第169話 姫騎士の登校【肖像権の侵害です!】

よりにもよってカフェテリア内で衆目の中、キスをされてしまった私は、脳内沸騰状態に陥った挙句、そのままクライヴ兄様に横抱きにされた状態で、その場を後にする事となってしまったのだった。


幸い、カフェテリアを出てすぐにお姫様抱っこから解放されたんだけど、あちらこちらで私に求婚をしようと狙っている男子生徒達を避ける為、再びクライヴ兄様にお姫様抱っこをされ、教室へと向かう。…なんだかなぁ…。


――嗚呼…。一日目でこれだなんて…。私、これから学院生活やっていけるのかなぁ…。


「ところでクライヴ兄様。お聞きしたい事があるのですが…」


「ん?何だ?」


「あの、『姫騎士』って何なんでしょうか?」


そう、この『姫騎士』って言葉、決闘の時から今現在に至るまで、色々な人達が私に対してそう口にしているのだが、私は何故自分がそう呼ばれているのかよく分からないのだ。


女なのに剣を使って、騎士の様な格好をして戦ったからかな?と、最初は単純にそう思っていたのが、『姫騎士のようだ』だの『姫騎士の再来』といった言葉が飛び交う度、それも違うのかな…と思うようになってしまったのだ。

つまり『姫騎士』ってのは実際いた人物で、私はその『姫騎士』のようだ…という意味で、そう呼ばれているのかなって。


でも疑問を解消しようとする度、飢えていたり、リハビリで忙しかったり、ロイヤルの顔面偏差値に目を潰されそうになったり、誕生日パーティーでパニック状態になったり、お風呂場でやらかしたり…と、トラブル続発だった為、ついつい『姫騎士』についての疑問解消に至らぬまま、今現在に至ってしまったのである。


クライヴ兄様は、疑問を投げかけた私を呆れた様子で見つめた後、話し始める。


「『姫騎士』ってのは、この国の子供が一度は読むお伽噺の主人公だろ…って、そうか。お前は9歳迄の記憶が無かったんだったな!うっかりしてた」


「お伽噺…?」


「ああそうだ。…遥か昔、まだ女性の数が減少しておらず、女性騎士がいた頃の時代。魔王となった者が大量の魔物を従え、この国を滅ぼそうと攻め込んで来た。その時、聖女として覚醒していた女性騎士が魔物のことごとくを討ち滅ぼし、魔王を討伐した。その武勲から彼女は、時の王より救国の乙女の証として『姫騎士』の称号を与えられ、命が尽きるその時まで、この国を見守り続けた…と、大まかに言えば、そういった話だ」


更にクライヴ兄様が教えてくれた所によれば、その物語は伝記に近いお伽噺としてこの国で語り継がれており、『姫騎士』は小さい子供…特に男の子達の多くが一度は憧れ、恋をする存在なのだそうだ。


わ、私ってば、そんな恐れ多い存在と同一視されているの…?嘘でしょう?!





◇◇◇◇





あの後、結局お昼の時間に近いからと、クライヴ兄様と共にカフェテリアへとUターンした私は、授業を終えたオリヴァー兄様やセドリック、そしてリアムやマテオが来るのを待ってから、ランチを開始した。(マテオはリアムの従者だけど、学生でもあるので、一緒に食事をとるようになった)


そして私はというと、今度はオリヴァー兄様に膝抱っこされている訳なのだが…。なにやら兄様、めちゃくちゃ上機嫌である。


後方で控えていたクライヴ兄様いわく「お前のお断りの台詞がな…。胸にきたらしい」だそうです。

…えっと…でもお願いです。落ち着かないので、普通に席に座ってランチ食べさせてもらっていいですか?


「はい、エレノア。あーん♡」


…オリヴァー兄様。私を膝から降ろす気なさそうですね。


諦めて、差し出されたフォークをパクリと口に含む。…うん、美味しい。


今日の私とオリヴァー兄様のランチメニューは、平たいマフィン(の様なパン)の上に、薄く切られたハムと卵の黄身とチーズを乗せ、その上からクリーミーなホワイトソースをトロリとかけて焼いた、クロックマダムもどきである。

付け添えに、私の好きな野菜たっぷりのトマトスープがついていて、見た目も食のバランスもバッチリな逸品だ。


セドリックは、ミルフィーユのように何層にも具材とパンが重ねられ、上からソースをかけられたサンドイッチを私達同様、カトラリーで食べている。よく見ればマテオも同じメニュー。どちらも本日のランチセットである。


「ちなみにその姫騎士についてだが、王家の人間には、彼女の血が流れているってされているんだ」


リアムが両面焼きしたパンと、たっぷりのローストビーフや卵、そして新鮮なシャキシャキ野菜をふんだんに使ったクラブハウスサンドイッチのようなものを頬張りながら、そう説明してくれる。


そう、実は先程の『姫騎士』について、今度はリアムから補足説明を受けているのである。


リアムの説明によれば、その救国の聖女は、時の王様から王妃にと望まれたのだそうだ。

そして彼女は沢山の子供を産み、その血は脈々と王家に流れている…とか何とか。


成程。男の子だけじゃなく、女の子も憧れる王道ストーリーですね。


「まあ、エレノアが『姫騎士』って呼ばれてるのって、概ねアレのせいだよな」


「アレ?」


『アレ』とはなんぞ?と首を傾げていたら、何故かリアムが兄様方やセドリックをジト目で見つめた。それに対し、兄様方とセドリックが視線を逸らせている。え?一体どうしたの?


「マテオ。ちょっとアレ持ってこい。多分マロウなら常に持ち歩いてんだろ」


「承知しました」


そう言って席を外し、再び戻って来たマテオの手には、一冊の本が…。


「やっぱり持ってたか…」と呟きつつ、リアムが手渡してくれた本の表紙を見た瞬間、私は驚愕に目を見開いた。


「――!?」


何故ならその表紙には刀を手にし、凛々しい表情で前を見据える女騎士…というか、まんま決闘の時の私の姿が描かれていたからだ。…勿論、眼鏡無しの素顔で。


「ち…ちょっ!…なっ…!?こ…っ!!?」


衝撃のあまり、口をパクパクさせながら、声なき声を発している私の言わんとする事を理解したのか、リアムが本について説明をしてくれた。


それによると、この本は獣人王女達と私との戦いの様子が収められた、所謂ノンフィクションの記録小説…らしい。

既に一般書店にも出回っており、しかも版元と監修は王家なのだとか…。おいちょっと待て!なんだそりゃ!?


「ち、ちょっと待って!何で戦った本人の知らない間に、こんなもんが世に出回っているの!?し、しかも王家が監修って、王家何やってんですか!?色々とおかしいでしょ!?だ、だいたいこの表紙からして肖像権の侵害ですよ?!オリヴァー兄様!これはバッシュ公爵家が正式に抗議すべき案件じゃないんですか!?」


恐くて本の中身を見る事が出来ず、握りしめたままの状態で抗議している私に対し、リアムは更なる爆弾を投げつけた。


「何言ってんだエレノア。バッシュ公爵家には確認と承諾を得る為、試し刷りの段階で献本してるんだぞ」


「…え…?」


「つまりは、バッシュ公爵家公認って事だ。…ってか、『しょうぞうけん』ってなに?」


慌てて兄様方とセドリックの方に顔を向ければ、すかさず明後日の方向に顔を逸らされてしまう。…あんた方…。本欲しさに私を売りましたね!?


「ひ、酷い!あんまりです!!私は断固、抗議します!!こ、こうなったら…!リアム!この本の出版にあたっての担当者は誰!?直接文句を言って廃版に…」


「そうか!じゃあ今日にでも王宮に来いよ!担当、アシュル兄上だからさ!」


「…え…?」


途端、目を輝かせながら声を弾ませたリアムの言葉に目を丸くする。


――…はい?…って、え?担当、アシュル殿下なの!?


私の脳裏に、爽やかに微笑むアシュル殿下の顔が浮かんだ。


…あの方に抗議したところで、にっこりバッサリやられる未来しか見えない。というか、何で王太子殿下が出版担当やってんの!?やっぱり色々おかし過ぎだぞロイヤルファミリー!!


「あ、あの…リアム…?」


「早速、王宮に使いを寄こすな!久し振りにエレノアに会えるって、兄上達も大喜びだよ!」


いや、私はこの本の文句を言う為に王宮に行くのであって、決して遊びに行く訳ではないんだよ?そこら辺分かってる?リアム。


「…エレノア。アシュルが担当って時点で、色々諦めた方が良いぞ?」


ク、クライヴ兄様!行く前から何不吉な事言ってくれてんですか!?そもそも兄様方が、見本誌渡された時点で止めてくれていれば、こんな事には…!!


「エレノア。君には大変申し訳なかったけど、それにはちょっとした理由があるんだよ。…まあ、僕達もこの本が欲しかったってトコは否定しないけど…」


やっぱり欲しかったから黙認したんだー!!わーん!兄様方の馬鹿ー!!嫌いになっちゃうからねー!?


「…言い辛いんだけど、バッシュ公爵家の使用人達も全員それ持っているから。ちなみに今現在はひとり1冊限定販売だけど、増刷したらあと2冊ずつ欲しいって言っていたよ」


…え?セドリック、何ですって!?使用人全員が持っているって、マジですか!?


「あー、分かる!マロウの奴が「読む用・布教用・保管用に、最低3冊は欲しい!」って言っていたから!確かに保管するんなら、綺麗な状態でしたいもんな!」


マロウ先生ー!!どこのオタクの台詞ですかそれっ!?兄様方も「成程…」「深いな…」って感心しないで下さい!!


「エレノア、多分無理だろうけど、アシュル兄上との対決、頑張れよ!」


尊いキラッキラの笑顔が目にブッ刺さる…。リアム…貴方、激励してんの?落としてんの?どっちなの?




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エレノア、いつの間にやら書籍化されておりましたΣ(゜Д゜)

ライフがどこまでも削られて行くエレノア。ついでに常に持ち歩いているマロウ先生…。聖職者が持ち歩く聖典ですか?

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