第163話 姫騎士の登校
本日、王立学園は早朝から浮足立った雰囲気に満ち溢れていた。
いや、浮足立っているのは雰囲気だけではなく、生徒、教員、事務員、雑務をこなす使用人…等々、学院に居る全ての人間が浮足立っている状況だ。それは何故か?
「ああ…!ようやくバッシュ公爵令嬢がご登校されるのか…!」
一人の男子学生が、浮かれた様子で呟く声が聞こえ、それに次々と男子学生達が興奮した様子で追従する。その中には「姫騎士が…!」「あの麗しいお姿を、もう一度目にしたい…!」などと言った言葉が散見された。
――一ヵ月と少し前、この学院で行われた、ある意味歴史に名を遺すであろう『決闘』
獣人王国の王女達と、この国の宝でもあり、絶対的に守るべき対象である『女性』が…。しかも公爵家の御令嬢が戦うという、まさに青天の霹靂とも言える珍事が行われたのである。
まず王家より決闘前日に、王立学院に子を通わせている貴族達全てに対し、決闘が行われる旨が通達された。
その衝撃的な内容に誰もが愕然とし、信じられない思いを抱いたに違いない。
いっそ冗談か悪夢だと言われた方が、まだ納得できる。それ程までにこの国の者達にとって、それは有り得ない内容であったのだ。
事の発端とは…。
シャニヴァ王国より親善大使として留学して来た、獣人の王族筆頭である第一王女レナーニャ。
彼女がこの学院が誇る貴族令息の鑑とも謳われる、オリヴァー・クロス伯爵令息に懸想した事から始まった。
元々『親善』とは名ばかりな、横暴極まる獣人達の態度に、学院のほぼ全ての者達が眉を顰めていたのだが、件の第一王女はあろう事か、彼を自分の『番』と認定し、自分の夫にすると高らかに宣言したのである。
だが彼は、自分の父親違いの妹であり、婚約者でもあるエレノア・バッシュ公爵令嬢を溺愛している事で知られており、他の女性に見向きもしない事でも有名な男であった。
それ故当然の事ながら、あからさまに自分へと恋情を向けてくる第一王女にもすげない態度を取り、その求愛を一蹴した。
その事に怒り狂った王族と獣人達は、バッシュ公爵令嬢に執拗なる嫌がらせを繰り返した挙句、遂には『娶りの戦い』という名の決闘を申し入れ、承諾させたのである。
当初、『我儘で放漫なうえ、美形の男に目が無い節操無し』と噂されていたバッシュ公爵令嬢だったが、今では噂とはまるで違い、気さくで優しいご令嬢である事を、学院の誰もが知っていた。(尤もそれは男性達が殆どで、女性達は未だにその噂を頑なに信じる者が大多数である)
そんな彼女の事だ。きっと相手方の卑怯な策により、無理矢理決闘を押し付けられたに違いない。そう誰もが理解し、憤った。
なにせ相手は、こちらに留学して来た当初から人族を見下していた獣人達である。あの傍若無人な振舞い様を見ていれば、彼らがどんな卑怯な手を使ったとしてもおかしくはない。しかも獣人は身体能力に優れているうえ、王族はその全てが支配階級である肉食系獣人なのだ。
そんなケダモノ達と、か弱い貴族令嬢がまともに戦える筈が無い。むしろこれは『決闘』を装った制裁であると、誰もが認識した。
だが他国の…ましてや王族が絡んでいる事だ。たとえ高位貴族であっても、それを制したり否やと言える筈もない。
それ故、ここまでのやりたい放題を事実上黙認している王家に対し、「王族は何をやっているのか!?」と憤りの声すら上がった。
――だが決闘は、思いもよらぬ展開を見せたのだった。
嬲り殺されるかもしれぬ恐怖に怯え、震えていると思われたバッシュ公爵令嬢は、驚くべき事に、その身をまるで騎士のごとき装いで覆い、学院へと現れたのだった。
普段は冴えない平凡な容姿と言われていた彼女の、その凛とした佇まいと、落ち着いた態度に、その場に居た者達が皆、息を呑んで魅入られる。
そして始まった戦いは…。こちら側も獣人側も予想もしていない展開を迎えた。
一方的に嬲られると思われたバッシュ公爵令嬢が、次々と襲い来る獣人族の王女達を、見た事も無い剣技と体術で打ち破っていったのである。
その後聞いた話では、彼女はもう一人の父親違いの兄…。かの有名な『ドラゴン殺しの英雄』グラント・オルセン将軍を親に持ち、やはり婚約者でもあるクライヴ・オルセン子爵令息から、幼い頃より剣技と体術を学んでいたのだというのだ。なればこそ、あの素晴らしき戦いぶりも納得だと誰もが思った。
だが、最後の相手として戦った第一王女は、妖しい術を用い、バッシュ公爵令嬢を痛めつけ、嬲り殺しにしようとした。
――このままいけば、間違いなくバッシュ公爵令嬢の命は刈り取られてしまう!!
誰もがそう思い、絶望に身を震わせたその時、オリヴァー・クロス伯爵令息の声に反応し、バッシュ公爵令嬢が自らの眼鏡を外した。
その後、信じられない光景が目の前で展開し、誰もが驚愕に目を見開いた後、状況は一変した。
神々しい…女神のごとき美しい姿へと変貌した彼女は、剣に己の魔力を注ぎ込み、第一王女を打ち負かしたのだった。更にシャニヴァ王国の王太子に、堂々と啖呵を切ったその姿。それはまるで、女の身でありながら、祖国の危機をその身と剣で救ったとされる『姫騎士』そのものであった。
――この国の者なら誰でも一度は目にした事のあるお伽噺であり、男性全てが幼き頃に焦がれ、想いを馳せた事のある伝説の英雄、『姫騎士』
エレノア・バッシュ公爵令嬢を見た者は、誰もがその姿に姫騎士の姿を重ねたのだった。
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エレノア、王立学院復活です!
…でも本人、まだ学院に現れておりません。
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