第162話 セドリックのお願いとお誕生日⑥
一瞬ギョッとしたが、二人ともタオルを腰に巻き付けているのではなく、しっかり入浴着を着ていてホッと胸を撫で下ろす。
「ほらな。やっぱりアイザックだけじゃ、マリアは止められねぇって言ったろ?」
「その通りだった様だな。ほら、マリア。子供達の邪魔になっているだろう。お風呂から上がりなさい。なんなら、久し振りに私と入るかい?」
おお、どうやら父様方、マリア母様を連れ戻す為に来てくれたようだ。
メル父様のお言葉が若干気になってしまったが、セドリックの誕生日だから、二人とも気を利かせてくれたんだろうな。(そして入浴着を着て来たのは、間違いなく私への配慮からだろう)
「なぁに、あんた達まで。…ってかグラント、メルヴィル。何よその恰好。エレノアじゃあるまいし、あんたらお風呂に服着て来るなんて、馬鹿じゃないの?!」
「か、母様!父様方は、私の為に服を…」
「あっ…!成程ー。ひょっとしてあんたら、身体弛んだ?そういえば、もういい年だものね!お腹とか出ていて、それ見られたくない…とか?」
「はっはっは。相変わらずだねマリア。そんなに私にお仕置きされたいのかな?」
母様の、まさに「プークスクス」的な小馬鹿にした態度に、余裕でサラリと流すメル父様。対してグラント父様はと言うと…。
「…あ”ぁ…?!」
流石は脳筋。容易く母様の挑発にのり、額にビキッと青筋を浮かべた。
「ふざけんなよマリア!てめぇの方こそ、もう年増じゃねぇか!無駄にでけぇ胸のたるみ戻すのに、苦労してんじゃねぇのか?!」
「失礼ね!たるんでる訳ないでしょ?!それを証拠に、私は身体を隠すようなもの、何も身に着けていないわよ?あんたと違って…ね?」
マリア母様の挑発に、ビキビキビキ…と、幾つも青筋を浮かべながら、グラント父様がおもむろに腰ひもに手を掛けた。
…ん?腰ひもに手を掛ける…?
「お、親父…っ!?」
「グ、グラント様っ!!父上、グラント様を止め…」
兄様方が慌てて湯船から立ち上がった。…って、ひえっ!み、見えっ、見えます!!兄様方!!
私は慌てて兄様方から目を逸らす。その結果、危険を感じて背けた顔を、再びグラント父様の方へと向ける結果となってしまったのだった。
「そこまで言うんなら、脱いでやろうじゃねぇか!俺の身体のどこがたるんでんのか、その目でとくと拝みやがれ!!」
そう言うなり、グラント父様は、某国民的時代劇の印籠よろしく「この裸が目に入らぬか!?」とばかりに、勢いよく入浴着を脱ぎ捨て…マッパになった。
――…わぁ…。物凄い筋肉…。腹筋、めっちゃバキバキに割れてる…。そんでもって…Vラインの下が…した…に…。アレ…は…。
メル父様と、ついでにアイザック父様が、慌ててグラント父様の身体を隠そうとするのを眺めつつ、私はグラント父様の素晴らしき裸体を、どこかぼんやりと見つめていた。
多分だがあまりの衝撃に、目の前の現実を脳が拒否していたのだろう。
が、そこにマリア母様のお声がかかった。
「あっら~、グラント!やーっぱあんたの身体、最高に好みだわね!あそこも相変わらずご立派じゃなーい!」
「――ッ!?」
途端、思考がクリアになった私の目には…。マリア母様が仰っていた『ご立派』なものが…。
――ここまでの流れ、およそ十数秒。
自分が目にしたモノが何なのか…。理解した瞬間、沸騰する様な熱が、いつもの鼻腔内毛細血管に…ではなく、私の脳へと一気に集中し、意識がプッツリとブラックアウトした。
「エ、エレノアッ!?」
「うわっ!気を失った!おいっ!セドリック、助け上げろ!俺はすぐにタオル持って来る!!」
「はいっ!エレノア…しっか…り…?」
お湯に沈んでいくエレノアを慌てて救出したセドリックの顔が、みるみる真っ赤になり、慌てて片手で自分の鼻を押さえた。
「セドリック?!どうしたんだ!?」
「オ、オ、オリヴァー兄上…!タ、タオル!」
「え?」
「そ、そこっ!エ、エレノアの…タオルがっ!」
セドリックが震える声で差し示す方向を見てみれば、湯に白いものがぷっかりと浮かんでいる。そして、どうやら鼻血を出しているセドリックの腕の中には、白い裸体を晒す小柄な身体が…。
「――ッ!!」
途端、オリヴァーの全身にも一気に熱が駆け抜け、不覚にもセドリック同様、鼻を押さえる羽目となってしまう。
しかも先程と違い、心構えが出来ていなかったがゆえに、下半身までもがヤバイ事になってしまったのだ。そしてそれはセドリックも同様なようで、無様にも互いにエレノアをお湯から引き上げる事すらままならず、己の現状を何とかしようと必死に足掻くしかすべが無い。
――し…しかしこのパターン…以前もどこかで遭遇したような…!?
「おい!何してる!?さっさとエレノアを…うわっ!!」
「あら~、エレノアったら、湯当たりしちゃったの?…って何よオリヴァー。あら、セドリック。あんたらも湯当たり?」
「お袋ー!!いいから黙れ!!おいクソ親父ども!こっち見るんじゃねぇ!!お袋連れて、とっとと出てけー!!」
気絶したエレノアを間に挟み、鼻血を出してしまった息子達に、呑気に声をかけるマリアと、何事かとこちらを振り向いたグラントとメルヴィルを怒鳴り飛ばしたクライヴは、セドリックから渡され、何とか片手で抱きかかえられているエレノアをオリヴァーから受け取ると、極力見ないように、バスタオルでグルグル巻きにした。
――…尤も見ないようにしても、やはりそこはそれ。しっかり目には入ってしまうもので…。
まだ未成熟だが、抱き上げた時、直に感じた滑らかな肌の感触や、女らしい身体の丸み。そしてささやかながらも成長している胸に、正直自分も兄弟達同様、色々なものが決壊しそうになったが、そこは長男としての矜持をフル稼働して踏ん張った。
…恐らく、セドリックもオリヴァーも、暫く湯の中から出て来られないだろう。こうなってみると、濁り湯になっていて幸いだったと言わざるを得ない。
『にしてもこれ、役得と言えるのか?』
…いや、そもそも母が乱入してこなければ、こんなカオスな状況下でなく、あのまま最高の流れでエレノアの身体を堪能(?)出来ていたに違いない筈で…。
「畜生!たまには良いことしてくれたなと感謝したが、やっぱりお袋が絡むと、ろくな事になんねぇ!!」
クライヴの魂の叫びが、浴場内に響き渡った。
――こうして、マリアという暴風のお陰で、この年のセドリックの誕生日は、誰にとっても生涯忘れる事の出来ない日となったのである。
ちなみに、グラントの裸をバッチリ拝んでしまった挙句、結果的に婚約者達と裸で混浴してしまったエレノアはというと…。ショックのあまりに熱を出し、「もう…お嫁にいけない…」とうわ言を繰り返しながら、その後一週間、兄達とセドリックを…というより、バッシュ公爵家の男性全てを面会謝絶にしつつ、半引き籠り生活を送ったのであった。
その結果、予定していた学院復帰は微妙に伸びる事となってしまい、各方面…特に王族からは、「エレノアの登校に合わせて公務の予定を組んだのが台無しになった」と、バッシュ公爵家に苦情が殺到したそうな。
そして全ての元凶となったマリアとグラントには、アイザックによって、半永久的とも言えるバッシュ公爵家への出入り禁止と、エレノアへの接近禁止命令が言い渡される事となったのである。
その結果、宰相室で土下座をしに日参する『ドラゴン殺しの英雄』の姿を、連日多くの者達が目撃する事となったのであった。
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マリア母様という暴風は、全ての何かを破壊していきました<(_ _)>
そして(結果的に)マリア母様のお陰で、エレノアは大人の階段を昇れたもよう。
血の池地獄にも沈まなかったし、めでたい事です(笑)
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