でも君達、僕と違ってしっかり婚約してるよね?それなのに愛称呼びじゃないって…。ひょっとして君達、それ程愛し合っていない…?」


「アシュル殿下!僕達は結婚後に、好きなだけ呼んでもらう予定なんです!!下らない邪推はお止め下さい!」


アシュル殿下の言葉に、オリヴァー兄様が噛み付かんばかりの勢いで反論すると、ディーさんがポンと手を叩く。


「そういや俺も、エルと愛称で呼び合っているよなー!…なあ、これってもう婚約で良くねぇ?」


「ディラン殿下…。そのドヤ顔止めてもらえますか?思わずしばき倒したくなりますから」


ウキウキ顔のディーさんに対し、クライヴ兄様の氷点下の眼差しがぶっ刺さる。


「ねぇ、エレノア。やっぱり「様」付け止めて、アシュルって呼んでくれない?それかさっきのフィンみたく、様付けでもいいから愛称で…」


「どさくさ紛れに、何おねだりしてんですかー!!」


「…まてよ?俺は既に、エレノアとは呼び捨てし合っているよな?って事は、ひょっとして既に…!」


「リアム。エレノア、僕の事も呼び捨てだからね。変な白昼夢見ないでくれる?」


顔を紅潮させているリアムに、セドリックの容赦のないツッコミが炸裂する。…そ、そういえば、愛称呼びは婚約者か夫の権利…なんだったっけ…。


己の失言により、ギャアギャアとサロン中がまさにカオス状態となり果ててしまう。

そんな渦中でオロオロしていた私の肩に、ちょんちょんと突っつかれる感触が…。


「…ねぇ、エレノア。もう一回…さっきのあれ、言ってみてくれる…?」


顔をほんのり赤くし、思い切り照れながらお願いしてくるフィンレー殿下の尊いギャップ萌えに、私の鼻腔内毛細血管は、久々に崩壊を迎えた。


それにより、サロン内は更なるカオスへと突き落とされたのだった。



=================



ディラン殿下、フィンレー殿下登場!

エレノアがいるのに、彼らが来ない訳がなかったというオチですv

そしてエレノアの鼻腔内毛細血管は、ギャップ萌えに非常に弱い事が判明しました。まだまだ修行が足りてません。

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