第170話 出版の裏事情

授業終了後、兄様方とセドリック、そしてリアム共々王宮へとやって来た私は、笑顔全開な騎士さん方や門番の方々に出迎えられ、王宮内へと通される。


そのまま王宮内へと進むと、極上スマイルを浮かべたアシュル殿下と、何故か国王陛下や王弟殿下方まで加わったロイヤルファミリーが待ち構えており、私はカーテシーをする間も無く、彼らのハグによる熱烈歓迎を受けたのだった。


…ええ。勿論、真っ赤になってヘロヘロになった私の身柄は、オリヴァー兄様とクライヴ兄様が鬼の形相で彼らからひったくり返してくれましたが…。


「とにかくよく来てくれた!会えて嬉しいよ、僕の愛しいエレノア」


直球の口説き文句に、頭の中がパーンと弾けた私の後頭部を、クライヴ兄様がすかさず軽く叩いて正気に戻す。


「ア、ア、アシュルでん…」


「アシュル」


「…ア、アシュル様!本日、私がこちらにお邪魔したのは…」


「うん、リアムから連絡はうけているよ。ここではなんだから、場所を移動しようか。ああ、オリヴァー、クライヴ、セドリック。君達も居たんだったね。久し振り、元気だった?」


アシュル殿下のあからさまな挑発に、兄様方とセドリックの額にビキリと青筋が浮かび、互いにそのまま笑顔で睨み合う。


「アシュル。ご令嬢をそのまま立たせておくものじゃない。早く客間にエスコートしてあげなさい」


「はい、父上。エレノアご免ね。さ、行こうか」


国王陛下の、私への労りという名の援護射撃にしっかり乗っかったアシュル殿下が、私の手を取って歩き出した。ええ、勿論瞬時に真っ赤になりましたとも!


流石の兄様方も、国王陛下のお言葉には異議を唱えられなかったようで、私達の後方を大人しく付いてくる…が、圧が凄い!背中が焦げそう!


アシュル殿下の方をチラリと見てみると、極上スマイルは1ミリも崩れていない。

流石はロイヤル。というか、アルバの男である。神経が太い。


するといつの間にか私の左脇を歩いていたリアムが、左手を握ってくる。


「おやおや、リアム」


「ははは。リアムもエスコートか?なんとも微笑ましいな!」


その言葉を受け、茹で蛸になったのは当然というか、リアムではなく私の方だった。


ってか国王陛下、レナルド王弟殿下。お願いだからうちの婚約者達を煽らないで下さい。私の背中、そろそろ焦げて煙が出そうですから!




◇◇◇◇




「却下」


私の目の前のソファーに腰かけ、超爽やかかつ、目にブッ刺さる極上スマイルを浮かべながら、アシュル殿下は件の本の絶版を訴えた私を一刀両断する。


「ど、どうしても駄目…ですか?」


「うん、駄目。ごめんね?」


分かってはいたが、やはりなアシュル殿下の塩対応に、私はテーブルへと突っ伏した。


ちなみにここは、王宮内にある貴賓を招いた時に使われるサロンだそうで、私達はアシュル殿下とリアムに向かい合わせるように、ソファーへと腰掛けている。


国王陛下や王弟殿下方はといえば、青筋浮かべ、ブチ切れそうになっていたワイアット宰相様に促され、渋々公務へと戻って行かれました。…陛下方、お暇だった訳ではなかったのですね。


「それにしても『肖像権』か…。興味深い制度だね。そういった概念、僕らでは想像もつかなかったよ」


――そうですよね。王家なんて目立って当然。人に見られ、語られてなんぼな世界ですもんね。でも私はチキンな小市民なんです!目立たずひっそりと生きていきたいんです!


…なんて事を言ったら、殿下方も兄様方やセドリックも慈愛のこもった、物凄い生温かい目で私を見つめてくるんですけど?!あっ!近衛の人達も同じ顔している!ええ、ええ。分かってますよ!今更ですよね!?


「いや本当、ごめんね。でもこれ、君を守る為の措置でもあるんだよ」


「へ?」


――私を守る為?


「アシュル殿下…それは一体?」


「アシュル!」


「ア…アシュル様…」


途端、アシュル殿下の笑顔が三割増しに輝き、兄様方とセドリックの背後から暗黒オーラが噴き上がった。やめて!分かりやすいこの構図、本当やめて!!もう色々あって、私のライフはゼロなんだから!


「まず、この本が出来た経緯から説明すると…。君の決闘を見た姫騎士信奉者のとある学生が、絵心のある友人と共に、決闘の一部始終を文と絵に起こしたんだ。そしてそれが密かに他の学生達の間でも話題となり、同好の士による秘密クラブなるものが誕生した」


「ひ、秘密クラブ…」


「そして彼らは、自分達の想いのたけを一冊の広報誌にしようと思い立ち、連日楽しく創作活動に勤しんでいたのだそうだ。…が、それをたまたま王宮の『影』が発見してね。彼らの身柄の確保と、出来上がった冊子の押収を行った…という訳なんだよ」


「はぁ…」


『なんか、その流れ…覚えがあるな…』と思っているエレノアを見ながら、アシュルはリアムとマテオと目を合わせ、頷き合う。


――…実は、マロウが自分と同じ嗜好を持つ、文章力と画力のある生徒達を集め、密かにキャッキャウフフと執筆活動をして姫騎士布教しようとしたのを、その事実を掴んだマテオがヒューバードへと密告し、ブチ切れたヒューバードがマロウをフルボッコにして阻止した…。というのが事の真相なのだが、当然アシュルはその事についてエレノア達に話すつもりは無かった。


「で、押収物を改めて見分したら、これがとても良く出来ていてね。物語の内容も、事実に沿っていて申し分なかった。なのでいっそのこと、王家のお墨付きを与えて書籍化してしまおうかという話になったんだよ」


「何でそこで書籍化?!意味が分かりません!」


「…エレノア、想像してみて欲しい。もし今後、歪んだ妄想や願望を持った者達や、君に悪意を持つ者達が、執筆に手を出したとしたらどうする?そしてそれが、公然の事実として広まってしまったら…?」


そこでエレノアはハッと気が付いた。そうだ!覚えがある筈だよこの流れ。


――同好の士が集まって、皆で仲良く冊子を作る…。


これって、沼に嵌って腐った女子が、パッションを書きなぐって薄い本を創り出すのと、全く同じ流れじゃないか!


という事は、この本(原作)を見た人がそれを元に妄想を膨らませ、本当は私が獣人王女に負けて、獣人達の奴隷にされた挙句、「くっ…!殺せ!」的ないかがわしい事を、あんなことやこんな事もされちゃった…なんてお話が書かれてしまう可能性があるって事なんだよね!?うわぁぁぁ!あり得ない!!そんなの絶対嫌だ!真面目に勘弁して下さい!!


これが普通の人間だったら「そんな~、まっさか~!」ってなるけど…。本格的にじゃなくても腐った経験がある私には、そんな楽観的な事は考えられない。


いついかなる世界でも、人間の欲望には際限など無い。そして沼は、いつでもそんな人間を深き深淵に引きずり込もうと待ち構えているのだ!


「…まあそう言った理由で、王家のお墨付きを与えた本が書籍化したって訳だ。そうする事で、後々どんな創作本が出回ったとしても、虚偽や妄想の類として一蹴する事が出来る。急速に国内に広めたのもその為だ。君にとっては本意ではなかっただろうが、これも全て、いずれ起こるであろう悪意から君を守る為。…理解してくれるね?」


「は…はい…」


青褪めながら、コクコク何度も頷くエレノアをアシュルは満足気に見つめ、頷いた。そしてそのまま、オリヴァーの方へと視線を送る。


『アシュル殿下、お約束は守って下さい』


『分かっているさ』


互いに声なき声で会話し、軽く頷き合う。


実はオリヴァー達が本の出版を認めた理由は他にあった。…いや、勿論本が欲しかったのも本当だが、彼らが真に欲したのは、実は本よりも絵の方だったのだ。


技術も実に見事だったが、実際にその場を見た者にしか表現できない、生き生きとした躍動感と表情、そして愛らしさ…。


エレノアの魅力を余すこと無く描き上げたその技量に「自分達に隠れてこのようなものを…!許せん!!」との憤りを通り越し、寧ろ感動してしまった程だった。そして是非ともこの絵を肖像画として欲しくなってしまったのだ。勿論等身大で。


早速、件の学生に肖像画の依頼をしたのだが、「申し訳ありません会長。実は王家と専属契約を結んでしまいまして、他の方に描く事は…」と、非常に恐縮しながら断られてしまい、更にタイミングを見計らったかのようにアシュルから「出版を認めてくれるのならば、バッシュ公爵家でのみ、仕事を受けることを認めても良いけど?」と、提案されてしまったのだった。


…確実にここまでの流れを読んだアシュルには、今回に限り完敗である。


「あ、あの…。でも出来れば、この本の出版は国内限定で…」


「ああ勿論!なるべく他国に流出しないように気を付けるよ!」


アシュルは最後のダメ出しとばかりに、エレノアの目には全くもって優しくない、極上スマイルを浮かべたのだった。


ちなみに依頼したエレノアの等身大肖像画だが、「枚数がある為、半年後になります」との事で、なんでそんなに書く枚数があるのかは、心の平穏の為、敢えて聞かない事に決めたオリヴァー達であった。




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挿絵を描いた学生、どうやら神絵師だった模様(笑)

そしてエレノア。ちょっとだろうが全発酵だろうが、腐ってしまえばみな同じお腐れ様です。

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