第165話 姫騎士の登校【いざ、実戦!】

「やあ、エレノア・バッシュ公爵令嬢!健勝なご様子何より!可愛い教え子と、再びここでお会い出来て嬉しい限りだよ。…お帰り」


廊下を歩いていると、バッタリ出会ったのは、私のクラスの担任教師であるベイシア・マロウ先生だ。


いつも浮かべている、どこか人を食ったような笑顔…ではなく、もう嬉しさ全開!といった様子でニッコニコと笑顔を私に向けている。


「マロウ先生、お久し振りです。長らく休学してしまって申し訳ありませんでした。…あの、ご心配おかけし…」


「あああ!君はそんな事、気にしなくていいんだよ!むしろこちらとしては、退学しないでくれて有難うと、お礼を言いたいぐらいなんだから!!」


ズイッと、急に間合いを取られて、思わず仰け反る。流石は攻撃魔法の教師。動きに全く隙が無い。


ちなみに、メガネの美形キャンセラー機能を取っ払った時、初めてちゃんと見たマロウ先生の顔は、そこそこ美形だろうと思っていた通り、しっかり美形でした。


スッと切れ長な瞳は、薄紫色の髪の毛よりも濃い紫色をしていて、少し垂れ目がち。顔の系統で言えば…メイデン母様みたいな感じの、ちょっと中性的な美形である。

大事な事なので、もう一度言います。美形です。だから、いきなり距離を詰められると、ど、動悸が…顔が赤くなって…。


っていうか!な、何かマロウ先生も顔赤い!?しかも目が…なんか蕩けそう…というよりイっちゃってる…ような…。


「…ああ…!なんて美しい…僕の姫き…」


「え?」


――と、そこで。いきなりマロウ先生が後方に飛びのいた。


「…やれやれ、良い所だったのに残念!」


そう言ったマロウ先生だったが、よく見ると頬に紅い筋が…。ま、まさか…!?


私は慌てて兄様方とセドリックを見るが、皆は何故かマロウ先生ではなく、後方を振り返っている。するとそこには、目付きを鋭くさせ、こちらを…というか、マロウ先生を睨み付けているマテオと、その少し後ろに、マテオと同じ表情をしたリアムが立っていた。


「ワイアット君、邪魔するなんて無粋じゃないか?折角の教師と生徒との、心温まる感動の再会なんだから!」


「それは申し訳ありません。でも私が邪魔しなかったらそこの生徒会長様に、心だけじゃなく、全身温まる…というより、燃えカスにされていたのですから、寧ろ感謝して頂きたいですね」


どこまでも冷ややかな口調のマテオに対し、マロウ先生は面白くなさそうな表情を浮かべた。


「おお、こわっ!見た目全然似ていなくても、やーっぱ兄弟だよね~君達!」


「分かり切った事言ってないで、とっととどっか行って下さい!」


私達を間に挟み、マテオとマロウ先生が、バチバチと火花を散らしている。…え~と…。燃えカスって、オリヴァー兄様に燃やされる…って意味で合っているのかな?ひょっとして兄様、マテオやリアムが来たのが分かっていて、自分は手を出さなかった?

…って、あ!兄様の右手に魔力残渣が!…マテオの言う通り、る気でしたね兄様。


「…ベイシア…」


リアムの声に、マロウ先生が咄嗟に表情を改める。だがその一瞬後、またヘラリといつもの笑顔を浮かべた。


「じゃあね、お姫様。また教室で」


ヒラリと手を振り、踵を返すマロウ先生。…ところでお姫様って、私の事…?


首を傾げながらマロウ先生の後ろ姿を見ていたら、いきなり背後からリアムに抱き着かれた。


「エレノア!会いたかった!!」


「うひゃあ!」


…思わず色気のない悲鳴を上げてしまったのは許して欲しい。


ぎゅうぎゅうと私を抱き締め、顎を頭の上に乗せ、ぐりぐりしていたリアムは、当然と言うか、クライヴ兄様によってベリッと引き剥がされる。


「リアム殿下。いくら挑戦権を得ているとはいえ、婚約者の目の前でのこの愚行は頂けませんね」


めっちゃ冷ややかに釘を刺すクライヴ兄様に対し、リアムはと言えば…「何言ってんだよお前?」的な表情をしている。


「婚約者の目の前で…って、お前達がエレノアの傍から離れるなんて有り得ないだろう?だったらいつやっても変わらないじゃないか」


――…な…成程。確かに。


基本、学年が別のオリヴァー兄様はともかくとして、同じクラスのセドリックは元より、専従執事のクライヴ兄様は、基本トイレ以外は常時私の傍にいる。つまり「婚約者がいる前でやらかすな」という事はすなわち、「何時いかなる時も近寄るな!」と言っているようなものなのである。


「それに挑戦権を得た者に対しては、求愛対象のエレノアが拒否するならともかく、何人もそれを疎外する事は出来ない。…例え婚約者であってもだ。…そうだろう?」


リアムの言った事は事実のようで、オリヴァー兄様は敵意剥き出しで。クライヴ兄様は憮然とした様子で。セドリックは複雑そうな表情で、それぞれリアムを睨み付けている。それに対し、リアムは一切怯む事無く、不敵な笑みを浮かべる。


えっ!?ど、どうしちゃったのリアム!?やんちゃワンコ系男子の貴方がそんな表情浮かべるなんて…。この短期間で一体何が!?…はっ!ま、まさかと思うけど、ひょっとして男子の嗜み的な修行…しちゃった!?


「…確かにその通りですね。ですが、最低限の節度はきちんと守って頂きます」


「分かっている。口付けは許可されない限りは絶対にしない」


「口付けだけではありません。性的接触と思われるものは全て禁止です!ちなみに、抱き着く事もそれに値しますので、あしからず!」


「あれは単純に親愛を示す為の触れ合いだ!性的要素なんて無い!」


「それを決めるのは殿下ではありません!」


「お前らでもないだろが!エレノア!俺は普通に抱き着いただけだろう?!別に不埒な動きとかしていなかったよな!?」


「エレノア!殿下に対してでも遠慮はいらないよ?迷惑なら迷惑だったとハッキリ言っていいんだからね!?」


私はオリヴァー兄様とリアムとのやり取りの所為で真っ赤になってしまった顔を俯かせ、プルプル震えていた。


――…ちょっと待って下さい。なんなんですか?この公開羞恥プレイは!?


こ…こんな青少年が通う健全なる学び舎で、周囲からガン見されている状況下で、性的接触だの不埒な動きだのと、朝っぱらから何真剣に言い合っているんですかあんたら!?ほんっとーに、アルバの男達…というより、この世界って、デリカシーってもんが無いのか!?


「…オリヴァー兄様とリアムの…バカッ!!」


「えっ?!エレノア!?」


「エレノア!ちょっと待ちなさい!」


涙目になりながらそう叫んだ後、私は自分の教室目指して猛ダッシュしたのだった。





――…当然の事ながら、少しだけ走った所で私はあっさりクライヴ兄様に捕獲され、抱き上げられてしまった。


勿論、セドリックもちゃんと私の傍に来ていた。…というか、ちゃっかりリアムとマテオも。

オリヴァー兄様はいないから、きっと自分の教室に向かったのだろう。


「エレノア!俺達から離れるなって言っていただろうが!!」


「うう…。クライヴ兄様!だ、だって…!」


「あー、分かった分かった。取り敢えず教室行くぞ?」


真っ赤な顔でうるうるしている私の頭をよしよしと撫でながら、兄様は自分の腕に私を腰かけさせる様に抱っこし直すと、そのまま歩き出した。後ろでは何やら、セドリックとリアムが軽く言い合いをしている。


それにしても、クライヴ兄様に抱っこされているお陰で、私に声をかけてきたり近付いたりする人はいなかったけど…。なんというか、めっちゃ視線を感じて居た堪れない。地味に恥ずかしい!多分教室までこのままだろうから、頼むから早く着いて欲しい!


なるべく周囲を見ないようにしながら運ばれ、ようやく教室まで到着した時には、なんかどっと疲れていた。うう…。まだ授業を受けてもいないのに…!


「…エレノア。いいか?ここからは戦場だ。気を引き締め、心してかかれ!」


「は…はいっ!」


教室のドアの前で、私はゴクリ…と喉を鳴らした。クライヴ兄様、セドリック、そしてリアムも、険しい表情を浮かべている。戦うのは私だけの筈なんだけど、何故か皆すでに臨戦態勢のようだ。


頭の片隅にほら貝の音が鳴り響く。気分はまさに、戦国武将の出陣である。


まずは、セドリックとリアムが教室へと入った後、勇気を振り絞り、教室へと足を踏み入れる。


――もし私に求婚してくる人がいたとしても大丈夫!あの何度も復唱した日々を思い出せ!表情を無くして、あくまでクールに「お断りします」…この言葉を言えば良いだけなんだから!頑張れ私!!


「お…おは…」


「――!!バッシュ公爵令嬢!!」


「エレノア嬢!」


すると、私の姿を目にした途端、教室中の男子生徒達が一斉に私の元へと駆け寄って来た。ひぇぇっ!!い、いきなりキター!あっ!オーウェン君もいた!


「エレノア嬢!!どうか僕の婚約者になって下さい!!」


「私の全てを貴女に捧げます!どうかお受け取り下さいませ!」


「戦う貴女を目にした時から、僕の心は貴女で一杯です!婚約者などと贅沢は申しません!どうか恋人の一人に…!」


「麗しの姫騎士様!貴女の心を得られるのならば、私はこの先一生、誰も、何も要らない…!!」


…ほぼ全てのクラスメイト達に取り囲まれ、口々に口説き文句を投げかけられ…私の脳は真っ白にフリーズしてしまった。


あ…。頭の片隅でオリヴァー兄様が「クールにお断りだからね!?」…って、叫んでいる気がする…。


分かっています兄様!で、でもこの…。いつもの爽やか草食系男子はいずこ!?とばかりな肉食獣さながらのギラつきっぷりが…。こ、恐いんです…ッ!!


思わず、クライヴ兄様とセドリックの方に縋るような視線を向けるが、二人ともめっちゃ渋面になってはいるものの、動こうとしない。


…ですよね。こういうド直球なプロポーズは、申し込まれた本人しかお断りとか出来ないんですもんね。いくら婚約者でも、立ち入ってはいけない領域なんですよね。分かっています。


『わ…私が…何とかしなくちゃ…!!』


めちゃくちゃ不安そうに私を見ている(であろう)クライヴ兄様、セドリック、そしてリアムの声無き激励をヒシヒシと感じつつ、私は覚悟を決め、深呼吸するように息を大きく吸い込んだ。



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マロウ先生、入り待ちしてました(笑)

そしてリアムですが、修行はしていない…と思います。多分(^^)

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