第164話 姫騎士の登校【視線と牽制】
密かに裏で進められていたとされる獣人王国によるアルバ王国への侵略作戦。
その企みが王家を主体とし、秘密裏に鎮圧された事。その結果、シャニヴァ王国は獣人を恨む東の大陸の連合軍に制圧され滅んだ事などが、その後暫くしてから、貴族ならびに国民達へと知らされたのだった。
獣人の王立学院での暴挙を許していたその背景には、国民に被害を一切出さぬよう相手を油断させ、一網打尽にすべく、わざと泳がせていたのだという事。そして、かの国の策略をいち早く察し、脅威を未然に防ぎ、ただの一人も犠牲を出す事無く事態を終結させた事…等。その事実を知った多くの貴族や国民は、王家への忠誠心を更に不動のものとしたのである。
そして、バッシュ公爵令嬢の戦いについては公には公表されなかったものの、実際に目にした者達により『伝説の姫騎士の再来』として、瞬く間に国中の噂となったのである。
結果、彼女の実家であるバッシュ公爵家には上位貴族、下位貴族を問わず、連日山の様な縁談が舞い込んできているのだという。
その多くは、実際この場で彼女を目にした学生達やその親達からであり、その対応に追われた筆頭婚約者のオリヴァー・クロス伯爵令息が、日々殺気立っているとの、もっぱらの噂であった。
そのバッシュ公爵令嬢が、本日ようやっと、この王立学院に戻ってくるのである。
彼女のあの『真の姿』を目の当たりにした男子学生達はもとより、危険だからと当日登校を禁じられ、話しのみを聞かされていた女子学生達も、今か今かとバッシュ公爵令嬢の乗って来るであろう馬車を待ち侘びている。お陰で正門は既に黒山の人だかりだ。
「――ッ!おい!来たぞ!バッシュ公爵家の馬車だ!!」
その声に、その場が騒然とし、向こう側からやって来た馬車へと一斉に注目が集まる。
そして人だかりの中心で停まった馬車の中から、オリヴァー・クロス伯爵令息に手を添えられ、降り立った少女の姿を目にした瞬間、その場の喧騒は水を打ったように鎮まり返ったのであった。
◇◇◇◇
「…に…兄様…。何でこんなに沢山の人達がいるのでしょうか?」
周囲の雰囲気に気圧され、少し怯えた様子のエレノアに、オリヴァーは安心させる様に、優しく微笑んだ。
「皆がエレノアの無事な姿を見たかったんだよ」
「そ、そうなんですか…。あの…兄様。わ、私のこの恰好、どこか変ではないですか?」
「大丈夫。いつもの通り、とても綺麗だよ」
実際、学院に通学する際、常に使用していた眼鏡を外したエレノアは、とびきりの愛らしさだった。
キラキラと波打つヘーゼルブロンドの髪は、サイドを胸元のリボンと同じ、黒いシルクのリボンで緩く編み込み、眼鏡に遮られず晒された、キラキラ輝く宝石の様な大きな瞳は不安からか潤んでいて、より一層その美しさを際立たせている。
薔薇色の頬も形の良い薄桃色の唇も、化粧など必要がない程艶々としている。これは日頃のウィルやミア、そして整容班達の努力の賜物であろう。
男も女も言葉もなく、エレノアの姿に目を奪われ、釘付けになっているのが分かる。
――憧憬、恋慕、欲情…そして嫉妬と憎しみ。様々な視線がエレノアへと向けられ、絡み付く。初めて素の状態で登校したエレノアはそれを受け、とても不安そうだ。
「…非常に業腹だが、今やこの学院においての君は、男性にとって憧れの存在となっているんだよ」
「あ…憧れ…」
自分の容姿がとびきり愛らしいという事を、未だにあまり理解していないエレノアは、オリヴァーの言葉に信じられないといった様子で呆然としている。
エレノアは前世の記憶持ちなうえ、元々以前の『平凡極まる容姿だった』という自分自身への評価が魂にこびりついている為、記憶を取り戻してから今迄、ずっと自己評価が低いままだった。それに拍車をかけたのが、誰あろう、自分達である。
王家対策として、極力他人…というより、他の男達と接しないよう生活させてきた。その上、お茶会や学院通学といった、どうしても外に出なくてはいけない時などは、男達の関心を集めないよう、偽りの容姿を強要してきたのである。
結果、その弊害は、元来の自己評価の低さに相乗効果を与えてしまっているのだ。
マダム・メイデンにそれを指摘され、是正しようとはしているのだが、一旦形成されてしまったものは覆すのが非常に難しい。
『…それにしても、予想以上だな…』
エレノアへと向けられる、男達の熱量は想像以上だった。
元々の愛らしさに、『ギャップ萌え』がプラスされたエレノアの姿は、今ここにいる男達の目には女神に等しい程、美しく映っているに違いない。もし自分達がこうして傍にいなければ、エレノアに愛を請おうと、この場に居る多くの男達が、我先にとエレノアの元に殺到していただろう。
だからこそ、出来れば自分自身の魅力を自覚し、自信を持って欲しいのだが…。まあ、それは当分無理だろう。
尤もその無自覚こそがエレノアの魅力でもあり、あの堪らなく男心を煽る恥じらいを生み出しているので、自分もクライヴもセドリックも、心の底から変わって欲しいとは思っていないのが現状である。
愛する女性に対する男心とは、全くもって自分勝手で複雑なものだ。
「大丈夫。君は真っすぐ前を向いて、堂々と毅然とした態度でいればいいんだよ。…勿論、君らしくだけどね」
「む、難しい…です」
途方に暮れた様子のエレノアに、甘い苦笑が浮かぶ。
確かに今迄は、女性達から向けられる理不尽な嫉妬の視線に晒されてはいたものの、このように男性達から一斉に熱い視線を向けられた事など無かったのだから、戸惑うのも当然だろう。
「大丈夫。君には僕がいるし、クライヴもセドリックもついている。まあでも、唯一良かった点は、君の素晴らしさをこうして、堂々と見せ付けてやれるって事かな?」
そう言うと、オリヴァーはエレノアの手の甲に口付けを落した。
途端、その場が騒然となり、オリヴァーへと向かい、男子生徒達の嫉妬と羨望の視線が集中する。
更にエレノアが顔を真っ赤にさせ、「オ…オリヴァー兄様…!こ、こんな所で…」と、小声で抗議しながら恥じらった様子を見せると、「うっ!」「なっ…!?」とあちらこちらから声が上がったり、息を飲む音が聞こえたりと、場は再び騒然としだした。
「おい、オリヴァー。あんまり周りを煽るなよ」
呆れた様子のクライヴに、オリヴァーは我関せずとばかりにサラリと言い放つ。
「ある程度の牽制は必要だよ。クライヴもセドリックも、これからは遠慮しなくていいからね。…ふふ…。それにしても、こういう視線を浴びるのも、結構楽しいものだね」
そう言いながら、余裕の笑みを浮かべて周囲を見回すオリヴァーの目は全く笑っておらず、その鋭い視線を受けた多くの男子生徒は一斉に目を逸らし、再び黙り込んだ。
『これしきの牽制で怯むような男はたいした脅威にはならない。…懸念すべきはやはり…』
衝撃や嫉妬、そして敗北感…といった、強い視線をエレノアに向けている、女子生徒達の方をチラリと伺った。
彼女達は誰もが一様に、呆然とした様子でエレノアを見つめている。なにせエレノアの今迄が今迄だっただけに、本当の姿とのギャップを目の当たりにした彼女らの衝撃は計り知れないだろう。
ましてや婚約者である男達はともかく、自分達に愛を請い、群がっていた男達が波が引くように離れて行った挙句、一心にエレノアへと向かい、熱い視線を送っているのだ。それは今迄無条件に甘やかされ、傅かれていた彼女達にとって、筆舌に尽くしがたい屈辱であるに違いない。
『きっと近いうちに、何かしらの行動が起こされる筈だ。油断は禁物だが…。精々利用させてもらおうか』
特に強い視線をこちらに向けている、有力貴族のご令嬢数名を確認したオリヴァーは、そう心の中で独り言ちる。
「さあ、行こうかエレノア」
そう言うと、オリヴァーは未だに真っ赤になったままのエレノアを優しくエスコートしながら、学院の中へと歩いて行ったのだった。
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エレノアの登場です!
というか何気にオリヴァー兄様、エレノアを自慢出来て嬉しそうですね(^^)
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