第171話 優しい虐待

「ディランとフィンは、移民達の最終審問で不在なんだ」


書籍について一応の決着がなされた後、出された緑茶(緑茶!?)を飲みながら、両殿下の姿が見えない事を尋ねると、アシュル殿下からはそんな言葉が返ってきた。


あ、ちなみに私が主人公の本の題名ですが、『現代に蘇った姫騎士~守るべきものの為に~』…です。


それ見た瞬間、某ボクシング漫画の主人公のように、真っ白くパサパサ状態になって風化しかけた所を、クライヴ兄様に「しっかりしろ!!影が薄くなってるぞ!?」と励まされ、慌てて踏ん張りました。


…兄様方が私にこの本の存在を隠したかったのって、こうなる事を予期していたのかもしれない。なんせ兄様方やセドリック、私が獣人王女達に一発入れたくて決闘受けたって事、知ってるからなぁ…。


くっ…!なんか本当、「いっそ殺せ!」な気分…。


…で、話を元に戻すと、なんでも最終審問とはフィンレー殿下の『闇』の魔力を使い、相手が嘘を言っていないかどうかを判断する、移民にとっての最終試験のようなものなのだそうだ。


何故そんな事をするのかと言えば、草食系獣人達はともかく、移民希望者の中には肉食系に属した獣人達もいるからである。


つまりは、移民を装ったシャニヴァ王国の残党であるかどうかの確認をする必要があるという訳なのだ。


口や態度を幾ら取り繕っても、心を偽ることは難しい。フィンレー殿下の『闇』の魔力は、その真実を否応も無く暴き立てる。私の前世でのウソ発見器の超高性能バージョンと言った所だろう。


それに草食系獣人達の中には、支配階級であった肉食系獣人達のスパイも混ざっている可能性があるのだそうで、それらの炙り出しも同時に行っているのだそうだ。

そしてディーさんは、そんなフィンレー殿下に害を成そうとする相手からフィンレー殿下を守る為、ボディガードとして彼の傍に付いているのだそうだ。


でも、何千人も審査しなければいけないって、本当に大変だなぁ…。しかも不測の事態に備え、本土にほど近い離島で行われているらしいし。


「まあ、事情はあるにせよ、フィンも今迄好きな事だけしてきたんだから、そろそろ働いてもらわないとね。今回は三日缶詰みたいだけど、治療師ヒーラーも同行させているから死にはしないさ」


アシュル殿下がサラリと鬼畜発言をする。


そういえば、ディーさんもフィンレー殿下も、私が王宮ここで療養している時、割と暇そうにしていて、戦後の後始末を一手に引き受けていたアシュル殿下が、たまにブチ切れていたけど…。それって、今この時の為だったんだ…。ご愁傷様です。それとアシュル殿下、きっとあの時の鬱憤晴らしも兼ねているんだろうな。


「そうですね。王侯貴族たるもの、身分に会った責任と義務は果たさなくてはなりませんからね」


オリヴァー兄様がアシュル殿下の言葉に深く同意している。心なし機嫌がよさそうに見えるのは、多分気のせいでは無いだろう。


そう言えば兄様も、山の様な縁談話やらお花やら贈り物などの処理で、今まで大変だったからなぁ…。


「ああ、そう言えばシャニヴァ王国王太子だったヴェイン王子だけどね、他の王族達の何人かと共に、処刑は免れたみたいだよ」


「ヴェイン王子が…?!」


いきなり出て来たその名に思わず声が大きくなってしまい、私は慌てて口を噤んだ。


――王女達や側近達と共に捕縛され、尋問を受けた後、他の肉食系獣人達と共に連合国軍へと引き渡された白狼の獣人王子。


常に人族を見下し、私に対しては特に当たりがきつかった彼だったが…。実は彼の『運命の番』が私だったらしく、番への恋情と人族への嫌悪とで混乱していた事が原因だったそうだ。


それを聞いた時は正直物凄くビックリしたし、未だに自分が彼の『運命の番』であった事を信じられずにいる。なんせ、気が付けば憎々し気に睨まれていた記憶しかないから。(みんな曰く「エレノアを睨んでいたというより、エレノアの周囲にいた我々を睨んでいたんだ」そうである)


ともかくそのヴェイン王子だが、自分達の陰謀が露呈し、故郷が滅ぼされた事を告げられた後、全く反省をしていない姉達や側近達と違い、元王族としての覚悟を決めた様子で、取り調べにも粛々と応じ、反抗的な態度なども一切見せる事は無かったという。


それは連合国軍に引き渡された後でも同じだったようで、元々の高い魔力と身体能力を惜しんだ竜人族の長の一存で、助命されたのだそうだ。


「…ですがアシュル殿下。彼はエレノアをまだ『番』と認識している筈。将来、エレノアに害が及ぶ可能性があるのではないでしょうか?」


オリヴァー兄様の言葉に、アシュル殿下が頷く。


「オリヴァーの懸念は最もな事だ。我々もそこら辺はちゃんと考え、対応している」


聞く所によれば、ヴェイン王子は助命する事と引き換えに、その身に『隷属の首輪』を付けられたのだそうだ。


これは獣人としての本能を抑える作用もある上、つけた相手を裏切ったり、命令以外で他人を傷付けたりする事が出来ない呪いがかけられているのだという。逃亡防止は勿論の事、未だ各地に潜んでいる残党達が彼を旗印に復興を謳い、反乱を引き起こす事を防ぐ為だとか。


そしてその『隷属の首輪』を付けられたヴェイン王子への真の命令権を有しているのは竜人族の長ではなく、首輪を作ったアルバ王国王族なのだそうだ。

それはヴェイン王子に対してのみならず、竜人族をはじめとした、未だ人族を見下しているであろう亜人種達…すなわち東大陸の連合国に対する牽制でもあるという。


「…そうですか…。助かったんですね…彼」


私はずっと胸につかえていたものが取れ、ホッと息をついた。


あの決闘の後、王女達とは違い、王族らしく潔い態度を貫いたという彼の事は、ずっと気になっていた。


考えてみれば、彼らは生まれた時から選民意識を植え付けられていたのだ。いわば彼らは歪んだ選民意識の生み出した被害者とも言える。


王女達は手遅れとしても、反省する態度を見せたヴェイン王子だけでも、何とかやり直す事が出来ないだろうか…と思っていたから、彼が条件付きとはいえ生き永らえた事は、素直に嬉しい。


…まあ私も、駄犬だなんだと、結構酷い事を言っちゃったんだけどね…。


「優しい虐待…」


「…?エレノア?何の話?」


私の横に座っていたオリヴァー兄様が首を傾げたので、私は慌ててそれに対して説明を行った。


「え~と、私の前世の世界での言葉なんです。子供が間違った事をしても、叱らない・諫めない・正しい事を教えない…。それを『優しい虐待』って呼ぶんです」


そしてそれを繰り返し、ただ甘やかし、肯定する事によって、間違った考えを持つ子供が出来る。そしてその子供が親になって、同じ事を子供にする。…そういった負の連鎖は、人間関係の歪みやその人自身の身の破滅をもたらすのだ。


直接心身を傷付ける虐待と違って、傍から見れば優しく接している為に分かり辛いが、それをされた相手の人生を歪めてしまうという点で言えば、心身の虐待と同様に酷い虐待と言えるだろう。


…実は私、前世で行く予定だった大学では心理学を学ぼうかと思っていたので、そういったケースはよく目にしていたのだ。ネットやテレビでも、よく特集組まれていたから、知識としては割と持っている方だと思っている。


「ヴェイン王子やあの王女達、そしてこの国の…というより、この世界の女性達も、その虐待の犠牲者なんじゃないかなって、ちょっと思ってしまったんです。女の子だからと甘やかさず、人として大切な事を教え、愛情を持って叱ってあげていれば、我儘でどうしようもないと傍から思われている子も、ひょっとしたら、とても素敵な女の子になれていたんじゃないでしょうか?」


私の言葉を聞いた、その場の全員が驚愕で目を見開いた事に気が付かず、私は再びその事について思いを巡せつつ、お茶を飲んだのだった。



=================



本の題名、判明しました(^^)

多分ですがこれ、出版に当たり、製作者側(秘密クラブ)の希望を採用したのかな…と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る