第167話 姫騎士の登校【休息と炙り出し】

「お断りします!」


「ごめんなさい!」


「もう婚約者は足りています!」


「諦めて下さいっ!!」



――…その後も、休み時間や廊下を歩く度、求愛してくる男性達に、私は例の『お断り』をやりまくった。



しかし何故か、断られた人達全員、みんな笑顔全開なんです。キラキラしてるんです。ハッキリ言って恐いです!アルバの男性、どんだけドMなんだ!?


お陰で喉は枯れるわ腰と背中は痛くなるわ、HPは削られるわで、流石に疲れ果ててしまった私は、まだ午前中の授業が残っているにもかかわらず、今現在カフェテリアにて休憩を取っている。…しかも何故か、クライヴ兄様にお膝抱っこをされながら。


「はい、お嬢様。お茶をどうぞ」


「………」


執事モードの、笑顔全開状態のクライヴ兄様が、私の口元へとカップを持って来る。


…おかしいなぁ…。私は疲れた喉を潤す為、お茶を飲みに来ただけだったんだけど、何でわざわざこんな体制でお茶を勧められているのかな?


「あの…。クライヴにい…クライヴ。わ、私…椅子に座って自分で飲めるから…」


「駄目ですよ。いつもは授業をサボらず、ちゃんと参加されているお嬢様が、この時間にお茶をしたいなどと仰るなんて、余程お疲れなのでしょう?体調もまだ万全ではないのですから、どうか遠慮なさらず、私に思い切り甘えて下さい」


「い、いやその…。遠慮とかではなくてですね…。ク、クライヴがここまでしなくてもいいんじゃないかと…」


「何を仰いますか。私はエレノアお嬢様の専従執事なのですよ?疲れたお嬢様を癒す為に、その場で出来る最善の事をするのは当然の事です」


涼し気な様子で、クライヴ兄様がいけしゃあしゃと、そうのたまう。


いやいや兄様。私は普通にお茶を飲みたいだけなんですよ。寧ろこの状態、羞恥でHP削られまくってるんですが!?ハッキリ言って、私を癒すというより、兄様が楽しみたいだけなんじゃないですかね!?


「心外ですね。なぜその様な事を仰るのですか?」


あっ!兄様ったら、私の心を読みました!?…え?口に出していた?ご、ごめんなさい。


「…だって明らかに楽しそうだし、周囲に見せ付けるようにしているのが丸わかりなんですもん」


「そりゃあ楽しいに決まってんだろ?お前が眼鏡をしていた時は、こういった事は出来なかったからな」


素に戻った兄様にしれっとそう言われ、グッと言葉に詰まる。


…だって、顔面偏差値が化け物レベルの兄様方と、(眼鏡してたからだけど)どブスとのイチャつきなんて、周囲からすれば目に痛い以外のなにものでもないでしょう?!

だからスキンシップも頬へのキス止まりにしてもらっていたのである。ゆえに当然というか、こういったイチャつき目的の給仕もやってもらった事は無い。


どうやらクライヴ兄様にとって、それが物凄く不満だったらしい。で、今現在のこの状況な訳なんです。


「はい、お茶を飲んで。喉がカラカラなんでしょう?」


…確かに。お断りするのに声張り上げすぎて、喉がカラカラです。


仕方なく、促されるがまま爽やかな香りの紅茶を何口か飲む。すると今度はティースタンドから、今が旬の栗を使った、ミルククリームたっぷりのケーキを皿に取ると、一口大に切り分けたそれをフォークに刺し、口元へと運んでくれる。


「はい、お嬢様。あーん」


「…あーん…」


パクリとケーキを頬張ると、ホクホクした栗の甘味と濃厚な生クリームとが合わさった、なんとも言えない優しい美味しさが口一杯に広がる。…ううう…。凄く美味しい…!


そしてケーキの合い間の絶妙なタイミングでお茶を飲まされる。このスマートな対応…流石はクライヴ兄様!ジョゼフに及第点を貰っただけの事はありますね!


『う~ん…。美味しい飲み物とお菓子で癒される!』


…けどやっぱり恥ずかしいし、このブッ刺さって来る鋭い視線に、気持ちはちっとも癒されないんだけどね。


チラリと周囲を見てみれば、やはりと言うか、このカフェを溜まり場にしているご令嬢方が、敵意剥き出しの表情でこちらをガン見している。


…なんかデジャブ…。獣人王女達がいた時も、こんな感じだったなぁ…。


そんな彼女らの横や後方には、取り巻きであろう男性達が控えているのだが、いつもよりも明らかに数が少ない。

しかもその男性達もご令嬢方同様、こちらに視線を向けている様子で、そんな彼らをご令嬢方が、癇癪を起して怒鳴り散らしている姿があちらこちらで見られるのだ。


「クライヴ…兄様。なんか男性の数、少なくないですか?」


こそりと小声で問いかけると、クライヴ兄様も私同様、小声で返してくる。


「そりゃあ、求婚していた取り巻き連中がいなくなったからだろう。今いるのは元々婚約していた連中と、恋人として認められた奴らだ。…だがあの調子じゃ、更に男の数は減るかもな?」


クライヴ兄様がそう言った直後、ご令嬢の金切り声が響いた。


「もういいわ!貴方なんて婚約者から外すから!!私の前から消え去りなさい!!」


事実上の婚約破棄を言い渡された男子学生は許しを請う訳でもなく、ただ静かにご令嬢へと貴族の礼を取った後、カフェテリアから出て行ってしまった。

多分、その態度も気に入らなかったのだろう。婚約破棄した側である筈のご令嬢の方が癇癪を起し、残った男性陣に当たり散らしている。


「この国では、男からの婚約破棄は許されない。…が、女からなら容易く出来る。このままいけば、婚約者が一人もいないご令嬢が出て来るかもな」


クライヴは皮肉気な口調で、そう呟いた。


多分あの男は、わざとご令嬢の怒りを買う為に、あからさまにエレノアへと熱い視線を送っていたのだろう。いや、下手をすると、エレノアの事を称えるような言葉を口にしていたのかもしれない。


男達がやみくもに女性に傅き、愛を請い、理不尽を理不尽と思わず耐える。…そんな世の中の常識が、少しずつ変わろうとしている。少なくとも、この学院の中では。


――エレノアへの求婚者がまた増えるのは業腹だか…な。


そう心の中呟くと、クライヴはチョコレートタルトを手に取ると、エレノアの口元へと持って行く。するとエレノアは無意識に頬を染め、恥じらいながらタルトを口にした。


「お嬢様。お口にチョコレートが付いていますよ?」


唇を指で拭ってやりながら、更に恥じらうその愛らしい仕草をカフェテリア中にいる男達へと見せ付けてやると、先程よりも更に多くの嫉妬と羨望の視線が突き刺さってくる。


その中に、殊更強く殺意すら含んでいる視線の出所を素早く確認した後、クライヴは極上の笑顔をエレノアへと向け、その甘い唇へと口付けたのだった。




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ヘロヘロ状態のエレノアを甘やかすクライヴ兄様です(^O^)

というか、エレノアの指摘通り、自分が楽しく甘やかしているだけなご様子。勿論、オリヴァーの指示もあり、存分に周囲を煽っております。

色々なものが釣れそうですねv

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